お互いの気持ちを確認しあったからと言って、そう簡単に物事が進むわけではない。 「……何で、こう、邪魔ばかり入るのかな……」 教室の窓際。しかも、その最後列という、ある意味抜群のポジションの机の上に突っ伏しながら、悟空が小さく呟く。 「何の話だ?」 そんな悟空の頭の上から声が降ってくる。 「……何でもねぇよ」 これが那托だったなら少しは対応が違っていたかもしれない。だが、相手が紅孩児だと声がさらにぶすくれてしまう。 「そうは思えないがな」 がたっといすを鳴らしながら紅孩児は悟空の隣へと座る。と言っても、そこが彼の席なのだから文句は言えないだろう。 「やめとけ。馬に蹴られるぞ」 当然のように前の席から、笑いをにじませた那托の声が飛んでくる。 「悟空は、今、相思相愛の相手とどうすれば二人きりになれるのか、悩んでるんだから」 それって、自分で解決しなきゃいけないことだろう、と那托は付け加えた。 「……正しいご意見、ありがとう……」 嬉しくねぇよ……と付け加えると、悟空は大きなため息をつく。 「驚いたな……」 それに紅孩児の声が被さる。 「俺たちの中で一番その手の話題から遠いと思っていたのに」 先を越されたか……と告げる紅孩児の口調には悔しささえにじんでいた。 「違うって。こいつの場合は延々と付き合ってきたくせに恋心に気づいたのは最近なんだよ」 ある意味、これだけ鈍い奴も珍しいって。からからと笑いながら、那托は付け加える。それが真実であるから、悟空は怒鳴りつけることも出来なかった。 「……全部ばれてるって言うのもなんだよな……」 相談するときの手間は省けるが、こうやってからかわれるのは苦手だ……と悟空は呟く。 「いいじゃん。俺たち、親友なんだしさ」 相談に乗るのもからかうのも、親友の特権だぞ、と那托は笑う。 「そうなのか?」 あれから友達は出来ても『親友』と呼べるのは悟空にとって那托一人だ。そして、同級生とのつきあい方については彼が教えてくれなければ出来なかったのも事実。だから、そう言うものなのかと悟空は思う。 「だよな」 明るい口調で那托は紅孩児に問いかける。そのセリフに紅孩児は曖昧な笑みを返す。 「そう言うことにしておけ、悟空」 意味ありげなセリフに、悟空は顔を上げた。 「違うのか?」 「……世の中には知らぬ方が幸せだという事実もある……」 問いかけられた紅孩児が曖昧な微笑みを浮かべる。それに悟空は訳がわからないとぼやきながら再び机に懐いたのだった。 「デートって言われてもなぁ……」 あの後すねてしまった悟空を見て、那托と紅孩児がデートでもしろとあれこれ教えてくれた。しかし、問題はそれをどうやって残りの三人にばれずに実行に移すか……と言うことだった。 以前にも二人でこっそりと出かけたはずなのに、目的地に着いたら八戒達がいた……という状況が何度かあったのだ。さすがにこれには二人ともげんなりとしてしまったのは言うまでもないだろう。 「本当、どうしてばれるんだろうな」 ばれないようにこっそりと約束を交わしているのに、と悟空はため息をつく。 さすがにまだ自分で料金を払えないから……という理由で携帯を持っていない悟空と三蔵が誰にもばれずに約束を交わすには、結局古典的な方法に頼らざるを得ない。 学生達がよく授業中にするようなメモによる会話だ。 しかも、それは後日八戒達の目に触れないようにと、きちんと細かくしてから捨てられているはずなのに…… 「いっそ、あの水につけると溶けるって言う紙でも探してこようか」 光明の書斎にあった『少年探偵手帖』という古めかしい本に書いてあったそれなら、完璧に消し去れるだろうとまで思ってしまう。 「う〜〜っ……昔の方がよっぽど二人だけで出かけられたような気がするぞ……」 最近は本当に二人きりにしてもらえない。 本当、少しでいいから二人きりになって甘えたい……というのが悟空の本音だった。 「三蔵と二人だけでデートしたいよなぁ……」 別段、まだあれこれしたいわけじゃない――その手の知識だけは悟浄が頼んでもいないのに教えてくれた――ただ単純に三蔵に甘えたいだけなのだ。 「何かいい方法ねぇかな」 ため息とともにこう呟く。 「そんなに三蔵と二人きりになりたいのですか?」 いったいいつからそこにいたのか。 背後から光明がこんな声をかけてくる。 「うわっ!」 その事実に、悟空は焦ったような声を上げてしまった。 「ど、どこから聞いてたんだよ!」 心臓が驚きを訴えている。それを何とかなだめようとしながら悟空はこう問いかけた。 「どこからと言われましても……あぁ、少年探偵団の必需品なら、角の駄菓子屋さんにありますよ」 と言うことは、ほぼ最初からか……と悟空は本気で硬直してしまう。そんな彼の前で、光明はのほほんとした口調で今度買ってきてあげましょうと口にしている。 「悟空? 聞こえていますか?」 しかし、答えを返すことが出来ない悟空に気がついたのだろう。言葉とともに彼の顔を覗き込んできた。 「本当に貴方は、突発事態に弱いのですね」 これからの課題ですか、これが……と光明は苦笑を浮かべる。そして、そのままその年代の少年達に比べて二回りぐらい小さい悟空の体を軽々と抱え上げると歩き始めた。 「と、義父さん!」 高校生にもなってこれは恥ずかしすぎる、と悟空は何とかその腕から逃れようとする。 「まぁまぁ……たまには父親らしいことをさせてください」 ね、と言われても、悟空が納得できるわけはない。 「お、下ろして……ください……」 誰かに見られるのは困る……と悟空は言外に付け加える。その誰かというのが約一名のことを指しているのは、もちろんばれているだろうが。 「そうですね。このまま家までおとなしくしてくれていたら、協力してあげますよ」 その言葉の意味がわからないわけではない。だが、どこまで信用して良いものかというと悩んでしまう。 「……でも……重いし……」 「重くありませんよ、貴方は。むしろ、もう少し太った方がいいでしょうねぇ。あれだけ食べているのに、いったいどこに行ってしまうのか」 困りましたねぇ、と口にしながらも、光明は実に楽しそうだ。そんな彼に逆らっても無駄だろう。悟空は彼に抱きかかえられたまま小さくため息をついた。 「三蔵。急で悪いのですが、今度の日曜日、お使いを頼まれてください」 夕食時に顔を合わせた瞬間、光明がいきなりこんなセリフを口にする。 「それはかまいませんが……今度の日曜というと法要が入っておりませんでしたか?」 記憶の中のカレンダーをめくりながら三蔵が聞き返してきた。 「それなら先様のご都合とやらで土曜日になりましたよ。ですから、お願いしますね」 いつもの微笑みとともにこう言い返されては三蔵としてもそれ以上つっこめないのだろう。 「わかりました」 それだけを口にすると箸に手を伸ばす。 「後で部屋に来てください。詳しいことはその時に」 にっこりと微笑みながら言葉を口にすると、光明もまた箸を手に取った。それを合図にしたかのように食事が始まるのだが……珍しいことに悟空の食が進んでいない。 「悟空、どうしました?」 おいしくありませんでしたか? とそれを見とがめが八戒が問いかけてくる。 「うぅん。おいしいよ」 その言葉に悟空は慌てたように目を瞬くと、笑顔を見せた。そして、いつもの調子で食べ始める。 「……何かありましたか?」 もっとも、それでごまかされる彼ではない。しっかりとこう問いかけてくる。 「何でもねぇよ」 光明のいう『用事』の意味を知っている自分が迂闊なセリフを言わないように……と思っていただけなのだが、元々腹芸の苦手な悟空だ。しっかりと態度に出てしまったというのが正解である。しかし、それを八戒に知られるわけにはいかないだろう。 「単に、中学生と間違われただけですよね、今日」 ついでにカツアゲされかけてショックだったんですよね、とフォローになっているのかいないのかわからないセリフを光明が口にする。 「マジ?」 「本当ですか?」 いきなり左右からこう問いかけられて、悟空は無意識のうちに頷いてしまった。 「どんな連中だか覚えているか?」 三蔵に顔を覗き込まれて、悟空は咄嗟に首を横に振る。 「まぁまぁ……悟空がご飯を食べられませんよ。もう少し大きくならないといけないのですから、ちゃんと食事は食べさせてあげてください」 それに、ちゃんと対処してきましたから、と光明は微笑んだ。 彼がこういうのであれば大丈夫なのではないか。そう判断するしかない二人である。だからといって何もしないわけにはいかないだろう。 「……八戒……」 「わかっています。後で悟浄あたりに調べさせます」 彼なら、ここいら辺でカツアゲをしている馬鹿共の情報を持っているだろうから……と八戒は言外に付け加える。 そんな二人の会話を聞きながら、悟空はいいのかというように光明を見つめた。次の瞬間、彼は意味ありげに微笑んでみせる。それを見て、悟空は任せてもいいのか、と判断をした。 そして、これ以上八戒達に余計なことを言われる前に……と食事を片づけ始める。 「悟空、おかずは足りていますか? これ、上げましょうね」 そんな悟空の様子に安心したのだろうか。 それとも別の意図があるのか。 光明はこう言いながら、自分の皿から悟空のそれへエビフライを一つ移動させる。 「ありがとう」 「いえいえ。悟空はもっと大きくならないといけませんからね。たくさん食べてください」 悟空の言葉に、光明はいつもの笑顔で答えた。 三蔵達とは違ってほのぼのとした空気が二人の間に流れる。 いきなりの雰囲気の転換に三蔵達はついていけなかったらしい。呆然とその光景を見つめているだけだった。 「で? ご用とはいったい?」 悟空の一件を八戒に任せた三蔵は、光明とともに彼の自室へと向かう。そして、腰を下ろした瞬間、彼はさっさと終わらせたいというように口を開いた。 「本当に貴方はせっかちですね」 そんな三蔵の態度に苦笑を浮かべながら、光明が言い返す。 「だから、いつもデートの邪魔をされるのですよ」 どう反論をしようかと考え始めた三蔵の耳に、さらに光明のこんなセリフが届いた。 「父さん?」 いったい何を……と三蔵は言葉を失う。 「悟空が貴方と二人だけになれないと落ち込んでいましたからね。あまりにかわいそうだったので協力をしてあげますといっただけですよ」 ただし、条件付きですが……と光明は意味ありげな表情で笑った。その笑顔が怖いと思ってしまうのは、三蔵が彼の本性を知っているからだろうか。 「……条件、ですか?」 だが、それでも悟空が望むとおり二人だけで遊びに行けるなら我慢しようかとも思う。 「えぇ。簡単なことですよ」 さらに笑みを深める光明に、三蔵はまずいと感じてしまった。 目の前の人物がこんな表情をするときは、大概自分にとってまずい状況に追い込まれると言うことと同意語だからである。 「悟空が成人するまで――というのはかわいそうですから、せめて高校を卒業するまでは、最後までいくことは許しません。もちろん、本人の意思を無理強いすることもです。その辺のコントロールは、年長者である貴方がすること。いいですね!」 まさかこんな事を彼から注意される日が来るとは思わなかった。それが偽りのない三蔵の本音である。 「……わかっています……」 確かにそれは自分の役目だろう、と三蔵はため息とともに頷く。 「俺としても、しばらくは待つつもりでしたから」 あの無邪気さを壊すような真似はしたくない、というのは間違いなく事実。 「ただし、そんなあいつをあおってくれている奴もいますからね」 知識だけはあるから、余計に厄介なのだ……と三蔵はため息をつく。しかも、それが偏ったものだから余計に……と付け加える。 「……あの子ですか?」 「それ以外にいませんよ」 自分はともかく、八戒がその手のことを悟空に吹き込むわけがない。むしろ、プラトニックでいてくれと真顔で言ってくるような相手なのだ。 「……それはそれで困ったものですね……」 「まったく……悟空がそっち方面にまだ目覚めていないのが救いです」 体をつなぐだけが愛情表現じゃないのだとか、男同士は別段そこまでしなくていいとかと口を酸っぱくして――と言っても、ちゃんと事実なのだが――言っている甲斐があって、悟空はそれに関しては素直に納得しているようだ。もっとも、三蔵が与えている快感だけでおなかいっぱいになっている可能性は否定しない。 「では、せいぜい自制心をフル回転させてください」 そうしている間は、時々息抜きをさせてあげますから……と言う光明のセリフは慈悲と言っていいのか……それとも単に楽しんでいるだけか。三蔵には判断が付きかねた。 それでも、二人だけという状況に悟空がよろこぶであろう事だけは想像できる。 「もちろんです」 この際、光明を味方につけるか、それとも敵に回すかと考えて前者の方がましなのは分かり切っているだろう。だから、三蔵はきっぱりと言い切った。 「三蔵!」 悟空が嬉しそうに駆け寄ってくる。 「誰にもばれなかったな?」 そのまままっすぐに腕の中に飛び込んできた体を抱きしめてやりながら、三蔵はこう問いかけた。 「八戒にあれこれ聞かれそうになったけど、お義父さんがごまかしてくれた」 だから、大丈夫だと思う……と三蔵の腕の中で悟空が笑う。 「……なら……大丈夫か……」 約束を違えるような人じゃないしな……と三蔵は呟く。 もっとも、相手が自力で気づいた場合は話が別だろう。 「危険は少ない方がいいな。とっとと移動をするぞ」 ここは八戒達も知っているし、ぼやぼやしていたら見つかってしまうかもしれない。そう付け加えなくても、悟空にもわかったらしい。 「うん。俺さ、この前出来たって言うテーマパークに行ってみたい」 いいよな、と悟空が強請ってくる。 「あそこか……悟浄が行っているかもしれねぇぞ」 ともかく歩くぞ、と悟空の体を胸から離せば、即座に腕にすがりついて来た。そんな悟空の仕草に微苦笑を浮かべつつ三蔵はこういう。 「……その可能性もあったんだ……」 新しいもの大好き、テーマパークにはいの一番に行ってデートコースを確認してくるというその方面では非常にまめな悟浄ならその可能性がある、と悟空も頷く。 「じゃ、テーマパーク系は全滅じゃん」 どこかに悟浄がいる可能性がある……と悟空は唇をとがらせた。 「まぁ、めちゃくちゃ人が多い所なら大丈夫かもしれないな」 何かやりたいアトラクションでもあるのか、と三蔵は悟空に問いかける。 「……とりあえず、観覧車乗りたい。三蔵といっしょにさ」 後は、コースター系もあると嬉しいな、と悟空は笑う。 「観覧車なぁ……」 とりあえず、TDLはやめておこう、と三蔵が呟く。 「何で?」 「……あそこは……デートしに行くと別れるって言うジンクスがあるんだと。だから、悟浄の馬鹿は別れたい奴とだけ行っているらしいぞ」 迷信深いのは、義父さんの影響だろうな……と三蔵は苦笑を浮かべながら説明してやる。 「……デートじゃなきゃいいのか……じゃ、後で那托達と行くことにして……ゴジラがモスラと戦ったあそこは? あの観覧車による乗ったらきれいだよな、きっと」 その認識もかなり問題があるのでは……と三蔵は苦笑を浮かべる。もっとも、悟空がそんな風に覚えている理由が、この前いっしょに見たビデオのせいだとわかっている。だから、それはそれで嬉しいのだと勝手なことも考えていた。 「横浜か……飯はランドマークで食えばいいな」 逃げ込めそうな場所もたくさんあるしかまわないか、と三蔵は頷いてやる。 「やった!」 次の瞬間、悟空がうれしさを隠さずにさらに三蔵の腕にすがりついてくる。 そんな小さな体が愛おしくて、三蔵も目を細めた。 「他にもしたいことがあるなら今から考えておけ」 そう言いながら、三蔵は悟空の体をさらに引き寄せてやる。それに悟空は本当に嬉しそうな笑い声を漏らした。 夕食も食べ終わり、もうじき閉園だ……と言うときになって、悟空はいきなり観覧車に乗りたいと言い出した。 「まぁ、いいけどな」 夜景はきれいだろうし、それを見たいのだろうと三蔵は判断をする。 「やった! 俺、どうしてもあれに乗ってみたかったんだよな」 だが、悟空のこのセリフに微妙に表情を変えた。 「……なんか理由があるのか?」 思わずこう問いかけてしまう。 「えっと……内緒」 えへっと舌を出す悟空に、三蔵は一瞬見とれてしまった。同時に、無理に聞き出すことはないか……と思う。 「どうせ、ろくな事じゃねぇんだろうがな」 口ではこう言いながらも、三蔵は優しい視線を悟空に向けた。 「違うよ」 そんな三蔵に向かって、悟空はわざと唇をとがらせてみせる。 「後でちゃんと教えるってば」 だから、ちゃんと付き合ってね……と言う悟空に、三蔵は微笑みながら頷いた。 「さっさと行かねぇと、乗れなくなるぞ」 手を伸ばすと悟空の頭の上に優しく置く。そしてそのまま自分の方へと引き寄せる。 「うん」 その動きに逆らうことなく、悟空は体をすり寄せてきた。そのぬくもりにさらに目元を細めると三蔵は観覧車の方へと歩き出した。 どうやら、ここは他のアトラクションが終わってしまってもまだ動くらしい。しかし、男同士で並んでいる人間というのは、どう見ても自分たちだけのようだ。 悟空の理由というものと関係があるのだろうか、と三蔵は思う。 「……いったいどこで仕入れてきたんだか……」 少なくとも、普段悟空が好んで読むような雑誌にはそう言う記事はないはずだ。と言うことは、悟浄か八戒、あるいは学校の友人達かもしれない……と三蔵は思う。 「何か言った?」 もっとも、その声は悟空の耳にははっきりと届かなかったらしい。三蔵の腕の中から彼の顔を見上げながら悟空が聞き返してきた。 「何でもねぇよ。単に目立ってるな、って思っただけだ」 周囲からの視線が二人に絡みついてきていることは事実。だから、三蔵はけろっとこういった。 「三蔵が目立ってるだけじゃん」 悟空は笑いながら言葉を返す。 「……俺だけのせいじゃないと思うがな……」 体の線がわからないせいか、それとも暗いせいか。 今の悟空は性別がわからない。だから、可愛い『女の子』と思われていてもおかしくない、と思うのは三蔵のひいき目だろうか。 「絶対、三蔵のせいだってば!」 だが、悟空は三蔵のせいだと信じ切っているらしい。 「わかったわかった。そう言うことにしておいてやるよ」 苦笑を浮かべながらこういうと、三蔵は悟空の体を完全に自分の胸の中に抱き込んでしまう。 「まだまだガキだな、テメェは……体温高い」 ホッカイロがわりには丁度いい……と付け加えながら、三蔵は悟空の髪にキスを落とした。 「……嬉しくないけど、嬉しいような……」 そんな三蔵の仕草に、悟空は素直な感想を口にする。 「素直に喜べよな」 邪魔されずにこんな事が出来るんだから……と三蔵が囁いてやれば、悟空はそれだけで納得したようだ。 「そういや、そうか」 えへへへへへっと笑いを漏らすと、自分から三蔵の胸へと頭をすり寄せてくる。そんなしぐさが可愛いと三蔵は思ってしまう。 「三蔵に甘えられるのって久しぶり。いっつもできるといいんだけどな」 そうすれば、こんな風に出かけられなくても我慢できるのに……と付け加える悟空に、三蔵は何か対策を考えないとと心の中で付け加えた。 「三蔵、順番来たぞ」 三蔵の耳に悟空の声が届く。見れば確かに係員が二人を手招いている。 「あぁ」 そう言いながら、三蔵は悟空を抱きしめたまま移動を開始した。他の場所でやれば恥ずかしいようなその仕草も、周りがカップルだらけだと気にならないのはどうしてだろうか。 きっと、もっと恥ずかしいことをしている連中がいるからだろうと三蔵は結論を出した。 「……観覧車なんて、マジ、久しぶり〜〜」 動き出したとたん、悟空は座席に膝をつくと窓に顔をすり寄せるようにして夜景を見つめている。そんな彼の顔を反対側の座席から苦笑混じりに三蔵は眺めている。 「ガキなんだか大人なんだか、わからねぇよな」 そう言うところも好きなんだから仕方がないのか、と付け加える自分に、三蔵はさらに苦笑を深めた。 「なぁなぁ、三蔵。あれ、何?」 そう言いながら、悟空が指さしたのは遠くに見える光の固まりだった。 「橋じゃないのか?」 「そうなんだ……きれいだよな」 真っ暗の中、それだけがぼんやりと浮かび上がっている。その光景は確かに美しいと言えるだろう。 「……そうだな」 頷いてやれば、悟空が嬉しそうに視線を向けてきた。 「三蔵ならそう言ってくれると思ってたんだ」 そう言いながら体をすり寄せてくる悟空を三蔵は反射的に抱き寄せる。 「でも、俺にとっての三蔵も同じイメージなんだよな」 囁かれた言葉に、三蔵はかすかに目を見開く。 「三蔵、大好き」 そんな三蔵の表情に悟空はくすりっと笑うと、唇を寄せてくる。触れるだけのキスが、どうしてこんなに興奮するのだろうか、と三蔵は思う。 「……ここさ……観覧車が真上に来たときにキスできたら、ずっと幸せでいられるんだって」 だから、いっしょに乗りたかったんだよな、と悟空は恥ずかしそうに囁く。 「ば〜か」 悟空の体をさらに抱き寄せながら三蔵は笑う。 「そんなジンクスにたよらねぇでも、ちゃんと幸せになるんだよ、俺たちは」 そして、今度は自分から大人のキスを仕掛けてやった。 帰宅と同時に今日の用事がデートだと八戒達にばれてしまった。だからといってどうしたんだ、と開き直れるくらい、三蔵と悟空が幸せだったのは言うまでもないであろう。 終
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