「……キャンプ……ですか?」 三蔵は光明の顔を見つめながら、確認をするように彼の言葉を繰り返す。 「えぇ。朱泱のところで、少々問題がある子供達を集めたキャンプをするのだそうです。いい機会ですから、悟空も参加させてみようかと思うのですよ」 彼のところであれば安心でしょう……と光明は付け加えた。 確かに、光明の公私にわたる弟子――と言うことは三蔵の恥ずかしい過去を山ほど知っている相手でもある――朱泱は、ここから少し離れた場所にある関東総本山の僧侶であると同時に、そこで経営している学校で諸事情から普通の教育を受けられない子供達の担当をしているのだ。悟空のことも理解してくれるだろう。 だが、それだけではないだろうと三蔵は判断をする。 「と言うことは……今回の様子を見て、悟空を朱泱の学校に入学させるつもりなのですか?」 最近の悟空の様子なら、そろそろいい時期なのかもしれないが、だからといってうかつなところへは入学させられない。そこで、とんでもない扱い――と言っても、彼らにはそのつもりはないだろうが、無意識だからこそやっかいだとも言える――を受けるかもしれない。その事実が、光明を悩ませていたことも三蔵は知っていた。 「あそこであれば、あなた方の登校途中に悟空を送っていってもそれほど苦ではないでしょう? 朱泱の目が行き届いているのであれば、私も安心ですし」 それに関しては三蔵も否定しない。 他の二人はともかく、三蔵は朱泱がその学園に赴任する以前から通学していたのだ。悟空が通うであろう小等部は三蔵が通学している大学部に併設されている。万が一のことがあってもすぐに駆けつけられるであろう。 しかし、そのためには悟空が学校に適応できるかどうかを確認しなければいけない。そのテストの一つが今回のキャンプなのだろうと言うことは三蔵にもわかった。 「しかし、あいつを一人で行かせるのは……」 まだまだ不安だ……と三蔵は付け加える。 「誰が悟空を一人で行かせると言いましたか? もちろん、貴方にも行って貰います。ついでに、悟浄も行かせましょう。そうすれば、八戒は安心して夏期講習参加できるでしょうし」 手間のかかる年少組――と言ってしまうには、若干一名問題がありすぎるような気もするが――がいなければ、合宿形式の講習会に何の憂いもなく八戒が参加できるだろうと言う意見には、三蔵も賛成するしかない。 「……わかりました……と言いたいところですが、俺としてもあれこれ都合というものがあります。そのキャンプの予定を見てから決めてもいいですか?」 しかし、三蔵はこう言って即答を避けた。 別に二人を連れてキャンプに行くのがいやだと言うわけではない――面倒だとは思っているが――ただ、三蔵にしても都合というものがある。その中には、彼が光明の跡を継いで僧侶になるとすれば、どうしてもはずせない行事というものもあるのだ。 「それは当然の権利ですね」 後で朱泱に連絡をして送ってもらいましょう……と付け加えると、光明は微笑み返す。 「ところで、今日、悟空はどこに行っているのですか? 朝から見かけませんが……」 ふっと思い出した……というように、光明が問いかける。 「八戒が図書館に連れ出しています。なんでも、個室を確保できたとかで……そこなら、悟空もゆっくり本を読めるだろうと言っていました」 本当なら、あれこれ良さそうな本を買ってやればいいのだろうが、逆に趣味に合わない本を貰っても困るだろう。しかし、本屋に連れて行くのにはまだ不安が残る……と悩んでいたところ、八戒が顔見知りの図書館の職員に頼んでくれたらしい。本当は自分がそれをしなければ行けなかったのに……と思うと、少々悔しい気もするが、悟空のためにはいいだろうと思い直す。 「そうですか。そう言えば、図鑑ぐらいは用意してあげた方がいいのでしょうねぇ」 図鑑なら自分の分も悟浄達が使った物もちゃんと残っているのだが、光明はまじめな口調でこうつぶやく。 「お父さんのよろしいように」 実のところ、悟空に一番甘いのは目の前の人物かもしれない……と思いつつ、三蔵はこう言葉を返した。 結局の所、三蔵の予定とキャンプの日程は重ならないことがわかった……というよりも、朱泱がはじめから重ならない日程を取ったという方が正しいのかもしれない。 しかし、それですべての問題が解決したわけではなかった。むしろ、これからが本番だったと言っていい。 「……だって、知らない人がいっぱいなんだろう……」 案の定、悟空は光明達から話を聞いた瞬間、こう口走る。 「でも、三蔵も悟浄も一緒ですよ、悟空。それに、朱泱にもすぐにあわせてあげますし」 心配することはありません……と光明は微笑んで見せた。 「……でも……」 そう言いながら、悟空は三蔵を見つめる。悟空がどんな不安を抱えているのかわかっているのか、三蔵は静かに頷いて見せた。 「ちゃんとつきあってやるから安心しろ」 こう言われては仕方がないとわかっているのだろう。悟空は渋々と言った様子で頷いてみせる。 「いい子ですね、悟空は」 思ったよりもあっさりと悟空が了承をしたことに驚きながらも、光明は微笑みを向けた。 しかし、予想外に手こずったのが悟浄の説得だった。 「や〜だね。んな、ゲーセンも自販機もない所になんぞ行くのは」 悟浄は光明の話を聞いた瞬間、こう言い切る。 「別に行かなくてもいいですよ」 だが、はっきり言って光明の方が一枚も二枚も上手なのだ。にっこりと微笑みながら、光明はさらに言葉を続ける。 「その代わり、八戒が講習会に行っている間の家事は全部貴方がしてくださいね」 まさかこういう切り返しをされるとは思っていなかったのだろう。悟浄はぎょっとしたような表情を作った。 「マジ?」 「もちろんです。悟空のことだけではなく、八戒のことも考えて今回のキャンプを申し込むことにしたのですから。貴方がわがままで行かないというのであれば、当然のことでしょう」 八戒が普段している役目をしてくださいね……と付け加えられて、悟浄は本気で悩んでしまう。 「……何分、かかるでしょうね」 悟空におやつを食べさせていた八戒が、ふっと思いついたように三蔵に問いかける。 「五分もたねぇだろう」 あの面倒くさがり屋――そのくせ、格好付けだけは激しい――悟浄が、朝から晩までかかるような『家事』をやりたがるとは思えない。それに比べれば、キャンプに行って悟空の面倒を見ていた方がよほど楽だろうと判断するのは、目に見えていた。 「……それとも、八戒と一緒に夏期講習に行きますか? それでもかまいませんよ」 どちらにしても、八戒を家事から解放してあげられますからね……と光明は口にする。 これがとどめになったのは言うまでもないだろう。 「……キャンプに行かせて頂きます……」 夏休みまで勉強したくねぇ……といいながら、悟浄はあっさりと白旗を揚げた。 「では決まりですね。二人で悟空の面倒を見てくださいね」 光明はにこやかに宣言をする。 「……4分30秒でしたね……」 「まぁ、予想通りと言うことか」 脇でその様子を見ていた三蔵達があっさりとこう言う。 「……おじさんって、一番強いのか?」 俺、てっきり、三蔵の方が強いのかと思っていた……と頭の上で交わされる会話を聞いていた悟空がつぶやく。 「悟空はいい子ですから、お義父さんも怖くないのですよ。悟浄は素直じゃないですから、少し意地悪をしてでも本音を引き出してあげないと行けないわけです」 悟空がどこまで理解できるかわからないが……と心の中でつぶやきつつ、八戒はこんな説明を口にした。 案の定というか何というか、悟空は小首をかしげている。 「あいつのマネをしなければいいというだけだ」 そんな悟空に、三蔵がきっぱりとした口調で言葉を投げかけた。 「わかった」 意味がわからなくとも三蔵がこういうのであれば正しいのだと考えている悟空は素直に頷いてみせる。 「ようするに、三蔵の口調が悟空の誤解の元なのですね」 八戒が口の中でつぶやいた言葉は誰の耳にも届かなかった。 三蔵と悟浄が一緒だ……と言うことで最初は安心していた悟空も、自分と同じくらいの年齢の子供達が大勢集まっている光景に、次第に恐怖心が湧き上がってきたらしい。三蔵の腰にすがりついたまま離れようとしない。 「……おいおい……まるで子泣きじじいだな」 その様子を見かけた朱泱が、笑いを浮かべながらこう口にする。その瞬間、三蔵は自分の腰に回された悟空の腕に力がこもったことに気がついた。 「朱泱!」 「あぁ、からかったのでもなんでもねぇ。ただ、ちょっと連想しただけだって」 三蔵の口調の荒さに、慌てて朱泱はフォローを入れる。 「ただ、そうやっていると、せっかくの機会を逸してしまうぞ」 そして、悪かったと言うように悟空の頭を撫でながら言葉を続けた。しかし、悟空はそれに言葉を返すどころか、彼の手から逃れようとするかのように三蔵の陰へと隠れてしまう。 「……光明様からお聞きしていたし、この前あっていたから少しはわかっていたつもりだったが、ここまで人見知りがひどいとは思わなかったぞ」 後半はもちろん愚痴であろう。 「で? 何か用だったんじゃないのか」 これ以上、朱泱の悟空に関するセリフを聞くのは面倒だと言うかのように、三蔵は口を挟んだ。 「あぁ、そうだった。すまないが、後一人、お前らのテントに増えてもかまわないか?」 ようやく目的を思い出したのか、朱泱はにやりと笑いながらこう言ってくる。 「おい」 そんなこと、聞いていないぞ……と三蔵は朱泱をにらみつけた。確かに、今回のキャンプは悟空を同じ年齢の子供達に慣らすのが目的だった。しかし、四六時中一緒では帰って逆効果であろう……と言うことで、テントだけは三人で使えるようにと言う話になっていたのだ。 「最初は予定通り、お前ら三人だけ……だったんだがな。テントが一つ使えなくなってたんだよ。他のテントにも割り当てたんだが、どうしても一人余ってしまってな。今、余裕があるのがお前らの所だけなんだよ」 おとなしくていい子だから……と朱泱はさらに言葉を口にする。 「……その子はいい子でも、こいつが問題なんだって……」 既に悟空は逃げ出したいという表情を作っていた。その事実に気がついた三蔵がため息をつきつつこう言い返す。 「こいつがその子に慣れられればいいが……あってすぐじゃ難しいって言うことは、あんたも体験しているだろうが」 「それがわかっていても頼まなきゃねぇんだよ。でねぇと、その子だけ外で寝るはめになるんだって」 だから、せめて今日だけでも我慢してくれ……とまで言われれば、三蔵もそれ以上文句のつけようがない。しかし、それで一番ストレスを感じるのは悟空なのだ。 「……悟空、どうする? お前が本気でいやなら、他の方法を考えてやるぞ」 いざとなれば、ロッジを借りてもいいしな……と三蔵は付け加える。その言葉に、悟空は小首をかしげて何かを考えるような表情を作った。 「……俺がいいって言わないと、その子、困るんだよな?」 そして、おそるおそるというような口調で三蔵に問いかける。 「あぁ、そうだよ」 だが、悟空の問いかけに答えたのは三蔵ではなく朱泱だった。穏やかな――と言っても、光明のそれとは違って、悟空を安心させるにはほど遠い――笑みを浮かべながら頷いている。その事実に、悟空反射的に三蔵にすがりついている腕に力を込めてしまう。 「朱泱……あんたは少し黙ってろって」 三蔵があきれたようにこういった。 「どうする? いざとなれば、悟浄に押しつければいいんだが」 お前次第だ……と三蔵は悟空に判断を求める。この言葉に、悟空は葛藤の表情を浮かべた。知らない人間がいるのはいやだが、そのためにその子が困るのはかわいそうだ……と考えているのだろう。 「……その子と……話をしなくても怒らねぇ?」 おずおずと悟空が口を開く。 「あぁ。お前には側にいるだけで大譲歩だって言うのを俺たちは知っているからな。その子に対する説明は朱泱がきちんとしてくれるだろうし」 なぁ、と三蔵は悟空から朱泱へと視線を向けた。 「それに関しては……わかった……」 善処しようと朱泱は頷く。彼にしても、悟空が精一杯の勇気を振り絞っているらしいことがわかっているのだ。 「じゃ、引き受けるか……」 悟浄に朱泱とともに行ってその子を案内してこい……と言いかけて、三蔵は彼がいないことに気がつく。 「ところで悟浄の馬鹿はどこ行った?」 知っているわけはないと思いつつ、悟空に問いかける。 「……向こう行った……確か、お姉さんがいたと思う」 何かうれしそうだった……と付け加える悟空に、三蔵は思わず眉を寄せてしまう。 「そう言えば、ボランティアで何人か保育科の女の子を連れてきたんだったな」 その悟空のセリフをフォローするかのように朱泱がつぶやく。 「あの野郎! こんな所にきてまでナンパかよ」 いい度胸をしていやがるな……と付け加えられた三蔵の声は、悟空だけではなく朱泱までも恐怖に陥れるのに十分な威力を持っていた。 三蔵にさんざんいたぶられた悟浄が、一緒に寝泊まりすることになる子供を連れてきたのは、それからしばらくしてのことだった。 「那托と言います。よろしくお願いします」 三蔵達の姿を見た瞬間、その子供――那托はしっかりとした挨拶とともに頭を下げる。その瞬間、悟浄が嫌そうな表情を作ったのは、ここにいない誰かを思い出したからだろうか。 「俺は三蔵だ。こいつは悟空。悟空はちょっと人見知りが激しいが、あまり気にしないでくれ」 慣れれば普通になるから……と付け加えつつ、三蔵は那托を観察していた。このキャンプに参加しなければならないような問題があるように感じられなかったのである。 (……あるいは、こいつにではなく親の方に問題があるのかもしれねぇな) いろいろと複雑な事情があるのだろうと察して、あえてそれに関しては口をつぐむことにした。 「と言うわけで、その子の面倒はてめぇが責任を持てよ」 何がそう言う訳なのか……と悟浄は問いかけたかったのだが、三蔵の視線にあきらめる。自分が悟空を放って女の子に声をかけに行ったと言う負い目があるのは事実なのだ。 「そう言うことだから、困ったことはそいつに言ってくれてかまわねぇからな」 三蔵は口元にかすかに笑みを浮かべながら那托に声をかける。 「……は、い……」 まさかそのようなことを言われるとは思っていなかったのだろう。那托は目を丸くしている。 「さて……那托が荷物を置いたら、今晩の飯の支度だな」 三蔵はそんな那托の様子に気がつかないというふりをしてこう口にした。その背後に隠れるようにしながら、悟空が何とか那托に向かって微笑みかける。 「悟空にしてはがんばってんじゃん」 頬のあたりがこわばっているような気もしないではないが、努力だけは認めてやらねぇとな……と悟浄はつぶやく。 「そう……なんですか?」 悟空のことを知らない那托にしてみればごく普通の反応だろう。 「無理に敬語を使わなくていいぞ。あいつは、初めてあう人間相手だとどうしても表情がこわばってしまうんだよな。だから、自分から笑いかけるって言うのは、かなり珍しいわけ。俺なんか、最初会ったときは怖がられてしまったしな」 もっとも、同じくらいの年の奴とあわせたのは初めてだし、ひょっとしたら仲良くなりてぇのかもな……と悟浄は付け加える。 「あぁ、だからといってお義理で友達づきあいをするのはなしだぞ。それこそ、あいつが悲しむからな」 こればかりは相性って言うものがあるし、相性が悪ければどうしようもないことだからと悟浄は口にした。その瞬間、那托は驚いたという表情を作る。 「でも、それじゃ、お互いにしこりが残るのでは……」 「違うだろう。信じていたのに、上辺だけ仲良くされていたって言う方が傷つくんだって」 あいつの場合はな、といいながら笑ってみせる悟浄に、那托は複雑なまなざしを向けたのだった。 「悟浄。那托と一緒にたき付けを探してこい」 荷物を置いて出てきた二人に、三蔵は即座にこう命じた。 「……その間、三蔵達は何してるんだよ」 遊んでる気じゃねぇだろうな……と悟浄は言い返す。 「馬鹿か。下ごしらえをしねぇと料理はできねぇだろうが。それとも何だ? お前が野菜やなんかを切るか? なら、俺と悟空でたき付けを探してくるぞ」 どちらを選ぶ、と言われて悟浄は思わず悩んでしまった。だが、悩んだところで答えは一つしか見つからない。 「……たき付けを探しに行ってきます……」 男子厨房に入らず……というわけではないが、三人の中で一番料理が下手なのは――本人は単に豪快なだけだと言っているが、基準が八戒では仕方がないだろう――悟浄だったりする。悟空が三蔵から離れない以上、自分が行くしかないことは悟浄にもわかっていたのだ。 「と言うことで、俺らは炊事場に行くぞ」 自分の後ろに隠れるようにしながら那托を見つめていた悟空に、三蔵はこう声をかける。悟空がそれに素直に頷くと、三蔵は彼の肩に手を置いてさっさと歩き始めた。 「と言うわけで、俺らも行動を開始するか」 背後で悟浄がこう言っているのが聞こえる。 「……三蔵……大丈夫かな……」 妙に明るい悟浄の声を聞いた瞬間、悟空がこう問いかけてきた。 「何がだ?」 那托が一緒であれば、馬鹿なマネはしないだろう……というのが三蔵の考えである。だが、悟空は他の何かを心配しているようだ。 「だって……お姉さん達もたき付けを探しているんじゃ……」 それを見たら、那托を放り出して口説きに行くかも、と悟空は言外に付け加える。今までは信じていなかった悟浄の悪癖を、先ほどの一件で実感してしまったのだろう。 「そんときゃ、飯抜きの上に帰ってからのお仕置きが待っていると知っているだろう。三人がかりでいたぶられる恐怖を忘れている訳じゃあるまい」 酷薄な笑みを浮かべながらこういう三蔵に、何回も経験していることなのだと悟空は理解をする。だが、同時に、どうしてそれでやめられないのだろうかと悩んでしまった。 「と言いたいところだが、その方面ではあのばかの学習能力が壊れてるか……まぁ、お子様の前ではそこまでしねぇだろう」 一人だったらやばいがな、と付け加える三蔵に、だから那托を一緒に行かせたのかと納得をする悟空である。一人で頷いている悟空を横目に、三蔵は出かける前に渡されたキャンプのしおりを開いてなにやら確認していた。 「今日の晩飯は……定番のカレーか。鍋を二つ借りられるといいんだが……」 「何で?」 三蔵の言葉を聞きとがめた悟空が即座に疑問を口にする。 「お前らは甘口でねぇと食べられねぇだろうが。俺と悟浄は辛口が好みなんだって」 それをウザイと言わずに答えてやる三蔵というのは珍しいのだろうか。偶然彼らの会話を聞いてしまった朱泱が目を丸くしていたことに気がつかなかった二人は幸せだったのかもしれない。 「同じお鍋で、俺たちの分を取ってからからくするのじゃだめなのか?」 悟空はしばらく考えた後こう口にする。 「お前らがおかわりをしないって言うならそれもかまわねぇが……お前がいっぱいだけで満足するわけがねぇからな」 まぁ、いざとなったらご飯の方に唐辛子でもまぶしておけばいいのか……と付け加える三蔵に、悟空は話だけで辛いという表情を作っていた。 「てめぇも大人になったらわかるさ」 そのうまさがな……と付け加える三蔵の表情はとても軟らかい。悟空はそんな三蔵の様子に、そんな物なのかととりあえず納得をしたのだった。 悟浄達がたき付けとついでに少々の薪を確保して炊事場に辿り着いたときにはもう下ごしらえは終わっていた。しかも、野菜の切り方などは八戒のそれと比べても遜色がないほどだった。 「手際いいじゃん」 感心したように悟浄が言えば、 「てめぇが悪すぎるだけだろう」 三蔵がこう言い返す。もちろん、悟浄はすかさず反論を口にした。そんな様子なのに、二人は見事な協調であっという間に火をつけてしまう。 「なぁ……」 その光景から目を離すことなく那托が悟空に声をかけてくる。予想もしていなかったそれに、悟空は思わず体をすくめてしまった。だが、そんな悟空の様子に気がつくことなく――あるいは気がつかないふりをしているのか――那托は言葉を続ける。 「あの人達っていっつもあんな風なのか?」 この問いかけに悟空は少し考え込んだ。 「……八戒がとめる」 そして、何とかこれだけ言葉を絞り出す。その声が緊張で震えていたのは、やはりまだ那托の存在が怖いからなのだろうか。 「八戒?」 たたみかけられるように問いかけられて、悟空は軽いパニックに陥ってしまった。 「……今年受験で……塾の合宿に行ったから……」 そんなことを聞きたいのではないのだろうが、悟空にしてみれば何と説明すればわからないという所なのだ。 「悟浄さんは高2だって言ってたから……三蔵さんの弟で悟浄さんのお兄さんって言うわけか?」 どうやら那托と悟浄はもううち解けてしまったらしい。自分もそうできればいいのだろうが、まだ知らない人間は怖いのだ。それでも彼らと暮らすようになってからかなりよくなったのだが、そのようなこと那托にはわからないだろう。 「三人とも、血はつながってないし……確か悟浄と八戒はおじさんの子供って訳じゃないから……」 こうなったら、二人のうちどちらかが今の自分の様子に気がついてくれればいいのだけれど、と悟空は思いつつ何とか説明をしようと努力をする。 「よくわかんねぇけど、複雑なんだな、お前のとこ」 でも仲良くていいじゃんと那托は悟空に笑顔を向けた。 「……うん……」 悟空も何とか微笑みを返す。 「……お子様達も何とかなりそうじゃん」 ようやく周囲を見回す余裕ができた悟浄が、にんまりとしながらこう口にする。 「だといいがな。まだかなり無理をしてるぞ、悟空は」 三蔵がかすかに眉をひそめながら言葉をつづった。 「適当なところで間に入れ。でねぇと、あいつ、熱出すかもしれねぇからな」 「了解。しかし、本当、悟空には甘いよな」 もっとも、熱を出したら悟空がかわいそうか……と付け加える悟浄も、実のところかなり甘いのではないだろうか。 ともかく、三蔵達が味付けをしたカレーはお子様組の好みから行くとかなり辛かったのは事実だった。 さすがに三日も一緒にいると悟空の人見知りもかなり和らぐようだ。あるいは、那托がそれなりに気を遣ってくれたのかもしれない。だが、それがお互い嫌々の行動でないことは端から見ていても伝わってくる。 もっとも、それも後1時間も経てば見られなくなるだろう。 「……何って言うかさ。このままあの二人を引き離すの、もったいなくねぇ?」 普通に話せるようになった悟空とその隣で子供らしい表情を浮かべている那托を見ながら悟浄がこう口にする。 「心配するな。本人から連絡先を聞いてあるし、こちらそれも教えてある。夏休み中に遊びに来いともな」 まぁ、あの様子ならすぐにでもくるだろうよ……と三蔵は付け加えた。 「さすが長男……そつがねぇな」 感心しているのかあきれているのかわからないような口調で悟浄がこう言えば、 「悟空もそろそろ俺たち以外の奴と接してもいい時期なんだろう。その第一歩には丁度いいんじゃねぇのか」 と三蔵は言い返した。 「友達って言うのは、やっぱ、必要なもんだろうし」 まぁ、しばらくはお試し期間と言うことで……と付け加える三蔵に、悟浄は素直ではないなぁとため息をつく。 そんなことは知らない悟空は、那托の言葉をまじめな表情で聞いていたのだった。 キャンプの後、隼寺の境内で那托の姿がしょっちゅう見かけられるようになるのは、また別の話であろう。 終
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