「八戒」 夕飯の支度をしていた八戒の背に、悟空のおずおずとした声が届く。 「どうかしましたか?」 学校に行くようになってからと言うもの、悟空の前には今まで経験したことがない問題が積み上がっているらしい。三蔵と共に行くときはよいのだが、帰ってきたときには疲労困憊という事がよくあった。そんな悟空の気持ちを少しでも楽にしようと、三蔵や八戒、悟浄はできるだけ相談に乗るようにしていた。 悟空の方も、最近はそういう状況になれてきたのか、相談の内容によって声をかける相手を替えているようである。 「あのさ……」 微笑みながら待っている八戒の耳に、言いにくそうな悟空の声が届く。最近ではそんな彼の態度は珍しいと言っていい。 「はい?」 でも、ここで言葉を無理矢理言わせても意味はないとわかっている。だから、八戒は悟空が自分で言いたい言葉を口にするまで待つことにしていた。 「……家って、クリスマス、しないんだよな?」 ようやく悟空の口から出たのは、こんなセリフである。 「はい?」 一瞬、八戒は悟空が何を言っているのかわからなかった。 「家はお寺でしょう? だから、クリスマスはしちゃいけないんだって聞いたんだけど……本当なのか?」 悟空はそんな八戒の様子を見て、言葉を換えて問いかけてくる。どうやら、学校に行くようになってさらに語彙が増えたようだ……と八戒は余計なことを考えてしまった。 「クリスマスですか」 そういえば、今までそのような行事を行おうという事は考えたこともなかった……と八戒は心の中で呟く。 光明はおそらく他宗教の行事だから……と言うことから口に出さなかったのだろう。三蔵にしても同じ理由からか――あるいは単に面倒だと思っているのかもしれない――言及したことはない。 自分と悟浄は他の場所でそれなりに過ごしていたから、家に来てまでやろうと思ったことはなかったのだ。 「表だってできない……というのは事実ですけどね」 ようやく八戒はこう言葉を返す。その瞬間、悟空が思いきり残念そうな表情を作った。考えてみれば、悟空にそのような場所があるとは思えない。 「まぁ、お義父さんに相談しておきましょう。何かいい方法を教えてもらえるかもしれませんし」 慌てて八戒はこう付け加えた。だが、いつもならそれで納得をするだろう悟空の表情は晴れない。 「できなくても、ケーキだけは焼いてあげますからね」 ともかく、確実にできることだけは約束しておこう……と判断して、八戒は言葉を口にする。だが、それに悟空は小さく頷いただけだった。 「お義父さん、それに三蔵も……ちょっと相談があるのですが……」 悟空の相手を悟浄に押しつけた八戒が、食後のお茶を飲んでいた二人にこう切り出す。 「どうかしましたか?」 「悟浄がまたなんかやらかしたのか?」 言い返された言葉に、八戒は首を横に振ることで答える。同時に、このうち出厄介事を起こすと思われているのは、やはり彼なのかと感じてしまった。 「悟空が、クリスマスの話をしてきまして……どうやら、やってみたいようなのですが……」 さすがに表立ってやるのはまずいでしょうね、と八戒は苦笑を浮かべつつ口にする。そのおかげで、彼の内心はごまかされたらしい。 「クリスマス……ですか……」 困りましたねぇといいながらも、何事かを考え込んだのは光明だった。 「学校で話題でも出たか?」 溜め息混じりに三蔵は口にする。 「たぶん、そうだと思います」 さすがに三蔵の学部ではその話題は出ないものの、他の学部の学生では仏教大学にもかかわらず平然とクリスマスコンパの話題を出しているのだ。まだまだ親や親戚からプレゼントがもらえる立場の小学生ではなおさらだろう。 「他人と話せるようになったのはいいことなんだろうが……」 さて、どうするべきなのか……と三蔵は光明へと視線を向ける。それにつられたように八戒もやはり光明の方へと視線を向けた。 「……さすがにツリーやリースなんかは飾れませんよねぇ……」 光明は溜め息と共にこう口にする。 「檀家さんの手前、無理ですね」 三蔵がきっぱりと彼の迷いに引導を渡した。 「ですが……ケーキとごちそうぐらいはかまわないでしょうね。八戒にはまた手間をかけさせてしまうことになりますが……」 少しでも悟空の願いを叶えてやりたいと思っているのだろう。光明は溜め息と共にこういった。 「それくらいは苦になりませんよ。幸い、天皇誕生日で一日休みがありますから」 気分転換に下ごしらえをしておけば大丈夫です、と八戒は笑ってみせる。 「……ババァに準備をさせる……という手段もありそうですけどね」 そういうイベントが大好きだったはず……と付け加える三蔵の脳裏には、過去、菩薩によって引き起こされていたあれこれが思い浮かべられていたことは言うまでもないであろう。 「菩薩ですか? 後々のことを考えると得策とは思えませんが……」 違いますか、と苦笑混じりに言い返してくる光明も同じ事を思い出しているらしい。 「そうですね。せっかく静かにする予定なのに、本堂の真ん前にツリーなんぞ立てられたらたまったものじゃありませんね」 そのくらいは平気でやるぞ、と心の中で付け加えながら、三蔵は光明に頷き返した。 「ケーキについては何とかなると思う。ターキーじゃなくチキンでよければバイト先で一緒に焼いて貰うが、どうする?」 そうすれば、少しは楽だろうといいながら、三蔵は八戒に視線を向ける。 「手間がかかるのはその二つだけですから……それが無くなればかなり楽ですね」 八戒は素直に首を縦に振って見せた。実際、長時間かけて作るチキンの丸焼きは無理だと考えていたのは事実なのだ。 「では、そういうことでお願いしますね。費用は少々オーバーしてもへそくりがありますから。それよりも、悟空を喜ばせることを第一に考えてください」 光明はこう結論を口にする。 「わかりました。あぁ、悟浄にも釘を刺しておいた方がいいですね。イブはともかく当日はさっさと帰ってくるようにと」 「それよりも、あの馬鹿の場合、警察のお世話にならないように……と言っておいた方がよくねぇか? 去年だろう。酔っぱらって道の真ん中で転がっていたところを保護されたのは」 「……一昨年だったと思いますよ……受験生が、と怒られたでしょう?」 悟空の話題からついつい余計なことまで思い出してしまった二人は、自分たちのセリフに思わずため息をついてしまう。 「本当、あの時は困りましたねぇ……私の都合が着かなくて、結局迎えに行ったのが翌日でしたし……どうやら、署内で風邪の菌を貰ってきたらしくて、その後みんなダウンしたのでしたよね」 本当、受験が3月でよかった……と光明は感慨深げに呟いている。そんなことを言えるのはこの人だけだろうと三蔵と八戒は心の中から考えたのだった。 「と言うわけで、ケーキとごちそうとプレゼント交換だけですけど、クリスマスをすることにしましたからね」 寝る前のあいさつに来た悟空に、光明がいつもの笑顔を付け加えつつこう言った。 「……でも、いいのか?」 悟空は光明のセリフに小首をかしげつつこう聞き返す。 「檀家さんにばれなければかまいませんよ」 どこかいたずらっ子めいた表情を作って光明が言いきる。それでいいのだろうか、と悟空は少し悩んだようだが、彼が言い切ったのならそれでかまわないだろうと判断した。 「わかった。でも、プレゼント……どうしよう……」 そもそも、プレゼントってどういうものを贈ればいいんだ……と悟空は新しい疑問に小首をかしげ始める。 「今度のお休みに、一緒に買い物に行きましょうね」 三蔵達には内緒で……と付け加える光明に、悟空はどこかほっとしたような表情を作りながら頷いて見せた。 「ありがとう。でも、お仕事はいいのか?」 光明と出かけられることはうれしいが、仕事の邪魔をするのはいけないだろうと判断して問いかける。 「この時期はね。みんなクリスマスに浮かれていますから……よほどのことがない限り暇なのですよ」 真実ではないが嘘でもないセリフを光明は口にした。それで悟空が納得できればかまわないと思ってのセリフだった。 「ならいいけど」 言葉と共に悟空は笑ってみせる。 「あぁ、すっかりと遅くなってしまいましたね。湯冷めをして風邪を引いてしまうといけません。もうお休みなさい」 そんな悟空に頷き返すと、光明はこう言った。 「ん。お休みなさい」 素直な反応に、光明はさらに微笑みを深める。そして、自分の部屋へと戻っていく悟空を見送った。 光明と出かけると三蔵達と出かけるときと違う場所へと連れて行かれる。今日来たのは、普段前を通り過ぎるだけのデパートだった。その品揃えの豊富さに、悟空は思わず目を丸くしてしまう。 「……荷物、いっぱいだね」 さすがに四人分+αが二人分となると、かなりの大荷物になってしまう。悟空の方はまだお小遣いの範囲内だから小物が多いのだが、光明の方はそういうわけにはいかなかったようだ。 「いっそ、送ってしまいましょうか」 この時期、宅配便の到着が多少遅れるとは言え、クリスマスまでにはまだ十分時間がある。それならまとめて送ってしまった方が楽だろうと光明は提案をする。 「でも、箱、ないじゃん」 第一、どんな大きな箱があれば、光明の荷物が全部はいるのか、悟空には想像できなかった。 「大丈夫ですよ。デパートの人に頼めばいいんです」 そういうサービスがあるのだ、と光明は笑いながら告げる。 「そうなんだ」 三蔵達と買い物に来るときは、ひたすらみんなで抱えて持って帰るのに……と悟空は目を丸くしている。 「そうなんですよ。ただし、お金がかかりますけどね」 それに時間もかかるから、すぐに必要な物は送れないのだと光明は付け加えた。それで、三蔵も八戒もそのサービスを使わずに抱えて帰るのか、と悟空は納得をする。 「どうやら納得できたようですね。では、頼みに行きましょう」 その後で、一緒におやつを食べましょうね……と言われて悟空が頷かないわけがない。しかも、光明が連れて行ってくれる店は三蔵達が連れて行ってくれるそれとは一風変わっている。珍しいおやつが出てくるこそが、最近、悟空が光明と出かける時の楽しみになっているのは言うまでもないであろう。 「うん」 さっさと自分の荷物と光明のそれの一部を抱え上げると悟空は立ち上がった。 「そんなに慌てなくても、おやつは逃げませんよ」 悟空のそんな行動に光明は微笑みながら言葉を口にする。だが、その表情が一瞬こわばる。 「そうそう。その前に一つ忘れていましたよ。菩薩に何か渡さないと後々まで文句を言いますからね、あの人は」 それを買ってから一緒に送りましょう、と付け加えつつ光明は目的地を反対側へと向けた。 そんな彼の様子に悟空は驚いたような表情を作る。だが、すぐに別の問題を思い出したらしい。 「ねぇねぇ……今から送ったら、クリスマスまでに金蝉の所に着くかな?」 慌てて光明の後を追いかけながら悟空が問いかける。 「どうでしょうねぇ……後で郵便局で聞いてみましょう。航空便の方が早いはずですが、日数まではわかりかねますからね」 それだけは送らないようにしないといけませんね、といいながら光明は悟空の意識が反対側に向けられないようにと心を配っていた。 その理由は簡単。 光明が烏哭の姿を見つけてしまったのだ。 ようやく落ち着いてきた悟空の精神状態を揺さぶるような真似だけはしたくない……と判断しての行動である。 もっとも、烏哭の方も先日のあれが効いたのか、わざわざ近づいてくる様子は見せなかった。悟空の方もまた彼の存在に気がついていないようである。その事実にほっとしながらも光明は悟空の言葉を聞いていた。 「そうですね。金蝉へのプレゼントは小さくて軽いものの方がいいでしょう。そうすれば、カードと合わせても航空便で送れるはずです。そうですね。ハンカチとかがいいのではないでしょうか。あれなら、かさばりませんし、たくさんあっても困らないものですからね」 それに、ひょっとしたらあちらでは売っていないかもしれませんよ……と付け加える光明に、悟空はうれしそうな笑顔で頷いてみせる。光明もまたその表情に思わず浮かんでくる微笑みを押さえることができなかった。 荷物を送る手続きを終えた二人は、いつものように光明行きつけの甘味処へと足を運んでいた。三蔵や八戒が連れて行ってくれる喫茶店とは違ったメニューに、悟空はいつもうれしそうな表情を作る。だから、余計に光明はこうして彼を連れてくるのかもしれない。 「……んっと……これって、何?」 今まで食べたことがないメニューを指さして悟空が光明に問いかけてくる。こんな些細な仕草すら、かつては三蔵だけに限られていたものだった。それが、こうやって気さくに声をかけてこられるようになった姿を見て、光明は感慨深げに頷いてみせる。 「それはですね。ぜんざいのお餅の代わりに栗が入っているのですよ」 悟空の疑問に答えながら、こう付け加える。 「……どうしようかなぁ……」 前に食べたのもおいしかったし……と悟空は本気で悩んでいた。そんな彼の様子を眼を細めて見つめていた光明は、何気なく彼から視線を離した。その瞬間、予想もしなかった存在を見つけて、彼の表情が険しくなる。 「……どうしたの?」 それに気がついたのだろう。悟空が声をかけてくる。 「何でもありませんよ。ちょっとはばかりに行ってきたくなっただけです」 光明と出かけるようになってから悟空が覚えたことの中にはこんな隠語もあった。それが意味する事も今はしっかりとわかっている。 「ん。いってらっしゃい」 「注文が決まったら、遠慮無く頼んでいてくださいね。私の分は……抹茶セットを頼んでおいてください」 できますね、と言われて、悟空は何とか頷いてみせる。本当にできるかどうかは自信がないが、やってみようと思っているときの表情だった。そんな悟空を励ますかのように彼の頭を撫でると、光明はトイレの方向へと歩いていく。 悟空の視界から見えなくなったのを確認して光明は身にまとっていた空気を一変させた。 「たまたま通りがかっただけなら許そうかと思っていましたけどね。ここまで来たと言うことは、故意だった……と判断してかまわないわけですね、烏哭君?」 そして、目の前にいる人物に向かってこう問いかける。 「あそこで見かけたのは、本当に偶然だったんですけどねぇ」 まずかったなぁと呟きながら頭を掻いているのは、間違いなく烏哭だった。 「着いてきたのは、あまりにもあの子の様子が変わってたから……でしょうかねぇ。なんせ、完全に情報をシャットアウトされていましたんでね。最期に見かけたときの様子とのギャップに、好奇心を隠せなかったって言う所なんでしょうねぇ」 言外に自分だけのせいじゃない、と烏哭は口にする。その態度に、一瞬自分が悪かったのだろうか、と思う人間も多いだろう。だが、それが光明に通用するわけがない。 「つまり、君は自分の好奇心を満たすためなら、あの子の症状が元通りになってしまってもかまわないと言うことですね?」 そんな状況になったら、遠慮無く社会的に抹殺してあげましょうと顔に書きながら。光明は烏哭に詰め寄っていく。 「そ、そんなつもりは……」 万が一そんな状況になったら、光明だけではなく菩薩にも同じ目に遭わされるであろう事は簡単に想像できる。それだけは本気で避けたいらしい烏哭は冷や汗を流しながら否定をした。 「なかったとしても、あの子の方はそうではないのですよ。未だに貴方の名前を聞くだけで鳥肌を立てて嫌がっているのですから」 本人を眼にすればどのような反応を見せるか、光明にも推測できない。今の悟空の様子すら、完全な状態とは言えないのだ。 「……ずいぶんと嫌われてしまったものですねぇ、我ながら」 本当にそう考えているのかわからない口調で烏哭は言葉を口にする。 「わかったのなら、あの子の目に入らないうちにさっさと出て行きなさい。でなければ、こちらとしても考えがありますよ」 最後通牒とばかりに光明がきっぱりとこういった。 「はいはい、わかっています」 口ではこういうものの、烏哭はなかなか移動を開始しようとはしない。どうやら、まだ悟空の様子を観察するという事実に未練があるようだ。 「……ストーカー認定、されますか?」 だが、光明のこのセリフを耳にしてはそうも言っていられないだろう。 「わかっていますって……」 ったく……少しぐらい、と付け加えつつ烏哭は動き始める。光明はその後ろ姿が間違いなく店外へ出て行ったことを確認してから、小さくため息をついた。 「本当に油断も隙もありませんね。三蔵達にも注意を促しておかないと……」 後誰に話を通しておかなければならないとすれば誰だろうと光明は付け加える。しかし、今あったことを悟空に悟られるわけにはいかない。光明はいつもの表情を作ると、何もなかったという様子で席に戻っていく。 「んっと……抹茶セットでよかったんだよね?」 悟空がほっとしたような、それでいてどこか誇らしげな表情でこう言ってきた。と言うことは、何とか注文をすることができた、と言うことであろう。 「そうですよ。ありがとうございます」 がんばったのだと書いてある悟空の顔を見た瞬間、光明の気持ちが軽くなる。その気持ちのまま、光明は微笑んで見せた。 「と言うわけですので、プレゼントを贈らせて頂きましたから……」 帰宅してから、光明は早速電話をかけていた。相手はもちろん菩薩である。 『それはどうも。だが、それだけが理由じゃねぇだろう?』 くっくと笑いながら、菩薩がこう言い返してきた。それを耳にした瞬間、光明の口元に思わず笑みが浮かぶ。 「察しがよくて助かります。今日、悟空と出かけたら烏哭君に会ってしまいましたよ。困ったことに、まだ悟空への執着を捨てきれないようですね、彼は」 どうしましょうねぇと口にしながら、光明は乾いた笑いを漏らす。 『……それは……まずいな。まだ悟空は、あいつに対する恐怖心を捨てきれないんだろう?』 「えぇ。今日は辛うじてあの子の眼に触れずにすみましたけどね。今後もそうだという可能性はありませんから」 注意はしたものの、あれは納得していないだろうと光明はしっかりと付け加えた。 『おいたが過ぎるな、あいつは……わかった。俺の方からも注意を入れておこう』 任せておけと言うと、菩薩はそうそうに電話を切る。その唐突な仕草にも光明は腹を立てる様子は見せない。 「本当、忙しい方ですねぇ、あの人も」 先ほどとは違った意味で苦笑を浮かべると光明は受話器を置いた。 「誰に電話してたんだ?」 その光明の腰に、言葉と共に悟空がすがりついてくる。 「菩薩ですよ。事前に連絡を入れておかないと、あの人の場合、荷物を受け取ってもらえませんからね」 無邪気な悟空の様子に、光明は眼を細めながら答えを返す。 「菩薩? 俺もちょっとお話ししたかったな」 光明の言葉に、悟空がこんなセリフを口にした。その内容に、光明は一瞬驚いたような表情を作る。 「でも、電話ですよ?」 苦手だったのでは、とその表情のまま光明は悟空に問いかけた。 「でも、相手、菩薩でしょう? 忙しくてなかなか会えないから、声だけでも聞きたいなぁって思ったんだ」 おかしいのかな? と小首をかしげてみせる悟空に、光明は首を振ってみせる。 「いいえ。おかしくはありませんよ。そうですね……クリスマスの日に電話をかけてあげましょう。その時、お話をすればいいですよ」 学校に行くようになってから、ずいぶんと悟空の精神が強くなったと感じつつ、光明は微笑んで見せた。だから、余計に今の状態を後退させるようなマネだけはできないと思う。 「お話ししてくれるかな?」 「もちろんすよ」 悟空の疑問に答えながら、光明は彼の頭を撫でてやった。 クリスマス当日、悟空の前にはプレゼントの山ができていた。三蔵達だけではなく他の人々からのものも届いたからである。その中で一番悟空を喜ばせたのは、金蝉からのカードだった。 「金蝉、俺のこと忘れていなかったんだ」 今にもそれを抱きしめかねない悟空の様子を見て、三蔵が複雑な表情を作る。 「何だ? おもしろくねぇって表情してるじゃん」 それを見逃す悟浄ではない。即座にこうつっこみの言葉を口にした。 「悟浄。言わない方が身のためだと思いますよ」 八戒の注意も一瞬遅かったらしい。三蔵の拳がしっかりと悟浄の頭を殴りつけていた。 「ひっでぇ……何すんだよ」 「テメェが余計なことを言うからだろうが!」 悟浄の反論を三蔵はこう言って封じる。悟浄にしても一言多かったことは自覚しているのだろう。恨めしげな視線は向けるものの、それ以上何も言おうとはしない。 「それに、悟空の場合は仕方がないでしょう。久々に連絡が来たわけですし……三蔵にはいつも甘えていますからね」 今日ぐらいは大目に見ましょうと、八戒は悟空の行動をフォローする。 「……それくらいはわかっているがな……」 感情が納得しないのだ……と三蔵が言外に付け加えた。 「三蔵!」 そんな三蔵の耳に、悟空が彼を呼ぶ声が届く。 「何だ?」 とっさに表情を和らげると三蔵は悟空へと視線を向けた。 「これ、三蔵がくれたんだよな。どうして、俺が欲しいって思ってたのがわかったんだ?」 もし悟空にしっぽがあれば、間違いなく激しく左右に振られていたことだろう。そう思わせる表情で悟空はこう問いかけてきた。 「……それは……内緒だ」 悟空のその態度だけで機嫌が直ってしまった、というのが傍目にもわかる態度で三蔵が悟空に微笑みかけている。 「なんだかんだ言って、マジ、悟空に振り回されてんじゃん、三蔵。あいつにあこがれてる女が見たらどうするんだか」 あきれた、と言うような口調で悟浄が呟く。 「他人のことが言えるのですか、貴方は」 そう思っていたければどうぞ、と苦笑を浮かべると八戒は目の前の会話に加わっていった。 「悟空。プレゼントだけではなくごちそうの方も注目してくださいね」 この言葉に、悟空は慌てて八戒が作った料理へと手をつけ始める。その一つ一つにおいしいという悟空のセリフには嘘はないであろう。 「確かにな……あいつがよろこぶのを見ているのは俺も楽しいか」 他人のことをとやかく言えないな、と呟きつつ、悟浄もまた目の前の団らんの中に乱入していったのだった。 終
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