その夜、この地方にしては珍しいほど雪が降った。
 当然、翌朝には隼寺の境内も一面の雪景色になってしまったのは言うまでもない。
 その事実に喜んだのは、もちろん、お子様一人だった。
「すっげぇ!」
 何の跡も付いてない真っ白い雪の上に、悟空はうれしそうに足跡を付けていく。
「何やってんだよ、てめぇは」
 まるで子犬のようなその仕草に、三蔵があきれたように声をかける。
「だって、こんなの、初めてなんだもん」
 ジーンズの裾をぬらしながら、悟空はさらに玄関から離れていく。
「風邪引くぞ」
 苦笑混じりにこう告げながら、三蔵はとりあえず玄関から門まで雪かきをしようと手を動かし始めた。悟空のあの様子では手伝いにならないだろうと判断してのことだ。
「しかし、こう言うときに限っていねぇんだよな、あの馬鹿は」
 こういう力仕事を得意としているはずの相手は、とうとう帰ってこなかった。おそらく、この雪で電車が止まってしまったのだろうと言うことはわかる。しかし、どう考えても彼の場合、自分が高校生だと言うことを忘れている節が見られた。
たぶん、今日だってこれ幸いとどこかにしけ込んでいるに決まっている。そう考えると忌々しさだけが湧き上がってくる。
「ったく」
 帰ってきたら説教だな……と三蔵が口の中で呟いたときだった。
「うわっ!」
 雪が落ちる音と共に悟空の悲鳴が三蔵の耳に届く。
「悟空?」
 その声に、三蔵は慌てて視線を向ける。次の瞬間、どうやら木の枝から落ちてきたらしい雪に直撃された悟空の姿が目に飛び込んできた。
「大丈夫か?」
 駆け寄って彼の髪や肩に乗っている雪を払い落としながら、問いかける。
「うん。おもしろかった」
 心配そうな三蔵とは裏腹に、悟空はこう言って笑う。
「……てめぇは……」
 その表情に三蔵は思わず脱力してしまった。次の瞬間、本気で怒鳴りつけてやろうかと思う。
「雪って、本当に冷たいんだな」
 しかし、悟空のこの言葉に、それはやめた。
「俺、雪に触ったのって初めて」
 この一言で怒りが冷めてしまったというのがその理由だ。
「……ともかく、家の中に入って着替えろ。マジで風邪引くぞ」
 その代わりというように抱きかかえるようにして悟空を立たせるとこう告げる。
「もっと遊んでたい」
 普段は聞き分けがいい悟空が、珍しくもだだをこねた。しかし、それを聞いてやれば間違いなく明日からベッドの住人になってしまうだろう。
「悟空!」
 再度怒鳴りつければ、悟空は渋々と言ったように頷く。
「八戒に言って、温かい飲み物でも出してもらえ」
 そんな悟空の頭を軽く撫でてやると、三蔵は立ち上がる。そして、彼の手を取ると玄関の方へと歩き出した。

 この雪のせいで交通網が麻痺しているらしい。学校が休みだと悟空の元へ連絡が来たのはそれからすぐのことだった。
「……お休みなのか?」
 もっとも、本人は喜ぶどころかどうしてそうなったのかわからないという表情を作っている。
「電車が止まっていますからね。これでは学校に行けないでしょう?」
 そんな悟空に八戒が優しい口調で説明をしていた。高等部は休みではないが、3年生はこの時期授業がないのだ。と言うわけで、彼文も自主休講を決め込んだらしい。大学生である三蔵に関しては言わずもがなであろう。
「じゃ、今日はずっと一緒にいられるんだよな?」
 新学期が始まってから三蔵が忙しくてあまり一緒にいられなかったからだろうか。悟空がうれしそうにこう問いかけてくる。
「まぁ……そう言うことになるな」
 三蔵の答えに、悟空はさらに笑みを深めた。
「やった!」
 そして、三蔵の首にすがるようにして抱きつく。
「じゃさ……一緒に雪だるま作って」
 作ったことないから作り方がわからない……と悟空がねだる。
「このくそ寒いのにか?」
 口ではそう言いながらも、間違いなく三蔵はつき合ってやるのだろう。彼の表情を盗み見ながら、八戒が心の中で呟いたときだった。
「おやおや……楽しそうですねぇ」
 微笑みながら光明がリビングへと入ってくる。
「あのね! 三蔵が一緒に雪だるま作ってくれるって」
 そんな光明に、悟空がうれしそうに報告をした。
「そうですか。それはよかったですね。でも、お客様がいらっしゃる前に終わらせてくださいね」
 さりげなく付け加えられたセリフに、三蔵と八戒の眉が寄る。
「……こんな日にわざわざ来るって言う奴は」
「あの方でしょうね」
 二人の脳裏に同時に一人の人物の姿が思い描かれた。
「……悟浄がお世話になっているそうなのでね……お断りもできなかった、と言うところですよ」
 それを肯定するかのように、光明が言葉を口にする。
「結局、そう言うことかよ」
 いつも厄介事はあいつが関わっていることに決まっているんだ……と三蔵は吐き出した。
「……って、誰が来るんだ?」
 だが、悟空だけは彼らが誰の話をしているのか理解できていない。小首をかしげつつこう問いかけてきた。
「菩薩ですよ。久々でしょう?」
 ここしばらく都合が合わなくて会えませんでしたしね、と付け加える光明に、悟空は素直に頷いてみせる。
 そんな彼の表情を見ては『来なくていい』というセリフを口にすることはできないだろう。その事実が、三蔵達に小さなため息をつかせる。
「どうして、あんな風に喜べるんでしょうねぇ」
 囁くように八戒が問いかけてきた。
「……やっぱ、なんだかんだ言って、あいつを助け出したって言うのは事実だからな」
 ついでに、悟空の前では本性を隠していたという可能性もある……と三蔵は小声で付け加える。
「なるほど」
 その可能性はあるな、と八戒も頷き返す。悟空にはそうさせたいと思わせるものがあるのだ。
「ともかく、あの方が来るならそれなりの用意をしないといけませんね。何かお茶菓子がなかったか確認してきます」
 でなければ何を言われるかわかったものではない、と彼の態度が告げている。
「何か買ってくるか?」
 立ち上がった八戒に向かってこう声をかけた。
「いいですよ。この天気ではお店に材料が届いていない可能性がありますから。それだったら、自分で作った方が早いですし」
 味については文句を言われないでしょう……と言われてしまえば、三蔵達に返す言葉はない。
「俺、あれまた食べたいな」
 ふっと思いついたように悟空が口を開いた。
「何ですか?」
 八戒が悟空の言葉にうれしそうな口調で聞き返す。
「あの、チョコレート味のクッキーみたいな奴」
 クッキーよりもしっとりしてたような気がする……と付け加える悟空の言葉だけで八戒にはわかったようだ。
「ブラウニーですね。いいですよ」
 それくらいならおやすいご用です、と微笑み返すと、そのまま彼はキッチンへと消える。
「……じゃ、俺たちは外に行くか?」
 手伝えることもないしなと三蔵は自分の首にすがったままの悟空へと視線を向けた。
「ん?」
 何だっけ、と悟空が視線でといいかけてくる。どうやら、おやつのことで雪だるま作りが一時的に脳裏から追い出されてしまったらしい。
「雪だるまを作るんだろうが」
 そんな悟空に苦笑を向けてば、即座に思い出したのだろう。
「行く!」
 悟空は即座に返事を返してくる。
「じゃ、今度は完全防備で行くぞ」
 三蔵は言葉と共に腰を上げた。

 二人が大きな雪だるまを作って家の中に戻ったときには、いいにおいが漂っていた。
「おやつ」
 コートを脱ぐことも忘れて、悟空はキッチンへと駆けだしていく。
「そのままだと八戒に怒られるぞ」
 そんな悟空の背中に三蔵が声をかけた。
 その時だった。
「ただいま」
 この言葉と共に玄関が開けられる。その声の主が誰かなどと確認しなくてもわかってしまった。
「……ようやく帰ってきたのか、てめぇは」
 即座に三蔵は振り返ると即座に怒鳴る。
「仕方ねぇだろうが! 雪で電車が止まっちまったんだから!!」
 もちろん、悟浄にしても負けてはいない。しっかりと怒鳴り返してきた。
「普通の時間に帰ってくればよかっただろうが! 少なくとも11時までは止まっていなかったはずだぞ」
 そのころに帰ってきていれば、何も問題はなかったはずだ……と冷静に告げる三蔵に、悟浄がうっと詰まる。
「俺にだってつきあいってもんがあるんだよ」
「どうせろくな相手じゃねぇんだろうが」
 それでも何とか反論を口にするが、三蔵はまったく取り合おうとしない。その事実が悟浄をむくれさせる。
「さすがはお兄ちゃんだな」
 そんな二人の耳に、笑いを含んだ声が届く。
「……マジで来やがったのか……」
 本気で嫌そうな表情を作ると、三蔵は言葉を口にした。
「来ちゃ悪かったのか?」
 三蔵の反応を楽しむように菩薩は言い返す。その瞬間、三蔵の渋面が深まったのは言うまでもないであろう。
「まぁ、今日はテメェに用があってきたわけじゃねぇからな」
 さらに三蔵の機嫌を逆撫でするように菩薩は言葉を続ける。
「悟空は?」
 もちろん、それが三蔵にたいする嫌がらせになるとわかっていてのことだ。
「さぁな」
 そう言って、三蔵は靴を脱ぎ出す。菩薩達を招き入れるにしても何にしても、自分がここにいては邪魔になると判断したのだ。
 しかし、間が悪いときは徹底的に悪いものらしい。
「三蔵! おばちゃん来たのか?」
 そう言いながら悟空が戻ってきたのだ。
「悟空、元気そうじゃねぇか」
 すかさず声をかける菩薩に、悟空の顔に笑みが浮かぶ。
「うん」
 頷きながら悟空は菩薩へと駆け寄っていく。そして、その体に抱きついた。
「お〜お。熱烈歓迎、うれしいねぇ。てめぇらもこのくらいのかわいげを見せれば、可愛がってやったんだがな」
 セリフの前半は悟空に、後半は三蔵に向けられたものだというのは言うまでもないであろう。
「熱烈歓迎に感謝して、いい奴に会わせてやろう」
 ことさら優しい口調を作ると、菩薩は悟空の頭を撫でてやりながらこういった。
「いい人?」
「テメェが会いたがってた奴だ」
 そう言いながら、菩薩は悟空の体を移動させる。その瞬間、まだ玄関の外にいた人物の姿が悟空の視界に入ってきた。
「……嘘……」
 ただでさえ大きな悟空の目がさらに大きく見開かれる。
 その表情に、三蔵は悟空が泣いてしまうのではないかと思ってしまった。
「丸くなったな」
 その方が可愛いぞ……と言いながら入ってきた相手は、ひょっとしたら三蔵と血縁関係があるのでは……と思わせるような容貌をしている。
「……こ、んぜん?」
 悟空の唇から彼のものと思われる名前がこぼれ落ちた。
「何だ? もう俺の顔を見忘れたのか?」
 そんな悟空に、彼――金蝉が微笑んでみせる。
「金蝉!」
 悟空はそう叫ぶと、彼へ向かって飛びつく。その悟空の小さな体を、彼は優しく受け止める。
「あの人が悟空の言っていた『金蝉』ですか」
 玄関の騒ぎが気になって覗きに来ていたらしい八戒がぼそりと呟く。
「確かに三蔵に似ていますね」
 その言葉に何やら含むものを感じたのは三蔵の気のせいではないだろう。
「でも、なんかおもしろくないと思うのは、いけないことなのでしょうか」
 続けられた言葉が、三蔵達三人の心情を代弁していた。

 リビングに移動しても、悟空は金蝉から離れようとしない。その事実が三蔵の機嫌の悪化の原因になっていると悟空は思っていないだろう。しかし、光明と菩薩はしっかりと気がついているようだ。それぞれの思いを込めた視線を彼へと向けている。
「でも、どうして金蝉がここにいるんだ?」
 一人明るい悟空が、金蝉にこう問いかけている姿すら、三蔵は舌打ちをしたくなってしまう。
「報告しなきゃねぇことができてな。本当なら今日帰るはずだったんだが、この雪で飛行機がキャンセルになったんだよ。そうしたら、ババァにここに連れてこられたってわけだ」
 まぁ、諸処のことはお前に会えたことで帳消しにしてやろう……といいながら、金蝉は悟空の頭を撫でてやる。そのまま手を移動させたかと思った次の瞬間には、悟空の体は彼の膝の上にあった。
「じゃ、すぐにまた行っちゃうんだ」
 しゅんとうつむく悟空は、全身で寂しいと表現している。
「しかたがないな。それが仕事だし」
 向こうで自分を待っている患者もいるのだ……と金蝉は一人前の大人にたいするような口調で告げた。
「あちらはどの家庭も日本に比べると貧しい。その中でも最下層の人々はどんなに大切な子供でも自分で育てられないこともある。そう言う子供の多くは施設の前に置き去りにされる。もちろん、施設できちんと育ててもらえることを期待してだ。もっとも、そんな子供が多すぎてなかなか全員の様子を把握できない。だから、俺のような人間が必要とされているんだがな」
 話の内容も、悟空のような年齢の子供にするようなものではないのではないか。側で聞いていた三蔵達はついついこんな事を考えてしまう。
「……金蝉がいないと、困る人がいっぱいいるんだな?」
 どこまで理解しているのか。悟空は金蝉の顔を見つめるとこう口にした。
「そう言うことだ」
 それだけわかれば十分と笑うと金蝉はまた悟空の頭を撫でる。
「……ひょっとして、必要以上に過保護になっていたのでしょうかねぇ」
 今まで口を開かずにお茶をすすっていた光明が、ふっと呟く。
「あいつは馬鹿じゃねぇからな。順序立てて話せば理解できるくらいの頭は持ってるって。問題は、それをさせてもらえる人間が限定されているってことぐらいか」
 それがなければ、本当、いい子なんだよな……と口にしたのは菩薩である。
「いい子なのは今でも同じなのですけどね」
 しみじみと呟く光明は、悟空と金蝉の会話すらほほえましいものとして受け止めているようだ。
「……なぁ……あれも親ばかって言うわけ?」
 目の前の光景の一因となっていることを自覚していないらしい悟浄が、隣にいる八戒に問いかけてくる。
「どちらかというと祖父と孫……かもしれませんね」
 しかし、彼の疑問ももっともだと思ったのだろう。苦笑混じりに八戒が囁き返す。
「……それはあんまりじゃねぇのか……」
 一応、俺たちの保護者だぞ、あれでも……と三蔵は今までとは別の意味でため息をつく。
「……じゃ、俺、金蝉に会えなくても我慢しなきゃ……だな」
 そんな三人を尻目に、悟空達の会話は続いていたようだ。
「手紙ぐらいは……何とか書いてやる」
「きっとだぞ。でねぇと、金蝉のことなんか忘れるからな」
 それは脅しになるのだろうか……と言いたくなるセリフを、悟空がまじめな表情で告げている。
「お前が我慢できるのか、それで」
 金蝉が反射的にこう言い返す。
「できるもん」
 悟空は即答した。
「三蔵達がいてくれるもん」
 だから平気なのだ、と悟空は主張をする。
 この言葉を耳にした瞬間、三蔵は何故かうれしくなってしまった。光明達も同じだったようだ。一方、金蝉はまさかこう言われるとは思わなかったのだろう。目を丸くしている。
「そうか。三蔵達がいるからいいのか」
 含み笑いと共に菩薩が悟空に問いかけた。
「うん。三蔵達といるとさ、寂しいって思わないもん」
 それどころか、いろいろとおもしろいことが出てくるし……と悟空は笑ってみせる。
「だそうだぞ、金蝉。マジで忘れられたくなきゃ、その筆無精を直すんだな」
 かかかと笑い声をたてながら菩薩は金蝉へと視線を向けた。その先で、彼がどこか憮然とした表情を作っている。
「……努力しよう……」
 そして、忌々しそうに呟く。
「悟空」
 内心かったとでも思っているのだろうか。先ほどまでとはうってかわって明るい表情で八戒が彼の名を呼んだ。
「何?」
「お手伝いをお願いできますか?」
 そろそろコーヒーにでも切り替えましょう……と付け加えつつ、八戒が腰を上げる。
「わかった」
 悟空も後を追うようにして金蝉の膝から立ち上がった。そしてそのまま八戒の腰に飛びつくようにしてキッチンへと移動していく。
「本当、わかりやすいよなぁ」
 呟かれたこの言葉をその場にいた全員が無視したのは偶然ではないだろう。その事実がおもしろくなかったのか、菩薩はこたつの上に置かれた菓子を猛然と口の中に放り込み始める。
「……俺が言うのは筋違いだろうが……あいつのことを頼む」
 その代わりというように、金蝉は姿勢を正すとこう口にした。
「あんたに言われなくても、そうするに決まっているだろう。あいつは、もう家の人間だからな」
 すかさず三蔵がこう言い返す。はっきり言って、光明が口を挟む隙などない。
「まぁ、あんたのことを話すときの悟空はうれしそうだからな。会いに来ることまでは否定しねぇよ」
 考えてみれば、自分が彼に似ていることが悟空に好かれる第一の要因だったのだ。彼の心の中での地位が逆転しているかどうかは三蔵にはわからない。だが、現実として一緒に暮らしていて、なおかつ、頼りにされているのは自分たちであろう。それが先ほどの会話からも伝わってきていた。その事実が三蔵に余裕を与えてくれる。もっとも、目の前の大人にして見ればおもしろくないであろう事実だろうが。
「では、時間があるときには遠慮無く……まぁ、捲簾からしっかりと報告は来ているんだがな」
 大人の余裕と言うべきか……金蝉は口元にうっすらと笑みを浮かべると、言葉を返してくる。
「それは、先生もまめなこった」
 この言葉に三蔵は本気でそう思う。
「だよなぁ……まぁ、ほとんどお義父さんに書いて寄越す連絡帳のついでなんだろうけどさ」
 悟空がそれをよろこぶかどうかは別問題だよな……と悟浄が口を挟んでくる。そのまま一気に険悪な雰囲気へ向かうのか……と思ったが、タイミングよく現れた悟空の存在がそれを打ち消してしまった。
「これ、俺が淹れたんだぞ」
 ちゃんと感想聞かせてね……と言いながら、抱えてきたお盆をこたつの上へと下ろす。
「……そんなこともできるようになったのか」
 金蝉が感心したように呟く。
「だって、お手伝いって、楽しいじゃないか」
 役に立てるのはうれしいから……と悟空は笑う。
「そうか」
 その笑顔を向けられた金蝉もついつい優しい笑みを返してしまった。同時に、心のどこかでほんの少しだけ寂しさを感じている。だが、それもすぐに消えるだろうと金蝉は心の中で付け加えた。
「だから、金蝉がこっちに戻ってきたら、お手伝いに行くから」
 それまではお仕事がんばってくれよな、と言う悟空の言葉に金蝉は鷹揚に頷いてみせる。
「約束だぞ」
 そう言うと悟空は金蝉の首に一度抱きつく。だがすぐに腕をほどくと三蔵達の方へと駆け寄ってきた。
「どうした?」
 てっきりさっきのように彼の側に座ると思っていた三蔵は、思わずそう問いかけてしまう。
「三蔵の隣に来ちゃだめだったのか?」
 悟空は小首をかしげるとこう聞き返してくる。
「そう言う訳じゃないですよ。金蝉さんの側にいなくていいのか……と三蔵は言いたいのですよね」
 腰を下ろしながら、八戒が三蔵をフォローするセリフを口にした。
「菩薩や光明とお話があるんだってさ」
 それに、三蔵の側に来たかったし……と悟空は付け加える。
「だってさ。マジで悟空のツボはこの系統の顔なのかねぇ」
 だとしたら、相当面食いだよな……と付け加える悟浄の頭を、左右から拳が殴りつけた。
「何で?」
 ニュアンスの違う同じ言葉が二つの唇から飛び出す。
「……自分で考えろ」
 三蔵の唇から出た低い声に、悟空は困ったように首をかしげ、互助委はさりげなく視線をそらせた。

 その後、彼らが回答を得られたかどうか、誰も知らない。
 少なくとも今は……