Whiteday バレンタインデーに好きな相手にプレゼントを送るのは男も女も関係ない……と聞いたのは、既にその日が過ぎてからのことだった。 「……どうせなら、もっと早く教えてくれればいいのに……」 しゅんとしてしまった悟空に、八戒は今からでも遅くはない、と教えてくれた。そして、慌ててプレゼントを探して三蔵に渡したら、彼は珍しくも照れた表情を見せる。 「ありがとうな」 そして、こう口にしてくれた。 悟空にしてみれば、それだけで満足だったのだが…… 「悟空」 こう呼びかけられて、悟空はなんだろうというように振り向く。 「ほら」 そうすれば、三蔵が何かを投げて寄越した。それを落とさないように悟空は慌てて手を伸ばす。 「……三蔵?」 手にしてみれば、それが綺麗にラッピングされたものだ、とわかった。 「今日は3月の14日だろうが」 どうして、と問いかける前に三蔵はこう口にする。3月14日は何の日だったろうか……と考えれば、すぐに答えは見つかった。 「貰っていいの? 俺、渡すの遅れたのに……」 うれしさを隠せない、と言う表情のまま、悟空は三蔵にこう問いかける。 「テメェ以外の、誰に渡すって言うんだ?」 ぶっきらぼうなセリフの中に、三蔵が照れが見え隠れしているのは、悟空の気のせいではないだろう。 「渡されたら、やっぱ、泣くかも」 笑顔で言い返すと、悟空はさっさとラッピングを外し始める。本来であれば、プレゼントの送り主の前でする行動ではないのかもしれないが、今更、と思ったのだ。 それでも、出来るだけ包装紙を破かないように、と悟空は慎重に作業を進める。 そんな悟空の様子を、三蔵はすぐ側に腰を下ろしてみていた。どうやら、彼は悟空がどのような反応を見せるのか、気になってならないらしい。 普段の傍若無人ぶりを考えれば、意外としか言いようがない三蔵の反応に、悟空は笑いを堪えるのに一苦労だった。 でも、三蔵がそばにいてくれることが一番嬉しい……と悟空は思う。そう思えば、自然と微笑みが浮かんでくるのは言うまでもないことだ。 「……ハンカチとクッキーとマシュマロとキャンデー?」 ようやく中身に目を通した瞬間、悟空は思わずこう呟いてしまう。 「ハンカチをしょっちゅうなくしている、と聞いたからな。数があっても困るものじゃねぇだろうし……」 それに、自分でも買いやすかったから……と三蔵は口にした。 この言葉を耳にした瞬間、悟空は頬が赤くなるのを自覚してしまう。実際にそうだと自分でもわかっていても、三蔵に言われると恥ずかしさが倍増してしまうのだ。 「別段怒っているわけでも、呆れているわけでもねぇぞ? 単に、数あった方がいいと思っただけだ」 真っ赤になってしまった悟空を見て、三蔵は慌ててこう言ってくる。 「……じゃ、お菓子の方もそうなのか?」 いろんな種類があるけど……と悟空は三蔵に問いかけた。 「……ってわけじゃねぇ……」 だが、三蔵の返事はどこか歯切れの悪いものだった。 「三蔵?」 「よくわからねぇが……どうやら、返す菓子の種類で相手への返事があるらしいんだが……それが、聞く相手、聞く相手によって全部違うんだよ。OKと友達でいましょうと、ごめんなさい……って言うのが明確にどれって言うのかわからなくてな。面倒だったから、一通り買ってきただけだ」 お前に変な誤解をされても困るからな……と三蔵は付け加える。 「そんなわけ、ねぇじゃん」 もらえただけで嬉しいと、悟空は笑い返す。 「……そうか?」 「そうだってば。でも、一番嬉しいのはさ。三蔵が側にいてくれることなんだけどな」 三蔵からもらった一式を、蹴飛ばしたり踏みつけたりしないように机の上に置くと、悟空はゆっくりと彼に近づいていく。 「だからさ……」 にっこりと微笑むと、小さな頃のようにその膝の上に乗ると、そのまま三蔵に抱きついた。 「悟空?」 どうしたんだ? と三蔵は聞き返してくる。だが、彼の手はしっかりと悟空の背中に回っている。 「もっと、かまって?」 そのぬくもりを嬉しいと思いながら、悟空はさらに三蔵に体をくっつけていく。 「……といってもだなぁ……」 あれこれ出来るわけじゃねぇし……と三蔵は本気で悔しそうな表情を作る。何でかれがそんなセリフを口にするのか、悟空にもわかっていた。 「……三蔵には悪い、と思うけどさ……」 でも、と悟空は思う。 そのせいで三蔵が自分と距離を取るのであれば悲しいのだ。 「テメェのせいじゃねぇだろう。父さん達の言い分もわかるしな」 だから、謝るんじゃねぇ……と言いながら、三蔵もまた顔を寄せてくる。 「当分は、これだけで我慢してやるよ」 そして、囁きと共に三蔵は悟空の唇へ自分のそれを重ねてきた。悟空も素直にそれを受け止める。 甘い空気が室内を満たしていった。 終 「じゃ、八戒もしらねぇんだ」 ホワイトデーのお菓子の意味……と悟空は目を丸くする。 「知らない、と言うと語弊がありますね。バレンタインみたいに明確じゃないだけですよ」 そもそも、バレンタインデーにチョコレートを渡すのも日本だけだ……と八戒は笑う。そして、それの二番煎じとしてお菓子業界が、それぞれのお菓子を売り込もうとし始めたのがホワイトデーの始まりだ、と。 「正式にホワイトデーが決まったのが二十年ぐらい前のことですから、そのせいで話が混乱しているんですよ。地方によっても何をお返しに渡すのか、違っていたようですし」 すらすらとこう答えてくれる八戒は凄い、と悟空は思う。 「で、三蔵から何をお返しに貰ったんですか?」 にものの様子を確認しながら、八戒が問いかけてきた。 「ハンカチとお菓子」 「そうですか。それなら、なくさないようにしないといけませんね」 よかったですね……と言う言葉に悟空はしっかりと頷いてみせる。 「使えねぇかもしれねぇし」 だって、ものすごく嬉しくて、それが大切だから……と悟空は言い返す。 「でも、使って上げないと可哀相ですよ?」 ハンカチは使って貰うために作られたのですから、と言う言葉に、悟空は困ってしまう。使わなければなくすることはない。だが、使わなければ意味がないと言われては、どうすればいいのか、わからなくなってきたのだ。 「そんなに悩む必要はありませんよ。なくしても三蔵が怒るわけないですから」 「そうそう。三蔵様はお前がにっこり笑ってキスをしてやれば、ハンカチの十枚や二十枚、簡単に買ってくれるって」 八戒の言葉に続けるように悟浄の声が届く。慌てて視線を向ければ、つまみ食いをしている彼の姿が目に入ってきた。 「悟浄!」 悟空がそんな彼に何かを言い返す前に、八戒が笑顔を向ける。それが危険信号だ、と言うことは悟空にもわかっていた。反射的に一歩後ずさると、同時に 「悟空を、貴方がバイトをしている場所に訪れる女性と同レベルに考えないでください! そもそも、貴方がそんな場所でバイトをしていること事態、悟空の教育上、好ましくない事実なんですよ? それで、家計に少しでも淹れてくれるというのなら妥協しますが、貴方は全部自分で使っているじゃないですか!」 と、八戒のお小言が狭いキッチン内に響き渡る。それを耳にした瞬間、悟空はその場から逃げ出すことにしたのだった。 その後、八戒のお小言がいつまで続いたのかわからない。 だが、珍しく、夕食の煮物は少し焦げ臭かった。 ちゃんちゃん
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