悟空がこの家に引き取られてきて、もうすぐ一月になる。ようやくこの家にいる人間にはかなりなついてきたと言っていい。 しかし、まだ三蔵以外の人間にはどこか遠慮しているようにも感じられる。いや、普段一緒にいる時間が長い光明は別格のようだ。ただ、三蔵と違って無条件に甘える……というところまで言っていないらしい。 いい加減、何とかしないといけないのでは……とみんなが考え始めていた。 「今度の日曜日、お暇がある人はいませんか?」 食後のお茶をすすっていた光明がいきなりこんなセリフを口にする。 「……特に行事もないですし、部活もないですから、僕は暇ですが?」 即座に反応を返したのは八戒だった。 「俺としては、女の子の都合次第だけどぉ」 前の晩から……と言いかけた悟浄の頭を、三蔵と八戒が両側からはり倒す。 「どうでもいいですけど、次に警察からお呼び出しがあったときには、本堂の掃除、半年の刑ですからね」 さらに追い打ちをかけるように光明がこういう。 「……それだけはご勘弁を……」 悟浄がうめくようにこう言った。過去に何度か経験している彼にしてみれば、本堂の掃除を一人ですることのつらさは身にしみてわかっているのだ。やらずにすむのなら、やりたくない……というのが本音であろう。 「だったら、おとなしく夜は家にいるんだな」 「そうですよ、悟浄」 三蔵と八戒も口々にこう告げる。 「……警察って……悟浄、そんな悪いことしているわけ?」 一人意味がわからない悟空が、小首をかしげながら疑問を口にした。 「未成年が街でうろついてりゃ、警察にお持ち帰りされるんだよ」 その前段階にもいろいろあるのだが、それをお子様に教えるような悪趣味なものは誰もいない――もっとも、悟浄を除いての話だが――だから、三蔵は簡潔にこういった。三蔵の言うことは無条件で正しいと認識している悟空には、それで十分だったらしい。 「日曜日、どうするの?」 光明に視線を移すと、興味津々といった口調で質問をする。 「動物園に行ってみたいと言っていたでしょう? どうせなら、みんなで行った方が楽しいですからね」 光明はそんな悟空の髪に手を伸ばすとそうっと撫でてた。 次の瞬間、悟空がうれしそうに笑ってみせる。 「本当? 俺、行ったことないんだよな」 三蔵も行くよな、と付け加えながら、悟空は視線を彼に向けた。その笑顔を見た瞬間、三蔵は仕方がないのかというようにため息をつく。 「仕方ねぇから、つきあってやるよ」 そうでなければ、おそらく悟空がパニックを起こすのではないか……と三蔵が考えていた。日曜日の動物園というのは人がたくさんいるに決まっているのだ。もっとも、光明がこうやって計画を口にしたということは、それについても考えた上でのことだろうということもわかる。 となれば、自分ができる行動は自ずと決まってくるというものであろうと、三蔵は心の中で付け加えた。 「なら、お弁当を作っていきましょうね。おかずのリクエストを考えておいてください」 八戒もどうやら乗り気らしい。考えてみれば、今年受験生だったようにも思うのだが、いいのだろうか……と三蔵はちらっと考えてしまう。だが、悟浄と違って普段からまじめに勉強している彼だから、あえて何も言わない。 「えっとね……唐揚げと、卵焼きと、あとタコさんウインナーは入れて欲しいな、俺」 即座に悟空がこう言った。 「はいはい。では、ウサギさんリンゴも入れてあげましょうね」 八戒がこう告げれば、悟空は本当にうれしいという表情を見せる。三蔵以外にこの表情を見せられるようになったのも、成長というのだろうか……と光明が感慨深げに頷いたときだった。 「……マジ?」 悟浄がこう言い出す。 「やっぱ、それには俺も参加するわけ?」 「悟浄はどうして嫌なのですか?」 光明が逆にこう聞き返した。 「日曜日の動物園なんて……親子連れとカップルのオンパレードだろう? そこに男だけで行くなんて……」 自分の美意識が許さないのだと、悟浄は付け加える。 「……一応、僕らも親子連れだと思いますけど?」 違いますか? と八戒に問いかけられて、悟浄は言葉に詰まってしまった。 「……悟浄、俺と一緒にお出かけするの、嫌なのか?」 そして、悟空にこう言われてますます悟浄は追いつめられていく。 「だ、けどさ……日曜日って言ったら、父さんの予定は大丈夫なわけ? 法事とか……」 苦し紛れというわけではないのだろうが、悟浄がこんなセリフを口にした。 「檀家の皆さんのご法事の予定は入っておりませんし……今度の日曜日は友引ですから、突発的にご葬儀が飛び込んでくることはありませんでしょう」 だからご心配無用ですと光明は微笑んでみせる。 「だから、今度の日曜日なのか」 仏教大学に進んだ三蔵には、光明の言葉の意味が理解できた。 「それに、家に残ってもいいですけど、烏哭くんが来るかもしれませんよ? その時はきちんとお相手をしてくれますか?」 悟浄が彼を苦手としている――というよりも、烏哭を得意にしているものは誰もいないのだが――事を知っていてのセリフだろうか。 朝早くから健全な場所へ男だけでかけることと烏哭につきあうかもしれないことを秤にかけたら、前者の方がましだという結論に達したらしい。 「……おつきあいさせていただきます……」 悟浄は半ば泣きそうな声でこういった。 「だそうですよ、悟空。別にあなたと一緒にお出かけするのが嫌だというわけではないそうですから安心してください」 光明がこう言いながら、悟空の頭を撫でる。 「俺、動物園って初めてだ。お天気がいいといいな」 その優しい感触に眼を細めながら、悟空がこういった。 「……大丈夫だろうよ……」 三蔵はこう言いながら、てるてる坊主でも作ってやるかと心の中でつぶやく。 もっとも、他の三人も同じ事を考えていたらしい。それから数日、隼寺の軒先にはいくつかのてるてる坊主が下げられていた。 その願いが通じたのか、日曜日は――悟浄曰く、嫌みくらい――見事な晴天だった。 「戸締まりは大丈夫だな?」 玄関の前で三蔵がこう言えば、 「大丈夫です。一通り見回ってきましたから」 と八戒が笑顔で答える。こういった面に関しては、この二人の間に口を挟めるものは誰もいない。光明ですら、時々玄関の鍵を閉め忘れて出かけるものだから、何も言えないと言うのが正しいだろう。 「では、邪魔が入らないうちに出発しましょうか」 光明が明るい口調でみなに告げた。 「……邪魔って?」 何なの、と悟空は小首をかしげてみせる。 「後で教えてあげます。ほら、三蔵に置いて行かれますよ」 八戒に促されて視線を向ければ、確かに三蔵たちはもう歩き始めていた。 それを見た悟空はあわてて三蔵のそばへと駆け寄る。 そして、これ以上置いて行かれないようにというかのように彼の上着の裾を握りしめた。その事実に気がついた三蔵はかすかに眉をひそめたが何も言わない。駅が近づくにつれて、服の裾を握りしめている悟空の手に力がこもってきたことに気がついたからだろう。 「やっぱ、車にした方がよかったんじゃねぇの?」 悟浄もまた悟空の様子に気がついたらしい。隣を歩いていた八戒にこう言った。 「そうは言いますけど……免許を持っているのが三蔵だけですし……そもそもうちには車がありません」 そもそも、三蔵が免許を取ったのも、推薦入学が決まって暇だったのと、バイトのとき有利だからだという理由なのだ。ほとんどペーパードライバーだと言ってもいい。 「レンタカーってのがあるじゃん。悟空の体調が悪くなるよりましだろう?」 こう言いながら悟空に視線を向ければ、確かに悟空はさらに三蔵にすり寄っている。まるで周囲の人々が怖いかのようだ。 そんな悟空をかばうかのように、光明はさりげなく彼の視線を自分の背で塞いでいる。三蔵も突き放さないのは悟空を気にしているからだろう。 「少し、悟空を他の人の視線から隠してあげましょう。それだけでもましでしょうし……」 いつまでもこのままでいいわけではありませんしね、と八戒は付け加える。 「まぁ、父さんが言い出さなかったんだから、そう言うことなんだろうけどな……」 でなければ、彼のことだからタクシーぐらいは使っただろうと悟浄も思う。それをしないということは、やはり、悟空を他人にならしたいと思っているのだろう。 「じゃ、つきあいますか」 うざったいけどな……と付け加えると、 「では急がないと……」 悟空の足取りが次第に重くなっていると八戒は指摘をする。どうやら、周囲の人々の中に彼を注目している者がいるのが原因らしい。そのほとんどは、悟空と三蔵の様子をほほえましいと思っているようなのだが、悟空にしてみるとそうは受け取れないようだ。 「了解」 人目から悟空を隠せば、いくらかましになるだろう。 そう判断して二人は前を歩いていた三人に追いつく。そして、さりげなく悟空を囲むような位置で歩き出した。その瞬間、悟空がほっとしたようなため息をつく。どうやら、視線を感じなくなっただけでも気持ちが楽になったらしい。 「悟空、動物園にはぞうさんがいますからね。好きだって言っていましたよね?」 そして、そんな悟空の意識をさらにそらさせようと八戒がこう声をかける。 「いっぱい?」 わくわくとした口調で悟空がこう問いかけてきた。 悟空が何を思い浮かべているのか、八戒だけではなく三蔵にも想像できてしまう。おそらく、この前見たアフリカの動物を紹介する番組のシーンだろう。 「いっぱいはいませんが……確かあそこには四頭でしたか……でも、ほかにもたくさんの動物がいますし……」 「レッサーパンダもいるぞ、レッサーパンダ」 見てくれだけはものすごくかわいい奴がさ、と悟浄も脇から口を挟んできた。 「詳しいですねぇ」 感心しているのかあきれているのかわからない口調で八戒がこういうと、 「この前、ギャクナンしてきた女と行ったからな」 と意味のない自慢を悟浄はする。 「……ぎゃくなん?」 それって何、と悟空が質問を投げかけたのは三蔵だった。 「……このエロ河童! 悟空の前では言動に気をつけろと言ったろうが!」 悟空の問いに答える代わりに、三蔵は悟浄を殴りつける。 「そうですね。悟空にはまだ少し早い内容ですから、そのうち覚えればいいことです」 光明も今回ばかりは悟浄をフォローする気がないようだ。八戒に至っては言わずもがなだろう。 「そうなの?」 何か俺だけつまらないと付け加える悟空を見て、八戒がさりげなくようやく立ち上がった悟浄を転ばせた事に誰も気がつかなかった。 そんなことを繰り返しながら、5人は何とか動物園までたどり着いた。 「……俺、ものすご〜く疲れたんですけど……」 入場券を買う列に並んでこいといわれた悟浄が、こう主張をする。 「半分以上、自業自得だろうが」 それ以上に疲れたという様子の悟空を抱きかかえながら、三蔵が言い返す。 「それとも、悟浄がこの荷物を持っていてくれますか? なら僕が並んできますけど」 にっこりと笑いながら、八戒がこう問いかけた。その彼が持っている荷物というのは、四人分のお弁当と敷物等で、はっきり言って悟空一人分の重さがあるのではないかという代物だ。 それを持っているのと――足下に置けば、絶対後で八戒に文句を言われるに決まっている――待っているのと、あの列に並ぶのとどちらがましか……と悟浄は本気で悩む。 「……並んできます……って、父さんは?」 「飲み物を買いに行きましたよ。悟空がこんな様子ですから」 悟浄の疑問に八戒が即答をする。 「……ごめんなさい……」 その会話を聞いていた悟空が、三蔵の腕の中で小さな声を上げた。 「テメェが気にすることじゃねぇだろうが……」 そう思うんなら、ともかく体調を直せ、といいながら、三蔵は悟空の体を抱え直す。 「そうですよ、悟空。でないと、動物園も楽しめませんし、お弁当もおいしくありません」 きっぱりと言い切った八戒のセリフはどこかずれているのではないかと悟浄は思ってしまう。だが、至って本人はまじめだし、それを指摘してものらりくらりと交わされるに決まっている。 「じゃ、俺、並んでくるな」 そんなことに時間を使うよりも、さっさと園内に入った方がいいのでないか。そう判断すると、悟浄は入場券を買う列へと足を向けた。心の中で彼が『うまくいけば、かわいい女の子とお知り合いになれるかもしれないし』とつぶやいていたのは、言うまでもないだろう。 もっとも、そのくらい、三蔵たちにはお見通しだったのだが…… 「そもそも、人慣れしていないテメェをつれて出てきたときから、このくらいは覚悟していたんだ」 悪いと思ったら、少しずつでいいから人慣れしろと三蔵は付け加える。 「……わかってんだけど……」 どうしても視線が怖いのだと悟空はつぶやく。考えてみれば、最初会ったときには八戒や悟浄はおろか光明の視線すら怖がっていた悟空なのだから、当然といえば当然なのかもしれない。 「それもすぐになれますよ」 いったいどんなことをされたらこうなるのか……と内心怒りまくりながら、八戒は悟空に優しい笑みを向けた。 「悟空、炭酸入りと炭酸の入っていないのとどちらがいいですか?」 そこに光明が戻ってきた。人数分を購入してきたのか、両手に缶を抱えている。 「……甘いの……」 炭酸入りの意味がわからなかったのか、悟空はどこかとんちんかんなセリフを返す。光明に引き取られるまでの生活のせいか、悟空は語彙がものすごく少ないのだ。 「悟空、しゃわしゃわするのと普通のとどちらがいいですか?」 彼にもわかるように……と八戒はこう言い換える。 「……普通の……」 少し考えたところで、悟空はこう答えた。 「ということはこれですね」 光明の腕の中から缶を一つ取り上げると、八戒はプルトップを開けてから悟空へと手渡す。 「お父さんはお茶ですよね。三蔵はブラックコーヒーでいいのですか?」 そして、他の面々へも振り分け始める。 「ということは、これが悟浄の分……ということになるのでしょうが……彼、飲みますっけ、これ?」 そう言いながら、八戒が三人に見えるようにさしだしたのは、悟空が飲まなかった炭酸入りオレンジジュースだった。 「飲まなかったらもって帰ればいいだろう。冷蔵庫に入れとけば、後で悟空が飲むだろうしな」 三蔵の言葉に、悟空が頷いてみせる。 「ならそう言うことで……」 八戒がこう言ったときだった。 「そう言えば、悟浄はどこに行ったのですか?」 今気がついたというように光明がこういう。こういう人だとわかっていても、ついつい脱力してしまう三蔵と八戒だった。 「入場券を買うために並んでいます。ほら、あそこです」 人混みの中でも目立つ真紅の髪を指さして八戒が居場所を説明する。 「これは失敗しましたね。実は、菩薩から入場パスポートを巻き上げてきたので、券を買う必要はないのですよ」 けろっとした口調でこういう光明に、そういうことは先に教えておけと思わずにはいられない。それを口に出して言う代わりに三蔵は、八戒に呼びかける。 「八戒」 「呼んできますね」 仕方がないというように苦笑を浮かべると、八戒は駆けだしていく。 「……あれだけ荷物を持って、よく走れますねぇ」 本当にこの人は……と三蔵は出会ってから何度目になるかわからないため息をついた。 「三蔵、重くねぇ?」 ジュースを飲み終えて、いくらか気分がよくなったのか――それとも、彼らがいる位置の関係で、誰も注目をしていないからか――悟空はこう問いかけてくる。 「そう言うセリフは、もう少しでかくなってから言え」 心配いらないと言うように三蔵は悟空の頭に手を置くと髪の毛をかき乱した。 「本当、仲がいいですねぇ」 ほほえましいというように光明がこう言ってくる。その表現があっているのかどうかわからないが、ともかく、自分にしても意外なくらいマメに悟空の面倒を見ていることだけは事実だな……と三蔵は考えていた。 「結局、俺一人が貧乏くじを引いた訳かよ……」 園内に入ってからも悟浄はぶつぶつと文句を言っている。 「それに関しては申し訳なかったと言っているでしょう?」 光明にこう言われては、悟浄もそれ以上文句を言えないらしい。というか、言うのが怖いと言うべきか……仕方がないというようにため息をつくと、入口でもらった園内の地図へと視線を落とした。 「悟空。象とレッサーパンダのどっちを先に見るんだ?」 そして、相変わらず三蔵にひっついている悟空へとこう声をかける。先ほどよりかなり顔色がいいのは、おそらく園内の人々の意識が自分ではない他のものに向けられているとわかったからだろう。 「どっちが近いんだ?」 その質問に逆に聞き返したのは三蔵である。 「どちらも同じくらいの距離のようですね……でも、先にゾウの方へ行きませんか? そうすると、途中でキリンとシマウマが見れますよ」 それに、そちらから回った方がお昼ご飯を食べる予定の広場に近いと八戒は付け加えた。 「……ぞうさんの方から見る……」 考え込んでいた悟空が八戒の説明を聞いて意を決したらしい。三蔵の腰にすがりついたままこう口にする。 「では決定ですね」 こう締めくくったのは光明だった。そして四人を先導するかのように歩き出す。 「……ひょっとして、一番楽しんでるのって、悟空じゃなく……」 「そこから先は言わない方がいいと思いますよ」 「同感だな」 三蔵と八戒がほぼ同時に悟浄の言葉を遮った。その意味がわかって、悟浄もおとなしく口をつぐむ。だが、それを悟空にまで求めるのは無謀だったと言っていい。 「……おじさん、楽しそう……」 感心したというように口から飛び出した言葉に、三蔵たちはため息をつくしかなかった。 「まぁ、あの人も動物とか子供とか大好きだからな」 ひょっとしたら、今日のことにしても悟空が自発的に口に出したのではなく、巧妙に彼が誘導した結果かもしれない……と三蔵は考えてしまう。そして、それは他の二人も同じであったらしい。三人の口から盛大なため息がこぼれたのは言うまでもないことであろう。 「悟空!」 その振り返るとにこやかな表情で悟空を手招きしている。 「……あれは、何か見つけたって表情だよな……」 と悟浄が囁けば、 「しかも、それを悟空に見せたくて仕方がないというところでしょうね」 八戒もため息をついた。 「悟空……行ってやれ。でないと、後々面倒だ」 三蔵があきらめたという口調でこう言いながら、悟空の体を前へと押しやる。 「三蔵……」 悟空が本当にそうしなければだめなのかというように彼の顔を見上げた。だが、三蔵の口から出たのは、 「後からちゃんと行くから、心配するな」 と言うセリフだけだった。彼にこう言われては仕方がないと判断したのだろう。悟空はどこか不安そうな表情で巧妙の方へと歩き出す。だが、すぐに振り返ると本当についてきているかを確認するように三蔵を見つめる。 「悟空、どうかしましたか?」 そんな悟空に、また光明がこう声をかけてきた。それを耳にした悟空が、あわてて彼の方へと向かう。それでも、三蔵の方をちらちらと見るのは、彼がどこかに行ってしまうかもしれないと思ってのことだろうか。 「三蔵ってば、しっかりと性格見抜かれてるじゃん」 本来なら、自分より先にこういう場所から逃げ出しているはずなのだ、と悟浄は表情で告げる。 「でも、悟空がいますからね」 大丈夫ですよ、と八戒が言い返す。 「……テメェラ……」 ただではすまないと三蔵の視線が語っている。しかし、ここは八戒の方が一枚上手だったと言っていい。 「三蔵、悟空が待っていますよ」 こう言われて三蔵が視線を向ければ、確かに悟空が光明の脇で自分を見つめている。 「ちっ」 悟空を引き合いに出されては三蔵としてもそれ以上二人を問いつめるわけにはいかなかった。小さく舌打ちをすると、そのまま悟空達の方へと足を向ける。 「ほんと、変われば変わるもんだよな」 悟浄が真顔でこういう。 「まぁ、相手が悟空ですからね」 あなただって、そうじゃないですか……と付け加える八戒に、そう言う自分はどうなんだと悟浄は言い返す。さらになにやらくだらないセリフを口にしながら、彼らも三蔵の後を追ったのだった。 キリンやゾウ、シマウマやレッサーパンダなどを見てはしゃいだせいもあるのだろう。 悟空は完全にグロッキーしてしまい、三蔵の背中で眠っている。 「まぁ、だいぶ人混みの中でも平気になってきたようですし……何より十分楽しめたようですから、今日のことは成功だと言っていいでしょうね」 その悟空の寝顔をみながら、光明が優しい口調でこういった。 「……って、楽しんだのは自分じゃないですか?」 三蔵がため息をつきながらこう問いかけてみれば、 「いいではないですか。悟空も同じレベルで楽しんでいる相手がいれば安心できたでしょうし」 光明は開き直ったようにこう答えた。 「……やっぱ……」 「気にしない方が身のためですよ」 何かをいおうとした悟浄を八戒がとめる。そんな彼の口元にはしっかりと苦笑が刻まれていた。 「これで、少しでも『他人がいる』という状況になれてくれればいいのですが……」 まぁ、焦らずに行きましょうと付け加える光明に、三蔵たちは素直に頷いてみせる。 「いつかは、学校に行けるようになるといいですね」 光明の穏やかな声が告げた希望が叶えられる日が来ればいいと、三蔵も心の中でつぶやいたのだった。 終
何か、光明様が変な人になってしまったような気も(^_^; |