「……困りましたね……」 カレンダーをにらみつつ、光明がため息をつく。 「凶事はいつくるかわからないものとは言え……ねぇ」 何もこう重ならなくても……と頭を抱えたくなる。 「何なら、合宿に参加しなくても……」 同じようにカレンダーを覗き込みながら、三蔵がこう言った。実際、参加しても意味はないだろうし……と内心思っていたところなのだ。 「だめですよ。必要な行事にはきちんと参加してください」 しかし、その意見はあっさりと却下されてしまう。 「ですが……」 「この前もなんだかんだと理由をつけてさぼったのでしょう? 今度はだめです」 なおも口を開こうとする三蔵に向かって光明はこういうと、反論を封じてしまった。 「でも、お義父さん……」 黙って聞いていた八戒が口を挟んでくる。 「その日は僕も課外講義があってどうしても学校に行かなければならないのですよ。悟空の面倒を見る人間がいなくなります」 あの子を一人でおいていくのはまだ心配だ……と八戒は付け加えた。 「それが一番の問題だな」 三蔵も八戒の言葉に大きく頷いてみせる。 「確かにそれが問題なのですが……」 同じように頷きかけて、光明はあることに気がついた。 「……悟浄の都合はどうなのでしょうね」 考えてみれば、この家にはこの場にいる三人と悟空の他にもう一人いるのである。そして、彼にどうしてもはずせない用事がないのであれば、留守番を頼むのはおかしいことではないだろう。 もっとも、それが普通の相手であれば……の話だが…… 「……悟浄ですか……」 「今ひとつ、信用できねぇからな、あいつは……」 三蔵と八戒は顔を見合わせるとうなずきあう。実際、今だってとっくに帰ってきていなければならない時間なのだ。それなのに姿が見えないと言うことは、いつものごとくろくでもないことをしていると言うことだろう。 「そうは言いますが、最近の悟浄は変わってきているのではありませんか?」 悟空の面倒もよく見ているようですし……と光明は彼をフォローするセリフを口にする。 「それはそうですが……」 信用できないんだよな、やっぱり……と三蔵はため息をつく。 「まぁ、悟浄が帰ってきてから相談してみましょう」 これ以上議論をしても時間の無駄だと判断したのだろう。光明はこう結論を出した。 「そうですね。本人がいないのでしたら意味がありませんし」 仕方がないですね……と八戒が口にしたその瞬間である。いきなりふすまが開けられた。条件反射で、三人の視線がそちらに向けられる。 「悟空?」 そこに立っていたのは、眠そうに目をこすっている悟空だった。 「どうした?」 反射的に立ち上がると、三蔵が彼の所へと歩み寄っていく。 「悟浄にベッド取られた……」 三蔵の胸にこてんと頭を預けながら悟空がこう口にした。 「はぁ?」 どういう意味だ、と三蔵は言外に問いかける。もっとも、それは他の二人も同様だったが。 「さっき、窓開けて……って言うから開けたら、そのまんま俺のベッドに寝ちゃったんだ……」 俺、どこで寝ればいいのかな……と付け加えながら、悟空がぼんやりと三蔵を見上げてくる。 「……あの馬鹿……玄関から帰ってくれば、イヤミが待っていると知ってて、んな手段にでやがったか……」 あきれたように三蔵がつぶやけば、 「ちょっと許せませんね、その行動は……」 八戒がゆらりと腰を上げた。 「あまり無体なことはしないでくださいね。今回のペナルティは、日曜日に外出禁止にすればいいだけですし」 先手を打って光明がこんなセリフを口にする。 「わかっています」 にんまりと笑ってみせる八戒の表情に、悟空がおびえたような表情を作った。このまま、悟浄を追い出した後に一人で眠らせるのはまずいかもしれないと三蔵は判断する。 「仕方がねぇ……お前は俺の部屋で寝ろ」 この言葉とともに三蔵は悟空の体を抱き上げた。 「いいの?」 悟空が小首をかしげながら問いかけてくるのに、三蔵は柔らかく微笑んでみせる。 「悟浄の病気が移るといけねぇし、布団を干すまでは仕方がねぇな」 悟浄の病気というのは何なのだろうと悟空は本気で首をかしげていた。しかし、それを説明してやろうという者は誰もいない。まだ知らない方がいいだろうと判断したのだ。 「そう言うことですので……」 「えぇ、悟空をお願いしますね」 三蔵の言葉に光明も頷いてみせる。そんな彼に軽く頭を下げると、三蔵が悟空を抱きかかえたまま自室へと向かった。 日曜日。 三蔵は合宿で夕方まで帰ってこない。 八戒は朝から受験生用の講座のために学校へ。 光明も、ついさっき葬儀のために出かけていった。 と言うわけで、今寺院に残っているのは悟空と悟浄の二人だけだった。悟空の方はある意味普段の生活通りだから何も言わないが、悟浄はというと…… 「空は青いし、風も気持ちいいのに……留守番かよ」 どこから取り出してきたのか、缶ビールを片手に文句を口にしている。 「だって、そう約束したじゃん。約束は守らないといけないんだぞ」 悟空がきまじめな口調でこう言い返す。 「だけどなぁ、悟空……こんなに天気がいいんだぞ。どっかに遊びに行きたいとは思わねぇわけ?」 「俺、外怖いもん……あいつ出てきたらいやだし……」 悟浄の問いかけに悟空は即答をした。本気で烏哭の一件が尾を引いているらしい。それがなければ、いざとなったら悟空を連れて遊びに行くという方法も使えたのではないかと、悟浄はため息をついた。 家の中でごろごろしているだけなんて……といいながら、悟浄はぱったりと畳の上に倒れ込む。その瞬間、彼の手が脇に置かれていた缶ビールの缶を倒してしまった。 「悟浄、何してんだよ」 そう言いながら、悟空は脇に置いてあったティッシュボックスを掴みあげる。そして、それを悟浄へ向かって投げつけた。それは一直線に飛んでいって悟浄の額にぶつかる。 「何すんだよ、てめぇは!」 「何するって、拭かなきゃだめじゃん。ぞうきん持ってくる間に、それで少しでも拭いててよ。でないと、八戒に怒られるぞ」 腰を上げながら悟空が口にしたセリフに、悟浄も行動を起こす。どうやら、彼にとって一番怖いのは八戒の存在らしい。 「ったく……マジでついてねぇよな……」 ぼやきながら、悟浄は自分がこぼしたビールを吹き始める。 それを横目でみながら、悟空はぞうきんを取りにリビングから出た。 「しかし、妙なところでまじめだよな、あいつも」 初めてあったときにはこんな風にぽんぽんと言葉を交わせるような間柄になるとは思わなかった……と、手にしていたティッシュを適当にゴミ箱に押し込みながら悟浄はつぶやく。 「まぁ、そう言うところもかわいいんだけどな」 懐いてくれているとよけいにかわいらしく思えるのは、悟空が素直だからだろうか……と悟浄は苦笑を浮かべる。今まで一緒にいた三人が三人とも、めちゃめちゃ癖が強い性格だったからこそ、よけいにそう思えるのかもしれない。 などと言うことを考えていたときだった。 電話が自己主張を始める。 「……誰からだ?」 どうせ悟空は出ようとしないのだし……と判断して、悟浄は電話が置かれているチェストへと近づくと受話器を持ち上げた。 「もしもし?」 次の瞬間、悟浄の耳に飛び込んできたのは、悪友の声である。内容はもちろん遊びの誘いであった。 「そりゃ、俺だって行きてぇけどさ……今日は留守番を言いつけられてんだよ。あ? ほら、こないだ話したじゃん。新しい兄弟ができたって……そいつの面倒を見なきゃねぇんだって。連れてきてぇけど、あいつ、めちゃめちゃ人見知りでさ。しらねぇ奴と会うとパニック起こしかねねぇんだって」 そんなところに連れて行ったら、よろこぶより倒れるって……と悟浄は苦笑混じりに相手に説明をしている。 「いや、一人で留守番はできると思うんだけどな……」 そう言いながら、悟浄はふっとカレンダーに目をやった。そこには几帳面な文字で今日の予定が書き込まれている。 次の瞬間、悟浄の瞳が意味ありげに輝いた。 「すぐには無理だけど、さ……ちびに昼飯喰わせた後なら行けるかもしれねぇや。それでもかまわねぇか?」 悟浄のこの問いかけに電話線の向こうで何と答えたのか、それは彼の表情だけで想像がついてしまう。だが、幸か不幸か、その表情を目にした者は誰もいなかった。 「了解。じゃ、そう言うことで」 言葉とともに悟浄は受話器を置く。 まるでそれを待っていたかのように、悟空がバケツとぞうきんを持って戻ってきた。 「おっ……ご苦労だったな。じゃ、拭くか」 悟浄はそう言いながら、悟空の手からバケツを取り上げる。そして、自分がこぼしたビールの後をさっさと拭き始めた。 「……珍しいの……」 そんな悟浄の態度に、悟空は思わず首をかしげてしまう。でも、たまたまそんな気分だったのだろうと判断すると、自分もまた手伝うために駆け寄っていった。 悟浄が意外と料理が上手だいう事実を知った昼食を終え、悟空はいつものように後かたづけを始めた。 「悟空」 そんな悟空の耳に、悟浄の声が届く。 「何?」 洗い物をしていた手を止めて、悟空が振り返る。 「ちょっと、たばこきらしちまったんで買ってくるわ……一人でも大丈夫だよな?」 悟浄のセリフに悟空はほんの少しだけ首を傾けて見せた。 たばこを買いに行くだけなら、それほど時間はかからないだろう。その間ぐらいなら、自分一人でもどうにかなるのではないか。 こう判断した、悟空は小さく頷いてみせる。 「いい子だ。ついでになんかおやつでも買ってきてやるからな」 悟浄はそんな悟空に笑いかけると、そのまま玄関の方へと向かっていく。 「いってらっしゃい」 その背に向かって、悟空は小さく声をかけた。そして再び止めていた手を動かし始める。 すべての食器を洗い終わって、悟空はリビングへと移動をした。そして、光明が買ってくれた本を開いて読み始める。 それは、児童向けのファンタジーだった。一冊目を読み終わって悟空がおもしろいと言ったら、光明がシリーズを全部そろえてくれたのだ。 かなりの厚さがあるそれを一冊読み終わったというのに、悟浄はまだ帰ってこない。 「……何か、あったのかな……」 自分で口にしたセリフを耳にした瞬間、悟空は恐怖に襲われる。 自分を育ててくれていた女性――八戒達の言葉からすると、彼女が『母親』という存在だったのかもしれない――がいなくなってしまった日も、こんな風に自分は一人だった。 彼女も、『すぐに帰ってくる』と言っていたということや、出て行くときの表情まで悟空はしっかりと思いだしてしまう。 「悟浄……早く帰って来いよ……」 悟空は自分の体を抱きしめながら小さな声でこうつぶやく。 「……なんか、こんなには、やだ……」 悟空はそのままうずくまってしまった。そして、きつく瞳を閉じる。 「悟浄の馬鹿……」 誰でもいいから、早く帰ってきて欲しい……と悟空は心底考えた。 だが、一番早く帰ってくる予定の八戒でさえ、帰宅時間は3時頃だと言って出かけたのだ。悟浄が帰ってこなければ、まだまだ一人でいなければならない。 そんなときに誰か訪ねてきたら……と思うと、悟空の心の中でさらに恐怖が色濃くなっていく。 しかも、そんなことを考えていればそれが現実になってしまう事はままあることだ。 畳の上で小さくなっていた悟空の耳に、いきなりインターフォンのチャイムが届く。 「ひっ」 悟空ののどが恐怖に引きつる。 誰も応対をしなければ、おそらく帰っていくだろう。 しかし、それまでに何回チャイムが鳴らされるのか…… 早くいなくなって欲しいと考えながら、悟空は自分の両耳を手できつく塞ぐ。 ところがどうしたことか、相手は帰るどころか玄関の鍵が開いている事を確認して家の中へと足を踏み入れたらしい。床に着けた額に、相手の足音が伝わってくる。 「……何で……」 ひょっとして『空き巣』という奴なのだろうか。 だとしたら自分はどうすればいいのか……と悟空は泣きそうになりながら本気で考える。 しかし、答えが出ないうちに相手はこの部屋の前まで辿り着いてしまったようだ。なんの前触れもなくドアが開けられる。 「やっ! 三蔵、助けて!」 とっさに悟空の口からこんなセリフが飛び出す。 「……俺様は、泥棒でも何でもないぞ……」 そんな悟空の耳に届いたのは、聞き覚えがある声だった。 「……おばちゃん……」 おそるおそる顔を上げれば、いつものようにどこかからからかうような微笑みを浮かべている菩薩の姿が目に飛び込んできた。 「せっかく、俺様が留守番をしているお前に差し入れを持ってきてやったって言うのに……」 言葉とともに、菩薩は手にしていたケーキの箱らしきものをテーブルの上に置く。そして、自分もそのままその場へどっかりと腰を下ろした。 「ところで、もう一人はどうした? お前一人で留守番って事はないよな」 こう問いかけながら、菩薩は悟空へと視線を戻す。 その瞬間だった。 安心したのか、それとも別の理由からか……悟空はいきなり泣き出してしまった。 「お、おい……どうしたんだ?」 これには菩薩も驚いてしまったらしい。珍しく慌てているのがわかる。だが、悟空にも自分の気持ちがうまく説明できるわけはなかった…… 「で? 何がどうして、そう言うことになったんだ?」 帰ってきた瞬間、悟空に抱きつかれた三蔵が、その体を振り払うことなく周囲に問いかける。 「……それが僕にもよくわからないのですよ……僕が帰ってきたときには、悟空はもう泣いていて、それを菩薩さんが必死に慰めていましたし……」 その菩薩にしても、どうして悟空が泣き出したのかわからないようだ……と八戒は付け加えた。 「……悟浄の馬鹿はどうしたんだ?」 一緒に留守番をしていたのだから、事情を知っているだろうと三蔵は言外に口にする。そして、そのまま腰を下ろした。悟空の体は、仕方がないという様子で膝の上にのせられていた。 「俺様が来たときにはもういなかったぞ」 八戒が淹れたらしい紅茶をすすりながら、菩薩が言葉を口にする。その前に置かれているケーキは、おそらく彼女が持ってきたものだろうと三蔵は推測した。 「いなかった?」 その答えに三蔵は眉をひそめた。 「……って事は、悟空の様子がおかしかったことと関係しているんじゃねぇのか?」 三蔵はその表情のまま自分の考えを口にする。 「その可能性は十分にありますね」 ひょっとして、何か厄介事に巻き込まれたのかもしれませんね……と八戒も頷く。 「厄介事なら手助けしてやろうか?」 多少のことならどうにでもできるぞ……と菩薩は楽しそうな口調で口を挟んできた。 「……あんたが口を出すと何でもないことも大事になるからな……とりあえず遠慮させてもらう」 だが、それの申し出を三蔵はすかさず却下する。 「……そういや、悟浄の奴、携帯は持って出たのか?」 そして、ふっと思い出したというようにこう問いかけた。 「それはないと思います。ほら、この前のあれで、取り上げたまま僕が持っていますから」 言葉とともに、八戒がポケットから携帯を取り出す。と言うことは、悟浄はこれを使って外部と連絡を取ることができない……と言うことである。そこまで確認したところで三蔵は立ち上がろうとした。しかし、悟空が抱きついているせいでうまく立ち上がることができない。 「僕がやりますよ。何を調べればいいのですか?」 しかも、三蔵の行動に不安をかき立てられたのか、悟空がさらにきつく抱きついてきたのだ。それを見て、八戒がこう言いながら立ち上がる。 「悟浄に連絡があったとすれば、家の電話だろうからな。リダイアルで相手につながるか……と思っただけだ」 もっとも、その後で電話がかかってきたら意味がないが……と三蔵は付け加えた。 「その心配はないぞ。少なくとも、俺様がここに来てからはかかってきていねぇ」 悟空の様子からして、その前にもかかっては来ていないと思うぞという菩薩の声を耳にしながら、八戒は電話機へと歩み寄る。そして、そのままあれこれ操作していた。 「あぁ、やはり着信がありましたね。かけてみますか?」 表示された電話番号をみながら、八戒が三蔵に問いかける。 「任せる。俺よりもお前の方が良さそうだしな」 その問いかけに、三蔵は頷いた。それを確認して、八戒はリダイアルの操作をする。 「……三蔵……」 ようやく落ち着いたのだろう。三蔵が帰ってきて初めて悟空が口を開いた。 「どうした?」 「悟浄、たばこ買いに行くって行ったのに、まだ帰ってこねぇの……俺と一緒にいたくなかったのかな?」 俺、何か嫌われることをしたのか……と悟空は言外に問いかけてくる。 「んなわけねぇと思うがな……」 三蔵はため息をつくと、悟空の頭を優しく撫でてやった。 「あん時も、たばこを買いに行くって出かけて……ずっと帰ってきてくんなかったんだ……だから、悟浄も帰ってこないんじゃないかと思って……とっても怖かった……」 悟空の言葉で、三蔵だけではなく他の二人も彼がどうしてこんな事になったのかわかった。菩薩はさらに、その直後の悟空の様子を知っているのだろう。きれいに整えられている眉を思い切りひそめている。 「あいつが帰ってこなくても、俺たちがいるだろうが……そうだな。そう言うときは遠慮しねぇで俺に電話をかけてこい。それくらいはできるだろう?」 後で電話番号を教えてやるよ……と三蔵は付け加えながら悟空の顔を覗き込んだ。 「……う、ん……」 そう言われても、自分にそれができるだろうか、と悟空は不安でならない。 そもそも、電話という存在自体が嫌いなのだ……と言って、果たして彼らが理解してくれるかどうか。 だが、相手が三蔵なら大丈夫なのだろうか……と悟空が考えたときである。 「……やはりそこにいたのですか、悟浄……」 八戒の押し殺した声が室内に響く。それが本気で彼が怒っているときの口調だと言うことを悟空もようやく理解し始めていた。 「……三蔵……」 普段優しいだけあって、こういう時の八戒はめちゃ目茶怖い。悟空は先ほどまでとは違った意味で三蔵にすがりついた。 「お前に怒っているわけじゃねぇから安心しろって」 この分もしっかりと悟浄に責任を取らせないといけないな……と心の中で付け加えつつ、三蔵は微笑んでやる。 「本当、甘いな……お前がここまで甘くなると思わなかったぞ」 そんな三蔵をからかうように菩薩がこう言ってきた。三蔵はそれをきれいに無視をすると、 「八戒! 悟浄に1時間内に帰ってくるように伝えろ!」 と叫ぶ。 「聞こえましたね、悟浄。貴方の行動のおかげで大変なことになっています。悪いと思ったなら、早々に帰ってきてください。1秒でも遅れたらどうなるか、責任持ちませんからね」 そんな三蔵の言葉に付け加えると、八戒はさっさと電話を切った。 「さて……悟空。泣いたらおなかがすいたのではありませんか? 三蔵も帰ってきたことですし、菩薩さんが持ってきたケーキを食べましょう」 まさしく豹変という態度に、悟空はどう反応すればいいのかわからないという表情を作る。 「ほらな。悟浄にはしっかりとお仕置きをさせてもらうが、お前を怒っている者は誰もいないって」 安心したろ、と声をかけてくる三蔵の声に、悟空は小首をかしげていた。 いったいどこまで行っていたのか…… 悟浄が帰ってきたのは1時間を12分ほど過ぎた時間だった。 「……よくもまぁ、平然と帰って来れたもんだな……」 「時間が過ぎていると言うことは、当然、それなりの覚悟があると言うことですよね」 玄関で出迎えた二人ににらみつけられて、悟浄はそのまま固まってしまったらしい。 「……大丈夫かな……」 出てくるなと言われた悟空は様子を見に行くことができない。漏れ聞こえる声だけで状況を判断しなければいけないのだ。 「気にするな。死ぬことも入院することもねぇはずだから」 菩薩はこう言いながら、笑っている。 ならば大丈夫なのだろうか……と悟空が考えた瞬間、悟浄のかすれた声が響いてきた。 その声に、悟空は大きく目を見開く。 「とはいうものの、ちょっとやりすぎだな……」 まぁ、話を聞くに自業自得だろうがと菩薩はため息をついた。 数分後、三蔵と八戒だけが戻ってくる。 「……悟浄は?」 悟空はおそるおそる二人に問いかけた。 「ん? あぁ、今頃玄関の掃除か?」 「その前に、着替えとシャワーが先じゃないですか」 三蔵の言葉に、くすくすと笑いながら八戒が付け加える。その意味がわからないまま、悟空は小首をかしげた。 「悟空。あまり追求しない方がいいことも世の中にはあるんだぞ」 そんな悟空に、菩薩が珍しくもためになるアドバイスを送る。その言葉の裏に隠されている意味がわからないまま、悟空は素直に頷いて見せた。 悟浄へのお仕置きがこれだけで終わらなかったのは言うまでもないだろう。 帰ってきた光明がこの話を聞き、父親としての威厳を見せつけたからだ。 「……後悔先に立たず……ってか」 自分が悪いことをしっかりと自覚しているのだろう。悟浄はむなしい笑いを口元に浮かべていた。 終
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