「こらこら、二人とも……それはおもちゃではありませんよ」
 光明が柔らかい口調で注意を促す。
「……ごめんなさい……」
 素直に謝ったのは悟空である。
「でもさ。これ、シャカ戦隊の連中が持っている武器みたい何だよな」
 ぺろっと舌を出しながら理由を口にしたのは那托だった。
「なんですか、それは」
 テレビなど、ニュース以外にほとんど見ない光明にしてみれば、那托が言った番組名は訳がわからないものなのだ。
「……俺も知らねぇや……それ、何なの?」
 当然、悟空もそれを見たことがない。きょとんとした表情で那托を見つめている。そうすると、自分の金色の瞳が光をたたえて不思議な色合いを帯びると言うことを、悟空は知っているのだろうか。
「見たことねぇの? 最近人気のテレビ番組だぞ。これ見てないと、学校で仲間に入れないんだから」
 那托はあきれたようにこう口にする。その瞬間、悟空は困ったような傷ついたような悲しげな表情を浮かべる。それにこの家の特殊な事情というのを思い出したのだろう。
「まぁ、後で本とか貸してやるからさ。それで設定とか覚えればいいや。それに、ビデオも出てるから、後で一緒に見ような」
 慌ててフォローの言葉を口にする。
「ビデオ?」
 しかし、悟空はこの家にそのような物があったのかどうかもわからないらしい。困ったような表情で光明を見上げた。
「そうですね。後で悟浄の部屋から取り返してきましょう」
 持っていったきりリビングに帰ってこなくて困っていたのですよ……と光明は微笑んでみせる。
「しかし、独鈷を武器にしていると言うことは、そのなんとか戦隊というのはお坊さんの集まりなのですか?」
 ようやく思い出したというように光明はこう那托に問いかけた。
「違うって……なんて言うのかな……でも、あんまりお坊さんに言わねぇ方がいいのかもって気になってきた」
 那托はこの言葉とともにその場にうずくまる。
「那托?」
 どうしたんだというように悟空もその場にしゃがみ込むと彼の顔を覗き込んだ。
「考えてみれば、あれって、お坊さんを馬鹿にしていてるような気もしてきた……んなもん、話題に出して失敗したかなって……」
 那托の言葉に、悟空はどうするべきかわからないと言うように光明を見上げる。
「多少のことでは驚きませんから、心配しなくてもいいですよ。それよりも、危ないですから、独鈷は返してくださいね。遊ぶものは他にもありますし」
 子供番組の内容にいちいち怒りを感じていてはやっていられないと判断したのか、それとも、せっかくできた悟空の友達をそんなことで失わせてはかわいそうだと思ったのか――単に彼が鷹揚だという話もあるが――光明は微笑みながらこう口にした。その中にも当然のように注意を加えたのは、さすがだ……と言うべきであろう。
「はーい」
 そこかほっとしたような口調で返事をすると、那托は手にしていた独鈷を光明に渡した。
「そうそう。三蔵達が使ったおもちゃでよければ裏の土蔵に入っています。鍵を開けてあげますから、あそこで遊んでいいですよ」
 どこか不服そうな表情を浮かべている子供達に、光明はこんな提案をする。その瞬間、那托だけではなく悟空の瞳にもうれしそうな光が浮かんだのは言うまでもないことだろう。

 本当は光明もお目付役としてこの場にいるはずだった。しかし、寺を訪ねてきた檀家の応対をしなければ行けなくなってしまい、現在土蔵には子供達しかいない。
「すげぇな……ここ、何でもあるんじゃねぇ?」
 那托が土蔵の中を見回しながら楽しそうにこういった。
「……なんでもって事はないと思う……」
 光明や八戒の手伝いで何度かここに入ったことがある悟空は周囲を見回しながらこう答える。光明が言ったおもちゃがどこにあったかを思い出そうとしているのだ。
「だけどさ。見たことがないことも多いぞ」
 いつの間にか手近にあった行李の一つを開けて中を覗いていた那托が、楽しいという口調でこう告げてくる。
「那托、それだめだって……」
 確かそれは、光明が彼のお師匠様から貰ってきたものだと聞いた覚えがある悟空は、慌てて彼をとめた。
「何で?」
 そんな事情を知らない那托は、どうして悟空が止めるのかわからないと言うように見つめ返してくる。
「それ、確か、おじさんが大切にしているのだから……それに、壊したりしたら直せないって聞いてるし……」
「そっか……」
 悟空の説明に、那托はあっさりと行李のふたを閉めた。と言っても、これで終わらせるつもりは全くないようだが。
「んじゃ、どれなら覗いてもいいんだ?」
 わくわくといった様子でこう問いかけてきたことからもわかるだろう。
「んっと……これとこれならいいと思うんだけど……」
 八戒が『がらくた入れだ』と言っていた箱を指さして悟空が答える。その箱にしても、見た目はかなり古いのだ。
「あと、そっちの奧のは確か大丈夫だと思う。そこの三つと二階のは大切なものがは言っているような話だったからやめといた方がいいと思うよ」
 そうすると、ほとんど中を開けてみられるものは限定されてしまう。だが、那托にしてみればそれでも十分だったらしい。
「上等、上等」
 なんか珍しいものがは言っているかどうか、確認しようぜ……といいながら、悟空が指さした箱を早速開け始めた。
 悟空もそんな那托の肩越しに、はこの中身を覗き込んでいる。
「すげぇ……ずいぶんとぼろい着物だな」
 中に入っていたのは、シミが付いた着物だった。だが、昔はかなりきれいで高価なものだったのだろう。色あせた今でも、織り込まれた模様がはっきりとわかる。中には手で刺繍したのだとわかる部分も多かった。
 ほかにもあれこれは言っているのをいいことに、二人は中からあれこれ引っ張り出している。
「これって、中身何かな」
 やがて、悟空の指は丁度30センチメートル四方ほどの大きさの木箱に辿り着く。
「なんだろうな? なんか書いてあるんじゃねぇ?」
「そうなんだけど、読めないよ」
 はっきり言って、達筆すぎて書かれてある字が元はどのような形だったのかまったく想像ができないのだ。
「……それって、日本語なのか?」
 悟空の隣まで移動してきた那托が、思わずこんなセリフを口にする。
「だと思うよ。家の方にも、おじさんや三蔵は似たようなの書いてたから」
 書道で言うところの草書だった。もっとも、それを二人が知っているわけがない。知っていても読めるわけではないのだが……
「……おじさんに聞いてみる?」
 書けるのならば読めるだろう……という悟空の意見はもっともなものであろう。
「それじゃおもしろくねぇよ」
 中身わかっちゃうだろうと那托は主張する。
「……じゃ、開けてみるか?」
 それしか方法がないよな、と付け加える悟空に、那托も頷いて見せた。はっきり言って、中身が何なのか興味があるのは悟空だけではないのだ。
「それがいいんじゃねぇ」
 後できちんと元に戻しておけばいいんだし……と那托は頷く。
「じゃ、開けるよ」
 そうだよな、と納得をすると、悟空は壊さないようにと慎重にふたを開けた。
「うわっ!」
「ひっ!」
 だが、そんな悟空の気遣いも、中身を見た瞬間吹き飛んでしまう。
 彼らの視線に中に入っているものが飛び込んだ瞬間、あまりの恐怖に悟空は手にしていたふたを放り出してしまった。それは床に落ちて乾いた音を土蔵内に響かせる。
「……なんだよ、あれ……」
「めっちゃ怖えぇじゃん……」
 それすらも二人の恐怖を増幅をするのか。悟空と那托は思わず抱き合ってしまう。
 だが、やがて好奇心が湧き上がってくるものだ。まして、怖いもの見たさの年頃である。どこかおそるおそる二人は再びその箱へと近づいた。そして中を確認する。
「お面……だよな……」
 二人が怖いと思ったものは、般若のお面だった。薄暗い土蔵内で白く塗られた顔と金泥の目が妬けに浮き上がっている。大きく開かれた口から覗く牙もさらに恐怖を煽ってくれた。
「……たぶん……前に、何かの本で見たことがある……」
 般若って言うんじゃないっけ? と悟空は記憶の中から該当する名前を引っ張り出す。
「ふぅん……これが般若なんだ……」
 どうやら名前だけは那托も知っていたらしい。しげしげと見ながら頷いてみせる。
「名前がわかるといくらかでも怖さが薄れるけど……やっぱ、怖いよな」
 やがて好奇心が恐怖心に勝ったのだろう。那托ははこの中からお面を取り出した。そして、自分の顔に当ててみる。
「……那托、やめときなよ……」
 いくらお面とは言え、お寺に納められたものにはたまにろくでもない因縁が着いているのだ……と言う話を悟空は悟浄に聞かされていた。
 彼の手の中にあるそれにそんな因縁があるのかどうかはわからない。だが、あってもおかしくないのだ。
 そして、それが初めてできた同じ年の友達の上に降りかかっては困る……と悟空は本気で考えていた。
「大丈夫だって」
 しかし、那托は少しも気にする様子を見せない。どころか逆にしっかりとお面を顔にくっつける。
「……那托?」
 本当に大丈夫なのか……というように悟空が彼の顔を覗き込んだ、まさにその時だった。
「ぅわぁぁぁぁっ!」
 那托が大声で悲鳴をあげる。同時にその場にしゃがみ込んでしまった。
「どうしたんだよ!」
 悟空が慌てて那托を抱え起こす。
「うそだよ〜ん」
 次の瞬間、那托はお面を外すとぺろりと舌を出して見せた。
「……ひでぇ……」
 ほっとしたのと、驚いたのと、だまされたと言うのとがない交ぜになって悟空は思わず泣きそうになってしまう。
「悪ぃ、悪ぃ。まさかこんなに簡単にだまされると思わなかったんだよ」
 そんな悟空の表情を見た那托が、慌ててこう口にする。同時に、悟空がこの手の刺激になれていないのだと、初めて認識したのだ。
「他の連中だと、そんなにだまされないからさ」
 こうフォローのセリフを口にしながらも、那托はどうしたらいいのかわからないという態度を崩さない。
「……本当に心配したんだからな……」
 目尻のあたりを指でぬぐいながら、悟空がようやく返事を返す。
「だから、ごめんって……」
 こうなったら平謝りするしかないと判断したのだろう。那托は何度も謝罪の言葉を口にする。
「ここにあるのの中には、本当にたたるのもあるんだぞ」
 そんな那托に向かって、悟空は受け売りのセリフを投げつけた。
「そういや、お寺だもんな……そんなのがあっても不思議じゃないか……」
 那托が思いきり納得という表情を作る。同時に手にしていたお面を気持ち悪そうな視線で見つめる。
「……なぁ……これって、本当に大丈夫なのか?」
 そして、今更ながら自分が悟空を驚かせるのに使ったお面について確認を取る。
「と思うけど……本当にやばいのには印が着いているって言ってたし……」
 それらしいものがなかったよな……と悟空は那托に確認をした。那托も、そんな印が着いていた覚えはない。だから、こくりと首を縦に振ってみせる。
「って事は、これはただ古くて不気味なだけって事か……」
 それにしても、この不気味さは、自分たちだけが味わうのではおもしろくないよな……と那托は意味ありげなセリフを口にした。
「……那托?」
 その表情に、悟空は何か嫌なものを感じてしまう。
 そして、それは正しい判断だった。
「同じ思いを、他の誰かにも味わって貰いたいとおもわねぇ?」
 何か楽しいことを思いついたという笑顔で、那托はこう言ってくる。
「それって、まずいって……」
 ともかくあきらめさせようと悟空は説得を開始した。だが、那托の気持ちを変えることはできない……どころか、逆に言いくるめられてしまったのだった。

「……ともかく、おじさんと三蔵は怒らせるとものすごく怖いから、やめた方がいいと思う……」
 なんだかんだと言って、誰を驚かせるか……という話にいつの間にかなっていた。
「それと、八戒も怒らせたくない」
 三蔵は直接攻撃だし、光明は怒るときはしっかりと怒るが、怒られる方が理解できればそれでおしまいにしてくれる。だが、八戒の場合、後からイヤミを言われる可能性があるという事実――相手は主に悟浄だ――を悟空は目の当たりにしていた。
「何で?」
 しかし、那托はその怖さを知らない。一見易しそうな彼のどこがまずいのだろうか……というように小首をかしげている。
「……ご飯とおやつ、作ってもらえなくなるから……」
 だが、あの怖さを見ていない那托に理解させるのは無理だろう。それよりは直接的な理由を行った方がいいと考えて、悟空はこう口にした。
「あの美味いおやつとか、ご飯とか……全部あの人が作ってるわけ?」
 胃袋が関係してくると、とたんに目の色が変わるのは誰も同じらしい。那托は目を丸くしながらこう言ってきた。
「うん。それに、八戒、今年受験だから……」
 勉強の邪魔だけはしたくないと悟空はさらに主張する。
「そっか……さすがに俺たちのせいで受験に落ちた……なんて言われたら困るもんな」
 さすがにそれなりに受験戦争というものを知っている那托は、悟空の言葉に思い切り納得してしまったようだ。
「って事は、ターゲットは一人しかいないって事じゃん」
 4−3は1というのは、最近では幼稚園児でもわかる理屈である。
「そう言うことになるよね」
 彼にいたずらを仕掛けても――おそらく本人以外――誰も怒らないのではないか。ここしばらく遊び歩いていると怒っていたから、あるいはよくやったとほめられるかもしれない。
 それがなくても、彼ならすぐに笑って許してくれるのではないか……と悟空は判断をする。
「じゃ、悟浄の部屋に仕掛ける?」
 けろっとした口調で悟空は那托に問いかけた。
「そうしようぜ」
 那托はにやりと笑ってみせる。そして、即座に何が必要かなといいながら、ものを探し始めた。悟空もまた一緒に土蔵の中を引っかき回し始める。
 やがて必要なものがそろったところで、二人は光明に見つからないように土蔵から母屋へと向かった。

 わくわくとして待っているときに限って目的の人物が戻ってこない。
 そうこうしているうちに、午後5時を告げるメロディがまだ明るい空に響き渡ってしまった。
「ちぇっ……まだ結果見てないのにな……」
 これがなったら帰らなければならない那托は、むっとした口調でこういうと、玄関へと向かう。
「……ごめん……」
 自分が悪いわけではないのに、悟空は思わずこう言ってしまった。
「いいって。考えてみれば、あの人って俺がここにいる間に帰ってきたことなんてねぇし……」
 朝、一緒になったことはあったけど……と付け加える那托に、悟空は苦笑を浮かべる以外できることはなかったと言っていい。
「だから、さ。後でどうなったか、結果を教えてくれよな」
 明日、またくるから……と付け加えると、那托は履き終わったスニーカーのつま先をとんと床に打ち付ける。
「もちろん」
 それに関しては、悟空も楽しみにしているのだ。
「じゃ、また明日な」
 那托はこういうと笑ってみせる。
「うん、またね」
 悟空が手を振ると、那托も振り替えしてくれた。そして、そのまま外へと駆けだしていく。
 こんな風に誰かと明日の約束をするのが楽しいとはこの家に来るまで悟空は知らなかった。そんなことを考えながら、悟空はきびすを返すとリビングへと向かう。
「那托君は帰りましたか?」
 顔を出した瞬間、光明がこう問いかけてくる。
「うん。明日もまた来るって……だめだった?」
 そう言えば、光明に相談していなかった……と悟空は今更ながらに思い出す。
「だめだなんて言いませんよ。貴方の大切なお友達ですし、とても楽しそうですからね」
 意味ありげな笑みを浮かべられて、悟空は心臓が跳ね上がるような感覚を味わっていた。
 ひょっとしたら、自分たちが何をしたのかばれているかもしれない。
 悟空にそう思わせてしまうような彼の表情だ。
「えっと……」
 何かを言わないと……というように悟空が口を開く。だが、彼が最後まで言葉を口にするよりも早く、
「男の子は元気なのが一番です」
 光明はこう言って笑って見せた。
「多少のいたずらも、必要なことですからね」
 にっこりと付け加えられたこのセリフに悟空は完全にばれていたことを知る。
「後かたづけだけはちゃんとしてくださいね」
「……はい……」
 さらに笑みを深めながら言われたこのセリフに、悟空は素直に頷いて見せた。

 しかし、このいたずらが予想外の効果をもたらすとは、しかけた本人はもちろん、光明ですら予想していなかった。

「……あのばかはまだ帰ってこねぇのか」
 夕食時に間に合うようにと帰ってきた三蔵が、あきれたような口調でこういう。
「最近は毎日ですよ。学校がないから、よけい羽目を外しているのでしょうね」
 こう言いながら、八戒は手早く三蔵のための夕食を用意していった。その手際の良さはさすがだとしか言いようがない……とご飯を口に運びながら悟空は考える。
「だからって、受験生に全部押しつけるんじゃねぇよ」
 少しは手伝おうってそぶりを見せるのなら、かわいげがあるものを……といいながら三蔵がいすに手をかけたときだった。
 四人の私室がある方から何か悲鳴らしきものが聞こえてくる。
「なぁ……」
「えぇ、僕にも聞こえました」
 三蔵と八戒は顔を見合わせるとうなずきあう。
「でも、悟浄の声ではないようですねぇ」
 腰を浮かせながら、光明はこう言った。しかし、彼の口調は堅い。
「八戒、悟空と一緒にここにいてください。三蔵は着いてきてくださいね」
 こう言い残すと、光明はさっさと廊下へと出て行く。その後を三蔵が慌てて追いかけていった。
「……大丈夫かな……」
 後ろ姿を見送っていた悟空が、八戒にこう問いかける。
「大丈夫ですよ。二人とも有段者ですし……相手が拳銃を持っていない限りは負けませんって」
 だから、安心して待っていましょうね……と八戒は付け加えた。悟空も、自分が足手まといになる可能性が十分わかっている。だから、おとなしくこの場にいることに同意をした。
「とはいうものの、万が一という可能性がありますからね」
 にっこりと微笑みながら、八戒はタバスコだの唐辛子だのをボウルに入れた水にとかし始める。万が一、ここに逃げてきたらそれを相手にかけようと思っているようだ。
(……あれって、目にはいると痛そうだなぁ……)
 以前、鷹の爪をいじった手で目をこすったとき、ものすごくいたい思いをした悟空はついついこんな事を考えてしまう。
 そんな彼らの耳に、今度は誰かと争うような音が聞こえてきた。
 もっとも、それは早々に消えてしまう。
「終わったようですね。さすが」
 八戒は安心したように微笑むと、自衛用の悪魔の水を流しに捨てようとする。だが、すぐにその手を止めた。
「八戒?」
「いや、別段不審者だけにこれを使う必要はないかな、と思っただけです」
 にっこりと微笑みながら霧吹きの中にその液体を移し替える八戒は、実に楽しそうだ。もっとも、それは本人だけで、悟空にしてみればかなり怖いのだが。しかし、少なくとも自分には使わないだろうと淡い期待を抱いて無理矢理納得をする。
「警察呼べ、警察」
 こう言いながら三蔵が戻ってきたのも、それ以上追及しなかった理由だった。
「はい、やはり不審者でしたか?」
 手にしていた霧吹きをキッチンに置くと、八戒はそう言いながら電話へと向かう。
「ここいらに、最近、空き巣が入ってたろう? どうやらそれらしい」
 そう言いながら、三蔵は引き出しからビニールひもを取り出した。どうやら、それで相手を縛り上げておくつもりらしい。
「では、そのように伝えますね」
 八戒は穏やかな口調で確認を取ると、早速110番へ電話をかけ始める。その様子を尻目に三蔵は再び廊下へと足を向けた。しかし、どうしたことか入口で立ち止まると、悟空の方を振り返る。
「今回はテメェラのいたずらが役立ったな」
 にやりと笑うと、今度こそ三蔵は光明の所へと戻っていった。

「で、何かあったわけ?」
 丁度警察が帰るところに戻ってきた悟浄は、残っていた悟空と八戒にこう問いかける。
「空き巣が入ったのですよ。ねらわれたのは貴方の部屋ですので、とりあえず確認してきてくださいね」
 それに八戒はさらりと言葉を返した。
「マジ? でも、部屋んなか荒らされたってわかんねぇよ」
 悟浄はこうぼやきながらも、慌てて部屋の方へと走っていく。その後ろ姿を見送っていた悟空に、八戒は意味ありげな視線を向けてきた。
「うぎゃぁぁぁっ!」
 予想通りというか何というか。すぐに悟浄の悲鳴が二人の耳に届く。
「よかったですね、悟空。あなた達の努力が役立って」
 こう口にする八戒に、そう言う問題なのだろうかと、悟空は本気で悩んでしまった。

 翌日、事の顛末を聞いた那托が、
「これ、たたるんじゃなくてお守りじゃん」
 とお面を見つめながら言う。
「だけどさ。それ見つけなかったら空き巣に入られなかったかもしれないだろう?」
 悟空は思わずこう反論してしまう。
 その真偽は誰にもわからなかった。