「……せめて、煮豆と栗きんとんぐらいは家で作りたいですよねぇ……」
 こたつの中に足を突っ込みながら八戒が呟く。
「そうは言うが……お前、受験生だろう? どちらも手間暇かかるモノじゃないのか?」
 あきれたように口にしたのは悟浄だった。まぁ、確かにそれは真実なのだが……
「今更焦って勉強しなくても大丈夫な成績は取っていますしね……それに、おいしくないんですよ、市販のこれらは。どうせなら、悟空においしいものを食べさせてやりたいじゃないですか」
 貴方は添加物てんこ盛りのものでもおいしく食べられるでしょうけど……と付け加えられて、悟浄はむっとした表情を作る。
「どういう意味だよ、そりゃ……」
 その表情のまま、悟浄は八戒に詰め寄った。
「それは……」
「テメェが期限切れの食い物も気にしねぇで喰うってことだろうが」
 八戒が答えるよりも早く三蔵が口を挟んでくる。
「へっ?」
 そんな三蔵のセリフに虚をつかれたのだろうか。顔にしっかりと『何のことだ』と書いてある。
「……テメェが夕方悟空から取り上げたドーナッツな。あれ、添加物の味がしてくえねぇってあいつが言ってたんだよ。それを美味いって喰ってたのはどこの誰だったっけな」
 わざとらしいセリフに悟浄の機嫌は思い切り逆撫でされてしまった。しかし、事実であるだけにすぐに言い返すことができない。その上、別の問題も持ち上がってしまったのだ。
「……悟空のおやつを取り上げたんですか、貴方は……いくら悟空が食べたがらないからと言って、年上でしょう? みっともない」
 一言言ってくれれば、ちゃんと用意したのに、と付け加えながら、八戒が悟浄を睨み付ける。穏やかな口調だけに、本気で八戒が怒っていると伝わって来た。
「まっ、待て……今、ちゃんと事情を説明するから……」
 だから、話を聞け! と悟浄は訴える。
「聞く耳もてませんね!」
 しかし、それを八戒が受け入れるかというと話はまた別だ。八戒は悟浄に口を挟む間も与えずに次々と文句の言葉を口にする。
「……何かあったの?」
「おやおや……相変わらず仲がいいですね」
 そんなところへ、風呂から上がったばかりらしい悟空と光明が戻ってきた。
「見解の相違って奴だ。それよりも、今日はちゃんと髪の毛、乾かしてきたのか?」
 前にそれで風邪を引いた前歴がある以上、確認されたとしても仕方がないと思っているのか、悟空はすぐに頷いてみせる。
「ちゃんと乾かして貰った」
 ねぇといいながら、悟空は光明を見上げた。
「えぇ。ちゃんと乾かしてあげましたよ。また風邪をひいては、悟空がかわいそうですからね」
 そういいながら、光明も悟空の頭を撫でてやる。彼が触れている悟空の髪は、確かにふわふわとしていた。
「ならかまいませんが……悟空は湯冷めをする前にねるんだぞ」
 でないと、せっかく髪を乾かしてもまた風邪を引くだろう……と三蔵が言えば、
「俺、ホットミルク、飲みたいんだけど……」
 と悟空が言い返す。
 その瞬間だった。
「ホットミルクですか? お砂糖はどうします?」
 今まで悟浄を散々言葉でいたぶっていた八戒が、態度を豹変させつつ問いかけてくる。
「……一つ、いれて欲しいかな……」
 そんな八戒の様子に悟空は目を丸くしながらも言葉を返した。
「一つですね。すぐに作ってきますから、こたつの中に入っていてください」
 しかし八戒はまったく気にしていない。言葉と共に立ち上がると、自分の座っていた場所に悟空を押し込む。そして、そのままキッチンへと向かっていった。
「……悟浄とお話し合いをしていたんじゃないのか?」
 その様子に、悟空は小首をかしげている。
「いいんだよ」
 隣でほっとした表情をしている悟浄を横目で見ながら、三蔵は悟空を納得させるようにこういった。

 八戒は言葉通り、煮豆と栗きんとんだけは家で作ることにした。当然、残りは買い出しに行くことになる。
「いっそ、セットで買った方がいいんじゃねぇの?」
 買い物にしっかりとつき合わされた悟浄がこんなセリフを口にした。
「だめですよ。みんな好き嫌いが激しいんですから。嫌いな物だけ残るんです」
 毎年のことでしょう? と言われれば、悟浄に返す言葉はない。実際、好きな物は争ってでも食べるのは彼も同じなのだ。
「……好き嫌いなんて、あるのか?」
 こう言うときには必ずついていくように言われる悟空が、驚いたというように八戒を見上げる。
「あるんですよ。おせち料理の味付けはちょっと独特ですから」
 自分で作れば、みんなの好みに合わせて作れるのだがと八戒は苦笑を浮かべつつ答えてやった。
「しかも、作っている場所によって味付けがまた違いますから……値段が高いからと言って、おいしいと思えるかどうかは別ですからね」
 だから、しっかりと味見をして買うのだ……と八戒は付け加える。
「そうなんだ」
 言われてみれば納得、と悟空は頷いた。確かに八戒の作ってくれるものを食べていれば、市販のお菓子などはおいしくないと思ってしまう。おいしいものを食べことは楽しいのだと言うことを、悟空は彼らの元に来てから初めて知ったと言っていい。
「そうなんです。だから、本当は三蔵に着いてきて欲しかったのですけどね……」
 お仕事では仕方がありません、と八戒は溜め息混じりに付け加える。
「わぁるかったな、俺で」
 その瞬間、悟空を挟んで八戒の反対側を歩いていた悟浄がむっとした表情で言い返してきた。
「別にかまいませんよ。荷物さえ持ってくれれば」
 そんな彼に対し、八戒がしれっとした口調で言い返す。
「貴方と悟空で、へたをしたら半分は食べるかもしれませんからね」
 逃げ出したら、貴方の分を減らすだけですし……と言われては、悟浄も逃げ出すことができないだろう。
「……俺、喰わねぇ方がいいのか?」
 しかし、物事をまっすぐに受け止めてしまう悟空の前で、八戒のこのセリフは禁句だったと言っていい。
「クリスマスでも、たくさん食べちゃったし……」
 泣きそうな表情で付け加えられては、フォローをしないわけにはいかないだろう。
「貴方は食べなくてはいけないのですよ、悟空。でないと、大きくなれませんし……悟浄は十分すぎるくらい大きいのですから、少々控えた方がいいのですけどね」
 毎日、鴨居に頭をぶつけているから、あれこれ忘れてしまうのでしょうし、と八戒は口にする。
「……悟浄って、そういえば、家で一番大きいもんな」
 八戒の言葉に少しだけ安心したのか、悟空は表情を和らげた。
「仕方ねぇだろうが。ついでに言えば、この見事な体格を維持するには、それなりに食べないといけねぇんだけどな」
 ぶつぶつと悟浄がぼやくが、それに耳を貸す者は誰もいない。
「それにね。悟空はもっと食べなさいって、お医者さんにも言われたでしょう? だから、無理をしない程度にはたくさん食べていいのですよ。でも、食べ過ぎは体に悪いですからね。ほどほどにしないといけません」
 こう付け加える八戒に、悟空は神妙な表情で頷いてみせる。
「じゃぁさ。いっぱい食べたら俺も悟浄みたくなれる?」
 八戒のセリフに、悟空は無邪気な口調で問いかけてきた。それに、八戒は無意識に悟浄へと視線を向けてしまう。悟浄もまた複雑な表情で八戒を見つめ返してきた。二人の脳裏の中にはおそらく『似合わない……』という想いが浮かんでいたことであろう。
「……家は兄貴もでかかったからな……」
「まぁ、遺伝的なものもありますしね」
 二人はさりげなく視線をそらせながらそれぞれこう口にする。
「まぁ、牛乳をたくさん飲んで、きちんと運動をすればそこそこにはなれるんじゃねぇの」
 悟空が落ち込む前に……というのか、悟浄はさりげなくフォローの言葉を付け加えた。
「……つまんねぇの……」
 そんなに大きくなりたかったのだろうか。悟空は小さく呟く。
「それにな。お前がでかくなると、こんな事しれやれねぇだろうが」
 こうなると、兄貴風を吹かせたい悟浄にしてみれば何とかしないといけないらしい。手を伸ばすと、悟空の小さな体を抱え上げた。そして、そのまま肩車をしてやる。
「ほら、高いだろうが」
「うん」
 これだけで機嫌が直る悟空は、まだまだ子供なのだ、と改めて認識をする二人だった。

 結局、なんだかんだと言って三人でも抱えきれないのではないか、と思うくらいの買い物をして帰ってきた。しかも、その半分近くは材料だったりする。
「……出来合を買いに行ったんじゃねぇのか、お前らは」
 キッチンでそれを片づけているのを見つけた三蔵が、あきれたように言葉を口にした。
「仕方がありませんでしょう? まずいだけならまだしも、あんなに添加物が入っているものでは、安心して悟空に食べさせられません。それくらいなら、作った方がましです」
 きっぱりと言い切る八戒に、三蔵は溜め息を隠せない。
「お前はあいつの母親かってぇの」
 そしてさらに言葉を口にする。
「というか……体のことを考えているだけですけど」
 悟空の体は気をつけないと体力がないから大変なことになってしまうのだ、と八戒は言外に付け加える。
「まぁ、それについては否定できないか」
 実際、その点については注意をするように言われているし……と三蔵も頷いて見せた。
「しかし、一応お前は受験生だろう?」
 失敗すれば、悟空が気に病むだろうと三蔵は付け加える。もっとも、それに関しては八戒も自覚していることは知っていたが。
「大丈夫ですよ。むしろ、気分転換をしないとやっていられないんですって」
 何事も緩急をつけることが成功の秘訣ですし、と八戒は笑ってみせる。
「……八戒、何かおやつある?」
 そこにひょっこりと悟空が顔を出した。そして、三蔵の姿を見つけると、うれしそうに笑ってみせる。
「あれ? 三蔵、帰ってたんだ」
 そういいながら、悟空は三蔵にすがりついてきた。
「年末だから、お前らだけを置いていると心配だって父さんがうるさくてな」
 まぁ、八戒がいればたいていのことは大丈夫なのだろうが……と付け加えつつ、三蔵は悟空の頭を撫でてやる。
「おやつなら……そうですね。おまんじゅうがありますよ。お茶を淹れてあげますから、それで我慢してくださいね。三蔵も食べますよね?」
 三蔵が頷けば、八戒は二人分を用意しようとした。
「悟浄も食べるって言ってたんだけど……」
 そんな八戒の背中に、悟空がこんなセリフを投げかける。次の瞬間、八戒の手が止まった。
「ったくあの人は……」
 そして、怒りに震える声でこう呟いたかと思った次の瞬間、彼はリビングへと移動をする。
「自分が食べたいのでしたら、自分で言いに来てください! 悟空をだしに使うなんて、貴方の方が年上でしょう!」
 そのまま八戒の雷が家中に響き渡る。
「三蔵……ひょっとして、俺のせいなのかな……」
「悟浄が無精なのが悪い。気にするな」
 不安そうな悟空を慰めるかのように、三蔵はこう口にする。そして、仕方がないというようにお茶の用意をし始めたのだった。

 冬休みに突入していたからだろうか。悟浄はしっかりとおせち料理の下ごしらえをさせられるはめになってしまった。もちろん、そばで八戒が監視していたのは言うまでもない。
 そのおかげだろうか。少々不格好かも……とは思いつつも味の方は十分に満足できるものがお重に詰められていた。
「うわっ! すっげぇ、きれい。俺、こんなの、初めて見た」
 もっとも、悟空にしてみれば『おせち料理』という存在も初めてだのだろうか。他の四人とはまた違った感想を口にする。
「あったり前だろう。俺さまががんばったんだからな」
 だが、逆に言えば、それは悟浄にしてみれば都合がよいものだったと言っていい。しっかりと胸を張る。
「そうですね。もう少しまじめにしてくれれば、もっときれいな料理ができたでしょうけどね」
 しかし、そんな悟浄にしっかりと八戒が釘を刺す。
「しかも、僕が見ていなかったら適当に下ごしらえをして逃げ出すつもりだったのではありませんか?」
 少なくとも三回は取り押さえられたはずですよね? と付け加えられて、悟浄がしまったと言う表情を作った。
「まぁ、そういうことは置いておいて……味見をしてみてください。こちらの方は僕がきちんと責任を持ちますから」
 そんな悟浄を無視して、八戒が悟空のためにおせち料理をとりわけ始める。
「おせち料理には、一つ一つ意味があるんですよ。確か百科事典に載っていたと思いますから、調べて見れば、自由研究になるのではないですか?」
 ついでに、先日から悟空が悩んでいた『宿題』についてのヒントも口にした。
「うん、わかった。やってみるな」
 ありがとうと付け加えながら、悟空は八戒からお皿を受け取る。そんな悟空に微笑み返すと、八戒は別の取り皿を手にした。
「お義父さんはどれどれを食べられますか?」
 視線を光明に向けるとこう問いかける。
「私は自分でできますから、貴方も自分のことだけを考えてくださいね」
 そんな八戒に、光明は気を遣いすぎですと言外に告げた。
「こうしないと、自分の好きな物を好きなだけ取ってしまう人がいますから。先に分配しておいた方が無難かなと思ったのですが」
 お義父さんがそういうのでしたら……と八戒は彼に皿を手渡す。
「見張ってりゃいいだけのことだろう」
 三蔵もこう言いながら、脇から手を伸ばして取り皿を取り上げた。その彼の視線が、さりげなく悟浄を見つめている。
「そうですね。彼から遠い場所においておくのも有効でしょう」
 光明にまでこう言われてしまえば、三人が誰のことをさしているかわかってしまうだろう。
「……俺かよ、結局……」
 悟浄がむっとした表情で溜め息と共にこう口にした。
「前例がありますからねぇ……フォローのしようがありません」
 まぁ、おとなしく他の誰かにとって貰いなさい、と光明は笑いかける。
「はい、どうぞ」
 しっかりと用意していたらしい八戒が、彼の前に料理が乗った皿をおいた。
「みんなに行き渡ったようだな」
 三蔵のこの言葉を耳にすると光明が姿勢を正す。
「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
 みんな、仲良く、元気で過ごしましょう……と付け加える彼に、悟空達も同じような言葉を口にした。
「では、頂きましょうね」
「頂きます」
 光明のこの言葉を合図に、今まで神妙にしていた悟空と悟浄が箸を手に取る。そして、早速料理に手をつけ始めた。
「二人とも、お雑煮もありますからね。その分の場所は空けておいてくださいね」
 勢いよく食べる二人に苦笑を浮かべつつ、八戒はこう声をかける。
「大丈夫だよ。おいしいもん」
 悟空が明るい口調でこういった。
「それはよかったですねぇ」
 そんな彼の様子がほほえましいというように光明が眼を細めている。
 悟空が初めての正月は、こうして穏やかに過ぎていった。