「よう、久しぶりだな」 朝食を取りにキッチンへ向かった三蔵は、目の前にいる人物を見た瞬間、思わず回れ右をしたくなってしまった。それをしなかったのは、彼の腰にいつものように悟空が張り付いていたからである。 「何で、んな時間に、テメェがここにいるんだよ!」 仕方がないというように、三蔵は口で不快感を表す。 「何でって、決まってるじゃないか。かわいい小猿の様子を見に来たんだよ。一応、預けた責任もあるしな」 言葉だけならまっとうな理由だ……と言えるかもしれない。だが、問題は時間なのだ。隼寺の朝食時間は、普通の家庭に比べればかなり早いと言える――もっとも、光明と三蔵は4時半には起きて、朝の勤行を開始するのだ。それから考えれば遅いのかもしれないが――現在、朝の7時前……それから逆算するに、菩薩がこの家に来たのは6時半過ぎなのではないだろうか。 「だからといって、何で人ん家の朝食時に現れるんだ、てめぇは」 はっきり言って、朝からテメェの顔は見たくねぇと三蔵は言外に付け加える。だが、そんな三蔵の機嫌の悪さすら菩薩には気にならないらしい。 「悟空」 三蔵を無視して、菩薩はその腰にすがりついている悟空へと声をかける。 「……何?」 一応顔見知りだからだろうか。悟空の警戒心は他の人々に比べるとかなり薄い。それでも、ここに引き取られる前にされたあれこれを思い出してか、すぐには彼女の側へ行こうとはしなかった。 「いいもん持ってきてやったぞ」 それでも、以前みたいに声をかけただけで逃げられるよりはまし……と菩薩は鷹揚な笑みを浮かべながらこう口にする。 「いいもの?」 その言葉に興味を引かれたらしい。悟空はほんの少しだけ前に出てきた。 「これだ」 言葉とともに、菩薩はどこからともなく赤と青のストライプで縁取られた封筒を取り出す。もっとも、悟空にエアメールがわかるわけがない。 「……それ、何?」 三蔵、知っているか……と悟空は彼を見上げながら問いかけてきた。 「エアメールだろう。外国から来る手紙だ」 もっとも、悟空が『手紙』を知っているかという点に関しては、かなり疑問がある。 「外国って、どこ?」 だが、三蔵の予想に反して『手紙』という言葉を悟空は知っていたらしい。まったく違う疑問が彼の口からこぼれ落ちた。 「俺にわかるわきゃねーだろうが。ババァに聞け、ババァに!」 中を見るどころか、宛名すら見せられていねぇんだから……と三蔵は付け加える。どうやら、それはもっともだと判断したらしい。悟空は黄金の双眸をまっすぐに菩薩へと向けた。 「……おばちゃん、どこから?」 一瞬ためらった後、悟空はこう問いかける。 「知りたいか?」 菩薩が非常に楽しいという表情で聞き返せば、悟空は素直に頷いて見せた。 「飯喰ってからな。俺も腹が減ったし……お前らだってそうだろう?」 だが、それに対する答えはまったく予想もしていないものだった。 「……ババァ……」 何考えてんだ、てめぇは……と三蔵が付け加えれば、菩薩はさらににやりと笑ってみせる。 「いいじゃねぇか。八戒の飯はめっちゃうまいしな。いい加減、店屋物には飽き飽きしているんだ、俺は」 一人分ぐらい増えてもどうにでもなるだろう? と言うセリフを耳にして、憮然とした表情を作ったのは三蔵だけだった。悟空は意味がわからないと言うように首をかしげているし、他の三人は既にさじを投げているらしい。 「……家は飯屋じゃねぇってのに……」 ったく……飯時は遠慮するのが大人じゃねぇのか……と口にしながら、三蔵は自分の席に着く。だが、ここで困ったことが判明してしまった。菩薩がさっさと席を確保してくれていたせいで、悟空の席がなくなってしまったのだ。 「……三蔵……俺、どこで喰えばいいんだ?」 悟空が泣きそうな声でこう問いかける。 「ったく……テメェのせいだぞ、ババァ」 朝からよけいな手間をかけさせやがって……といいながら、三蔵は腰を上げようとした。だが、それよりも早く悟浄が立ち上がる。そして、自分が今まで座ってたぶんのいすを三蔵の隣へと移動した。 「ちび、これに座ってろ。俺は別なの持ってくっから」 でないと、背丈が足りないしな……という一言だけはよけいだったのではないか。と思うのだが、言われた悟空が気にしていないようなので、あえて何も言わないことにする三蔵と八戒だった。 「本当、いいお兄ちゃんぶりですね」 悟浄がこんなに変わるとは思いませんでしたよ……と感慨深げに光明が口にした瞬間、言われた本人が思いきりこけた……というのも、その理由の一つではあった。 「いいのかな?」 悟空が判断を仰ぐように三蔵の顔を見上げる。 「悟浄がいいっていったんだ、気にするな」 ため息をつくと、三蔵は悟空の肩を押していすに座れと促す。 「マジ、懐かれてんな。見ていて恥ずかしいくらいだぞ」 からからと笑いながら、菩薩がこう言ってきた。 「その方がよかったのではありませんか? 少なくとも、僕たちにも同じくらい懐いてくれていますよね、悟空?」 三蔵が口を開くよりも先に、八戒がこんなセリフを悟空に投げかける。これ以上、三蔵と菩薩を会話させない方がいいと判断したのだ。 「うん。みんな好きだよ、俺……怖くねぇし」 その意図がわかっているのかいないのか。悟空は素直に頷くとこう口にする。 「そうか。よかったな」 テーブルの反対側から手を伸ばして菩薩が悟空の頭を撫でた。その優しい手つきに、悟空ははにかんだような微笑みを浮かべる。 「悟空はいい子ですからねぇ」 光明が穏やかな微笑みとともに口にすれば、 「本当、どこかの誰かに爪の垢を飲ませてやりたいくらいです」 八戒がしみじみとした口調でこう言った。その瞬間である。 「何だ? まだ喰ってねぇの?」 自分の分のいすを確保してきた悟浄がタイミングよく戻ってきた。 「貴方を待っていたのですよ」 今までの会話がなかったかのように八戒は言葉を口にする。その切り替えの素早さはさすがだ……と思ったのは誰だったかは、あえて言わなくてもいいだろう。 朝食後の後始末は、最近、悟空の仕事になっている。 お手伝いをしたいという悟空の意見と、八戒達を遅刻をさせたくないと言う光明の意見から、そう決まったのだ。八戒にしてみれば、悟空にさせるも自分でやった方が気分的には楽なのだろう。それでも、悟空の自主性を損ねたくないと判断して、任せているようだ。もっとも、はっきり言ってしまえばこういう事に関しては悟空は悟浄よりもかなり上手なのだが…… 八戒と彼に引きずられるように投稿していった悟浄を見送ってから、悟空は流しで洗い物を始めた。 「ずいぶんとまたいろいろとできるようになったじゃねぇか」 そんな事は知らない菩薩が感心したようにつぶやく。 「家の中のことはできることが多いですよ。最近は、買い物にも一人で行けるようになっていたのですが……」 先日の烏哭訪問の一件以来また一人では外に行けなくなってしまったのだ。その事実を菩薩に伝えるかどうか、光明は悩んでしまう。 「それをぶちこわしてくれた馬鹿がいるって事ぐらい、あんたの耳にはとっくに入ってんじゃねぇのか?」 しかし、三蔵は容赦なくこう口にする。 「やっぽ、烏哭が最近ここいらをうろついているって言う話はマジだったのか……」 菩薩が大きなため息をつく。 「うろついてるだけじゃねぇよ。気がつくと悟空の部屋に盗聴器を仕掛けやがって……犯罪だろうが、それは。外に出れば出たで、どこからともなくわいてくるし」 おかげで、すっかり悟空は外出恐怖症だ……と三蔵は吐き捨てるように言った。 「それは……ちっとまずいな」 まさかそこまですごいとは思わなかったのだろう。菩薩は眉をひそめる。 「まぁいい。それに関してはこっちで何とかしよう……悟空、仕事は終わったのか?」 菩薩の問いかけに悟空はこくりと首を縦に振った。 「おばちゃん」 そして、何かを訪ねるような口調で彼女に呼びかける。 「わかってる。これだろう」 菩薩は胸のポケットから、朝に見せた封筒を取り出すと悟空の前へとさしだした。その表には流れるような筆跡で宛名が書かれいる。だが、アルファベットで書かれているそれを当然のように悟空にはそれを読むことはできない。 「……三蔵……」 こう言うとき、ほとんど反射的に悟空が助けを求めるのは三蔵だ。すがるような視線を彼に向ける。 「意地悪するんじゃねぇよ」 三蔵はそんな菩薩の行動をとがめるようなまなざしを投げつけた。 「まだそれまでは無理だったか……光明の話だと、だいぶ年相応になったって言うから大丈夫だと思ったんだが……」 本気で言っているらしいこのセリフに、三蔵だけではなく光明ですら脱力感を覚えてしまう。 「菩薩……英語は中学に入ってからですよ……」 悟空はまだ小学校に通っている年齢です、と光明が注釈を入れる。 「……そうだったのか?」 知らなかったと菩薩は大仰に驚いて見せた。だが、それはあくまでもポーズだろうと三蔵は疑ってしまう。 「じゃ、仕方がねぇな。悟空、それは東ティモールからの手紙だ」 その瞬間、悟空の目がさらに大きく見開かれる。 「じゃ、これ、金蝉からの手紙か?」 そして、まるで急いで確認をしないと、手の中の手紙が消えてしまうかのような勢いで菩薩に問いかけた。 「あぁ。どうやら、向こうに俺の手紙が届くよりも先に書いたらしくてな。家に届いた。だから、優しい俺様が届けてやったんだ」 感謝しろと胸を張る菩薩に、誰も同意を示さない。悟空はそれどころではないと言うように手紙の封を開け始めたし、光明はそんな悟空のためにはさみを取りに立ち上がったのだ。そして、三蔵はと言えば、はっきり言って忌々しいというような視線を彼女に向けている。 「妬くんじゃねぇよ」 三蔵の内心を見透かしたかのように、菩薩が唇をゆがめた。 「金蝉とテメェとじゃ、悟空の中で占める場所が違うんだろうよ」 卵から出たばかりの鳥の雛が真っ先に目に入ったものを『親』と思うのと同じなのだ……と菩薩は告げる。だが、それが忌々しいのだとは三蔵は心の中でつぶやく。 「それに、悟空にしてみれば、あの施設から連れ出して、体の不調をなおしてくれた金蝉は神様みたいなもんらしいし……まぁ、あのばかの失敗で施設に逆戻りをするはめになったんだがな」 悔しかったら、悟空の心を何とかしてやるんだな……と付け加えると、菩薩は三蔵の額を小突いた。 「……言われんでもそうするに決まってるだろうが!」 三蔵は菩薩にこう言い返すと同時に立ち上がる。 「……三蔵?」 その勢いに驚いたのだろう。悟空が目を丸くしながら自分を見つめていることに三蔵は気づいた。 「学校行ってくる。ババァにつきあってたら、一限、遅刻しそうだ」 悟空によけいなセリフを投げかけるわけにはいかないと判断して、三蔵はとっさにこう口にする。今の悟空に自分のことまで押しつけたら、間違いなくパンクしてしまうだろうとわかっているのだ。 「……手紙、一緒に読んで欲しかったんだけどな……」 悟空は小さな声でこうつぶやく。だが『学校』という言葉を出されては仕方がないと理解しているのだろう。それ以上だだをこねるようなことはない。 「帰ってきたら、つきあってやるよ。今日はバイトもないしな」 しゅんとしてしまった悟空に、三蔵は微笑みかけながらこう声をかけた。そのころには、きっと頭の中も冷えているだろうと判断してのセリフである。 「わかった。待ってるからね」 そんな三蔵の内心を知るよしもない悟空は、疑う様子を微塵も感じさせずに『行ってらっしゃい』と付け加えた。 「あぁ」 三蔵は後ろめたさを感じながらもリビングを出て行く。 「本当、かわいい奴だよな、あいつも……」 そんな彼の耳に、菩薩のこんなセリフが届いた。反射的に何かを言い返そうとするが、沿い牛束合間違いなく泥沼にはまってしまうことは分かり切っている。 (……クソババァ……) 心の中でこう付け加えるだけで何とか我慢をした三蔵だった。 まさか本当に悟空が手紙を読まずに待っているとは三蔵は思っていなかった。 きっと、自分が帰ってくるまでに待ちきれなくなって中身を読んでいるだろう……それはそれで少々癪だが、仕方がないことだと三蔵は考えていたのだ。 そして、本当に自分の考え通りの行動を悟空が取っていて、なおかつ、何を言っても怒らないだろうと言う精神状況になってから、三蔵はようやく帰宅をした。 「三蔵、お帰り!」 待ちかねていたというように、悟空が玄関まで飛び出してくる。そして、そのまま三蔵にぶつかるように抱きついてきた。 「遅かったけど……何かあったの?」 そして見上げるようにしながらこう問いかけてくる。 「そうですよ、三蔵。今日はバイトがなかったのでしょう?」 珍しいことに光明も三蔵を出迎えるために姿を見せた。 「すみません。どうしても調べておきたいことができてしまったので……図書館によっていたら遅くなりました」 三蔵は素直にこう言う。ただし、これは半分以上口実だと言っていい。本当は自分の頭が冷えるまでの時間を図書館でつぶしていたというのが正しいのだ。 「でしたら、もっと早く連絡をしてください。そうすれば、悟空を説得できたのに」 だが、光明のこのセリフに、三蔵は眉をひそめる。 「と言いますと?」 「一緒に手紙を読むと約束をしたのでしょう? 約束だからと言って、ずっと待っていたのですよ、悟空は」 その瞬間、三蔵は自分の考えが間違っていたことに気づいた。 「……悪い……」 三蔵は言葉とともに悟空の頭に手を置く。 「だって、約束を破ることはいけないことなんだろう?」 針千本、飲むのいやだもん……と悟空は付け加える。 「そっか……」 まさかこういうセリフが戻ってくるとは思わなかった……と内心苦笑をしつつ、三蔵はようやく靴を脱いで家の中へとあがった。 「少し待ってろ。荷物を置いたらすぐにリビングに行くから」 そして、自分の失態を取り戻すかのようにこう口にしながら悟空の頭を撫でてやる。 「待ってるから、早くな」 そのまま離れていく三蔵の背中に悟空の無邪気な声が刺さった。 「……予想以上にきついな……」 自分の声が三蔵の良心をちくちくと刺激していると悟空は思っていないだろう。こんな思いをするなら、さっさと帰ってきてやればよかった……とも思うが、過ぎてしまった時間は今更巻き戻すことはできない。 「父さんにはきっとばれているだろうし……」 三蔵は盛大にため息をつきながら、自室のドアを開けた。 肩にかけていたバッグをそのままベッドの上に放り出すと、約束通りリビングへと向かう。 「ごゆっくりでしたね」 リビングに足を踏み入れた瞬間、八戒のこんなセリフが飛んできた。どうやら自分が帰ってくるまでに一波乱あったらしいと、三蔵は推測する。 「こっちにもいろいろあってな」 ともかく適当にごまかしながら、期待に満ちたまなざしで自分を見つめている悟空の側へと足を向けた。 「悪かったとは思ってるが……」 小さくつぶやいた声は、間違いなく八戒の耳に届いただろう。それ以上彼は何も言おうとはしない。 「三蔵」 そして、その声は悟空の耳には届かなかったようだ。その事実にほっとしながら、三蔵は悟空の隣に腰を下ろす。 「おじさんに教えてもらったんだ。英語で書くと、これが俺の名前なんだって」 悟空はうれしそうな口調で、封筒の宛名部分を指さしながら三蔵に説明をする。 「あぁ……確かにそう書いてあるな」 よくよく見れば、ほかにもあれこれ書いてあるが、悟空にはまだ読めないのだろう。 「で?」 このままいつまでも宛名を眺めているわけにはいかないだろうと、三蔵は悟空に次の行動を促す。それでようやく悟空は封筒の中から便せんを取り出した。きちんと四隅をそろえてたたまれているそれをかさかさと音を立てて広げる。 「えっと……んっと……これ、なんて読むんだろう……」 それに目を通し始めた悟空が、いきなりつまずいてしまったようだ。三蔵は仕方がなく悟空の肩越しに便せんへと目を落とす。ついつい悟空が読めない部分まで視界に入れてしまって、三蔵はまずいという表情を作る。それをごまかすように、彼は口を開いた。 「はいけい、だ。手紙の決まり文句みたいなもんだから、気にしなくてもいい」 三蔵のセリフにほっとしたような表情を浮かべると、悟空はさらに読み進んでいく。 「本当に、三蔵大好きですね、悟空は……」 ちょっと妬けますね……と言いながら、八戒が彼らの前に飲み物を持ってきた。三蔵は手紙から意識をそらそうとするかのように自分のカップに口を付ける。次の瞬間、思い切り眉間にしわが寄った。 「……八戒……」 とんでもない味のコーヒーに、八戒の嫌がらせを疑いたくなるのは、三蔵の勘違いなのだろうか。 「あぁ、すみません。やっぱり、お塩が入ってしまいましたか」 大丈夫だと思ったのですけどねぇ……と付け加える彼の口調から、三蔵はそれが故意に行った行動であると判断する。 「悟空の分は無事なのか?」 自分の行動がその原因だろうとわかっているだけに、三蔵は文句のつけようがない。それでもこれだけは確認しておきたいというように問いかける。 「悟空の分は、お塩をこぼした後に用意をしましたので、大丈夫です」 きっぱりと言い切った八戒に、三蔵は思わずため息をつく。 「三蔵、金蝉、元気なんだって。お仕事が大変だけど、楽しいって言ってた」 どうやら読み終わったらしい悟空が、明るい口調で二人の間に割って入ってきた。もちろん、三蔵と八戒の間に流れる不穏な空気には気がついていない。 「そうですか、よかったですね」 八戒も穏やかな口調で頷いている。 「お前も、返事を出してやるんだな」 三蔵は三蔵で、こう声をかけた。 「返事……書きたいけど、俺、英語書けないし……」 宛名、日本語じゃだめなんだろうと悟空は肩を落とす。 「大丈夫ですよ、悟空。三蔵が責任を持って宛名を書いてくれるはずですから」 いつの間に用意をしてきたのか。光明が便せんその他を差し出しながら微笑んでいる。実は最初からその気だったのか……と三蔵は自分が嵌められてしまったような感覚に襲われた。 だが、悟空はそれですべて解決したというように笑顔を浮かべる。そして何を書こうかと考えているとわかる表情で便せんを開いて眺めている。 何を思ったのか、不意に便せんから顔を上げると、三蔵はこの場にいる他の三人の顔を眺め出す。 「悟空?」 いったいどうしたんだ、と付け加える三蔵のセリフは、他の二人の気持ちも代弁していた。 「三蔵達の事書こうかと思って……だめか?」 小首をかしげて問いかけてくる悟空の頭に手を置くと、 「駄目なわけねぇだろうが」 三蔵はこう言葉を返してやる。 「よかった」 悟空はこういうと同時に、視線を便せんに戻した。そして、鉛筆を握りしめるとなにやら書き始める。 「どうやら、これで一件落着のようですね」 安心したというように光明が口を開く。 「ですので、あまり三蔵をいじめないであげてくださいよ、八戒。彼は彼なりに複雑な感情を抱えているようですし」 さらりと言われた言葉に図星をつかれて、三蔵は目を見開く。まさかばれているとは思わなかったのだ。 「一応、私はあなた方の父親ですからね」 にっこりと微笑む光明に、三蔵だけではなく八戒も勝てないと本気で思ってしまう。 その間にも、悟空は一生懸命手紙を書いていた。 何とか満足がいく内容にできたらしい。 「三蔵、これ、おかしいところないよな」 こう言いながら、手にしていた便せんを三蔵達の前に差し出す。誤字脱字ぐらいならチェックしてやるかと三蔵はそれを受け取った。そのまま内容に目を走らせるのだが、どうしたことか他の二人も同じように便せんに書かれた悟空の文字を読んでいる。悟空が何を書いたのか気になるのだろうと、三蔵はあえて口を開かずに最後まで目を通す。 「まぁいいんじゃねぇか」 内容におかしいところはないし、間違っている字もない……と三蔵は付け加えながら、悟空にそれを返した。 「じゃ、宛名書いて」 「あぁ……」 悟空のお願いにあっさりと頷くと、三蔵はエアメール用の封筒にさらさらと住所を書き写してやる。その封筒を返すと、悟空はきちんとたたんだ便せんを中へと入れた。 「これ、どうやって出すの?」 ふっと思い出したというように悟空がこう問いかける。 「明日、一緒に郵便局に行ってあげましょうね」 光明のこの言葉に、悟空はまたうれしそうに笑って見せた。しかし、すぐにそれはかき消されてしまう。 「……あの人、いない?」 そして、おそるおそるというようにこう問いかけてきた。 「大丈夫ですよ。菩薩が何とかすると言いましたでしょう? だから、明日からは来ないと思う……のですけどね」 いても何とかしてあげますから……と光明が付け加えるのを聞いて、ようやく悟空は安心したようだ。 「午前中ならつきあうぞ。明日は休講だしな」 三蔵もこう付け加える。その瞬間、八戒が残念そうな表情を作った。しかし、こればかりは仕方がないと判断したのだろう。 「二人がついていれば大丈夫ですよ」 少し残念そうな口調でこう言った。 「なら、行く」 三人の言葉に安心したのだろう。悟空はこう言い切った。 その時だった。 「どこに行くってぇ?」 ようやく悟浄が帰宅をしたらしい。こう言いながら顔を出した。 「内緒です」 「テメェにゃ関係のねぇ所だな」 話が見えないらしい悟浄に向かって、三蔵と八戒がほぼ同時にこう言う。 「それよりも、今まで何をしていたわけですか? またどこかでくだらないことをしていたのでしょう?」 いっそ、無視して夕飯を食べてもよかったかもしれませんね……と八戒は怒りの矛先を彼に向けたようだった。 「ほどほどにしておけよ」 三蔵はこういうと、悟空の手から封筒を取り上げる。そして、しっかりと封をしてやった。 『金蝉へ お手紙ありがとう。 俺はとっても元気です。みんな親切にしてくれるので、俺はとっても幸せです。 だから、心配しないでお仕事がんばってください……』 終
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