「ったく……」 珍しく朝から八戒の機嫌が最悪だった。どれだけ最悪かというと、悟浄のお茶碗の中に鷹の爪が丸ごと入っていたほどである。 「……あの……八戒……」 その事実に、悟浄が密やかに抗議の声を上げた。しかし、八戒の耳にはそれは届かない。ここで光明がいてくれればさりげなく注意をしてくれたのだろう。だが、彼は夕べから本山へと出かけていて、帰ってくるのは今日の昼なのだ。三蔵にそれを期待するほど、悟浄は馬鹿ではない。だが、このままでは気持ちが収まらないと悟浄が考えたときだった。 「八戒?」 おそるおそるというように悟空が八戒に声をかけた。 「どうしました? おかわりですか?」 口元に微笑みすら浮かべながら視線を向ける。その豹変ぶりに、悟浄がふてくされたような表情を作った。もちろんそれも八戒の視界には入っていない。 「じゃなくて……何で、怒ってんのかなぁって思って……」 八戒、怒ってるよな……と隣に座っている三蔵に確認しながら、悟空は口にした。 「怒っていますか、僕は」 そんな悟空に、八戒は逆に聞き返す。 「だって……怖いもん、今日の八戒……」 正直にこう口にしながら、悟空は三蔵の方へと体をすり寄せていく。それは、何があっても彼が守ってくれると信じているからの行動であろう。 「それは……ごめんなさい。大丈夫ですよ。悟空は怒っていませんから」 だから、安心してくださいと言われてすぐに安心できる人間がどれだけいるだろう。 「だ、そうだ。まぁ、八戒がそう言うならそうなんだろう」 だが、三蔵の言葉に悟空は小さく頷いてみせる。 「じゃ、なんで怒っているんだ?」 そして、一番の疑問を口にした。 「ゴミ袋をね。野良犬か野良猫が破いてくれたのか、ばらばらに散らかされていたのですよ。おかげで、朝から掃除をするはめになってしまいました」 おかげで、朝食の準備だけで手一杯になってしまって、お弁当が作れなかったのです……と付け加える。 「マジ?」 八戒のつぶやきに真っ先に反応を返したのは悟浄だった。 「残念ながら本当です。と言っても、悟空には関係ありませんし……僕たちにしても、購買か学食に行けばいいだけですからね」 それより早く食べないとさめてしまいます……と八戒は付け加える。 「それに遅刻をするとそろそろ悟浄の単位がやばかったのではないかと」 この言葉に、三蔵の視線が悟浄に突き刺さった。その視線から逃れようとするかのように、悟浄は慌てて端を動かし始める。 「毎朝、八戒と一緒に出てってるのに、どうして悟浄だけ遅刻するんだ?」 口の中にご飯を入れたまま、悟空は思わずこんなセリフを口にしてしまった。 「行儀悪いぞ」 すかさず三蔵が注意をする。すると悟空はしまったというように肩をすくめて見せた。 「まぁ、俺にしても同じ気持ちだがな」 監視していたんじゃないのか、と三蔵は八戒へと矛先を向ける。 「それに関しては、朝食時にすることじゃないかと……食べ終わってからでもかまいませんよね?」 言外に悟空に聞かせたくないのだ……とにじませながら、八戒は三蔵に微笑みかけた。 「だな。しっかりとつるし上げとかねぇといけねぇだろうし」 時間まで念入りにな……と三蔵は口にしながら頷く。その瞬間、悟浄の顔色が真っ白になったのは言うまでもないだろう。 「……遅刻っていけないことなのか?」 今度はしっかりと口の中の食べ物を飲み込んだ後で、悟空はこう問いかけてくる。 「約束を破ることだからな」 それは人として最低なことだ、と三蔵は悟空に説明をした。 「覚えとく」 悟空はこういうと同時に大きく頷いてみせる。 「本当、悟空は素直で可愛いですね」 そんな悟空の仕草に三蔵だけではなく八戒も優しく微笑んで見せた。その後の食事は、約一名を除いて穏やかに過ぎていった。 朝食を終え、悟空は後かたづけを始める。キッチンから聞こえてくる水音を聞きながら、八戒が口を開いた。 「この前、悟空が学校を見に行ってからというもの、誰かが家のゴミをあさっているようなんですよね」 誰がやっているかなんて、だいたい想像がついていますけど……と八戒は微笑みながら付け加える。はっきり言って、目がまったく笑っていないその表情は、周囲の気温を下げるのに十分すぎるものだ。 「……あれか……」 「あれでしょうねぇ」 二人の口調と表情に、悟浄は思わず逃げ出したくなる。それができないのは、彼の制服のネクタイが、八戒の手によってしっかりと握られていたからである。ひょっとしてこれも自分が遅刻をしていたという事実に対する嫌がらせなのだろうか……と思わずにはいられない悟浄だった。 「まぁいいんですよ。見られて困るものは、それなりの処理をしてから捨てていますし……ただ、毎回毎回、あぁやって散らかされるのは、余計な手間がかかって困るんですよね」 朝の時間は貴重だというのに……と八戒は付け加える。 「……ゴミをあさられるのは、俺としてもうれしくないです……」 おずおずと悟浄が手を挙げながら口にした。 「テメェの場合は別の理由からか」 どうせエロ本とか使用済みのティッシュの山とか赤点のテスト用紙とかだろうと三蔵は言外ににじませる。それに言い返したくても、半分以上当たっているからうかつなことが言えない悟浄であった。 「本当はとっとと警察に相談できればいいんだがな」 父さんがいやがるだろうと三蔵はため息をつく。 「決定的な証拠があれば別でしょうけど」 そうすれば、光明だって危機感を持ってくれるだろうと思う。しかし、今の状況だと野良猫や烏のせいにされかねないのだ。 「秋葉あたりに行くと、監視カメラとか売ってるらしいけどな。いっそ、それ買ってきて夜だけチェックしておけばいいんじゃねぇ?」 部屋にあるビデオにつないでおけばいいんだし……と悟浄が口にする。 「問題は、それを買ってくる金と取り付ける手間だろうが」 父さんには内緒なんだろうと三蔵が言えば、 「三蔵ってば、バイトしてんのに金ねぇの?」 悟浄がこう言い返してくる。 「……あれは車の頭金だってぇの……」 あった方が出かけるのが楽になるだろうと三蔵は主張をした。それに関しては悟浄も反論はないらしい。 「ですが、今は車よりも監視カメラの方が優先ではないかと……後で何とか補填しますから……」 何とかなりませんか? と八戒が口を挟む。 「ったく……」 悟浄だけならともかく、八戒にまでこう言われては三蔵としてもむげに却下することはできないようだ。仕方がないというように舌打ちをしてみせる。 「買いに行くにしても、どんな店で売ってるのか、俺はしらねぇぞ。第一、悟空を一人にしておけねぇだろうが」 どうするんだ、と三蔵は逆に八戒達に問いかけた。 「悟空のことは、お義父さんが帰ってきてからお願いすればいいのでしょうが……買い物の方はわからない人間では無理ですよね」 三蔵の言葉に納得というように頷きながら、八戒が言葉をつづる。その言葉の裏に隠れているものに、悟浄は嫌な予感を感じてしまう。 「と言うわけで、悟浄。今日は寄り道をしないで帰ってきて、三蔵と一緒に買い物に行ってください。悟空のことは、僕が面倒を見ておきますので」 お願いしますね……と微笑んでいる八戒だが、反論を許す気は全くないようだ。 「……わかりました……言い出しっぺが責任を取らせて頂きます」 がっくりと肩を落としながら悟浄が口を開く。 「三蔵と秋葉に言って買い物をしてくりゃいいんだろう」 こう悟浄が言いきったときだった。 「どこに買い物に行くの?」 朝食の後始末を終えた悟空が、手を拭きながらキッチンから出てくる。その表情にはなにかを期待しているような光が見て取れた。 「……おやつを買ってきてやるから、おとなしく留守番をしてろ」 普段であれば、出かけたいという悟空にだめだと言うことはない。だが、今日は買い物の内容が内容である。言外に連れて行けないと三蔵は告げた。 「……わかった……」 悟空にしても、下手に出かけて烏哭と出会うのはごめんだと思ったのだろうか。あるいは、単に人が多い場所に行きたくなかっただけか。あっさりと頷いてみせる。 「その代わりにさ、おやつの他にあれ買ってきて。戦車が入っているラムネ」 あれの中の二つだけまだないんだよね、と悟空は付け加えた。 「そう言えば、あれを作っている会社の直営店が秋葉にありましたよね」 買ってきてあげてくださいね、悟浄……と八戒が微笑んでみせる。その瞬間、彼が嫌そうな表情を作ったのは言うまでもないだろう。 「お前ら……そろそろ行かねぇと遅刻するぞ」 ふっと時計を見つめた三蔵がこういった。 「それはまずいですね……行きましょう、悟浄」 慌てて立ち上がった八戒が悟浄の襟首を掴む。そして、そのまま彼を引きずるようにして玄関へと向かった。 「悟浄、鞄忘れてる」 放り出されたままの悟浄の鞄に気がついた悟空が、こう言いながら彼らの後を追いかける。そして、しばらくして三蔵の耳に悟空の『いってらっしゃい』という言葉が届いたのだった。 「ったく……だから盗撮だの盗聴って言うのが簡単にできるんだな」 考えていたよりもあっさりと目的のものが購入できたことに、三蔵はあきれたような口調でこういう。 「何言ってんだよ。防犯カメラは防犯のためのもんだろうが」 必要なときにすぐ変えなければ意味がないだろうと悟浄は主張をする。 「……その隣にあったあれは何なんだ?」 どう考えても、悟浄が三蔵を案内したのはかなりやばげな店だった。そして、そこには目的のものの他に、何に使うんだとしか言えない代物がごろごろしていたというのもまた事実である。 「細かいことは気にすんなって……あぁ、ここじゃん。悟空がリクエストした店は」 あからさまに話題をそらしつつ、悟浄は細い通路を指さす。 「八戒から特別予算も貰ったことだし……ちゃんと買ってかえらねぇとな」 そしてこういうと同時に、悟浄は人混みの中へと突入していく。 「……現金なやつだ……」 そう言いながらも、三蔵も悟浄の後を追いかける。八戒から預かったお金は彼が持っていたのだ。悟浄だけでは悟空のリクエストを果たすことができないのだ。 階段で二階に上がれば、予想していたより小さな店舗にあれこれおまけが飾ってある。 「三蔵、どうする? バラで買っていくか? それとも箱で買っていくか?」 既に目的のものの前にいた悟浄が、三蔵にこう問いかけてきた。 「箱でいいだろう。持っていくのもそっちの方が楽だろう」 ほかにも、あれこれ頼まれているし……と三蔵は付け加える。八戒が臨時予算を渡すと同時に、ここぞとばかり書かれたメモを手渡してきたのだ。それを全部とまで行かなくても八割以上は買って帰らないと何を言われるかわかったものではない。三蔵がそれに対して文句を言わなかったのは、その中にそれぞれの好物が入っていたからであろう。 「へいへい。じゃ、おねーさん、これね」 悟浄はそう言うと同時に、白い10個入りの箱を二つ、レジへと差し出す。 「支払いはよろしくな」 三蔵を振り返ると、悟浄はこう言って笑う。それに仕方がないというため息をつくと、三蔵は悟浄と入れ替わるようにしてレジの前へと立った。お金と引き替えに袋を受け取ると、それを悟浄へと押しつける。 「荷物持ちは任せるぞ。まだまだ増える予定だからな。あきらめろ」 文句は八戒に言えよ……といいながら、三蔵はさっさと階段へと向かった。 「言えるわけねぇだろうが」 んな恐ろしうセリフ……と悟浄はつぶやく。そして、慌てて三蔵の後を追いかけた。 両手に山ほど袋を抱えて二人が帰り着いたのは、周囲が暗くなってからのことだった。 「おかえり!」 おそらく自分たちの帰りが遅いことを心配したのだろう。玄関のところで悟空が自分たちを待っていたという事実に、三蔵は微苦笑を浮かべる。それを気にすることなく、悟空は三蔵の腕から荷物をいくつか取り上げた。 「ただいま。いつから待ってたんだ、お前は」 その表情のまま、三蔵はようやく自由になった手で悟空の頭を撫でてやる。 「いつからって……あれ?」 いつからだろうと悟空は首をひねった。どうやら、時間を忘れるくらいこの場にいたらしいと三蔵は判断をする。 「ったく……お前は……」 そして、さらに笑みを深めると、悟空を促して奧へと向かおうとした。 「あのさ……」 そんな二人の背に、悟浄が声をかけてくる。何事かと思って二人が視線を向ければ、 「俺の荷物も少し持ってくんねぇ? これじゃ靴も脱げねぇんだけど」 と悟浄は言った。 「……悟空はこれ以上、何ももてねぇぞ。八戒を呼んできてやるから、しばらく待ってろ」 それに三蔵はこう言い返す。次の瞬間、悟浄の口からはブーイングかこぼれ落ちたが、三蔵は気にする様子もなく悟空を促してリビングへと向かった。 「お帰りなさい。騒いでいるのは悟浄ですか?」 リビングに顔を出したところで八戒がこう問いかけてくる。 「荷物が重いんだとよ」 手にしていた荷物をテーブルの上に置きながら、三蔵が答えを返す。そして、冷蔵庫にしまうべきものとそうでないものを分け始めた。 「……放っておくと放り出されかねませんね……」 崩れやすいものがあったらまずいかも……と付け加えつつ八戒が二人と入れ違いに玄関へと向かう。 「ずいぶんとまた買い込んできたものですね……」 テーブルの上に置かれた品物の山に、光明も驚いたような表情を作った。 「八戒が、ここぞとばかりにメモを渡してくれましたのでね。まぁ、ほとんどは箱が大きいだけで重くないのですが……」 そう言えば、これが一番かさばったんだな……といいながら、三蔵は悟空の前にビニール袋を押しやる。 「何?」 だが、悟空にはそれが何かのかすぐにはわからなかったらしい。きょとんとした表情で三蔵と見つめてくる。 「何って、テメェが欲しいって言ってたもんだ」 いらなかったのか、と三蔵は悟空へ告げた。 「だって……あれって、箱に戦車の絵が描いてあるんだし……第一、こんなにでかくないぞ」 だが、悟空の頭の中にはしっかりとしたイメージが存在していて、目の前のそれとは違うと判断してのセリフらしい。 「十個入りの箱はそうなってんだよ。開けてみな」 近所のコンビニでは箱で売っていないのか……と思いつつ、三蔵は悟空に命じる。その言葉に、悟空はおそるおそると言った様子で箱を開けていく。そして、次の瞬間、目を輝かせた。 「ホントだ。三蔵、ありがとう。でも、こんなにいっぱいいいのか?」 「箱で買った方がシークレットが入っている確率が高いんだとさ」 それに、だぶってもかまわないんだろう? と三蔵が声をかければ、悟空は素直に頷いてみせる。 「これはたくさん買って貰いましたね。でも、食べ過ぎておなかを壊さないようにしてくださいね」 引き取られた当初はあまり物をほしがらなかった悟空が、これを集め出した……という事実を一番喜んでいるのは光明なのかもしれない。優しい視線とともにこう言った。 「わかってるって」 一日に一個以上開けると、八戒に怒られるもん……と悟空は付け加える。 「……そう言うことを言ってんのか、八戒は……」 しつけとしては間違っていないのだろうが、それでは生殺しにならないか……と三蔵はため息をついた。 「そう言えば、八戒と悟浄、遅いですね……どうしたのでしょう?」 今思い出したというように光明が首をかしげている。 おそらく、今日購入してきた監視カメラのセッティングをしているのだろう。しかし、それを今光明に悟られるわけにはいかない。 「あっちの方に生ものが多かったのかもしれません。これも冷蔵庫に入れてこないと行けませんし……ついでに見てきます」 三蔵はこう言いながら腰を上げた。そして、そのままキッチンへと向かう。そこでは予想通り悟浄と八戒があれこれ作業をしていた。 「そろそろ父さんが不審に思いかけている。適当にしてリビングに顔を出した方が良さそうだぞ」 こう声をかけながら、三蔵は持ってきた口実を冷蔵庫の中へと入れる。 「もう少しで設置は終わるから……設定は後で部屋に戻ってからでもいいんだけどな」 顔を上に向けたまま悟浄がこう言えば、 「口実のためにわざわざ遠回りをしてお義父さんが好きなお菓子を買ってきて貰ったんですよ。お湯を沸かしていたと言えば、十分いいわけにはなりますよね」 と八戒も付け加える。この用意周到さはさすがだとしか言いようがないだろう。 「そう言っておくぞ」 自分までここでのんびりしていては、他の二人に怪しまれるのでは……と判断した三蔵は言葉とともにきびすを返す。 「お願いしますね」 その背を八戒の言葉が追いかけてきた。 翌朝のことである。 「……三蔵……」 そろそろ悟空をたたき起こすかと考えながら本堂から自宅の方へ廊下を歩いていた三蔵に八戒が声をかけてきた。 「どうした?」 光明に聞こえないように、さりげなく声を潜めながら、三蔵は聞き返す。 「……やっぱり、今日もいらっしゃいましたよ……ばっちりと映っていました」 そんな彼の耳に、八戒がこうささやき返してくる。 「……そうか……」 「夜間でも撮影できるものを購入してきて貰って正解でしたね」 真夜中にしっかりとあらしてくれましたよ、と八戒は口にした。いったい、いつの間にテープをチェックしたのかと三蔵は考えてしまう。 「やはり、あの人だったのか?」 それを口にする代わりに、三蔵はこう問いかけた。 「昨日はお子様の方でしたね。しばらく続けてみた方がいいでしょうか」 一度だけならちょっとしたいたずらと言い訳されかねない。あるいは、相手が相手だけに、悟浄についての情報を知りたかったのだ――これだけでも問題なのは言うまでもないが、受け止められる印象が違うだろう――と言われてしまえば、光明は苦笑を浮かべて許してしまいそうな気がするのだ。 「だな。しっぽはちゃんと掴んでおかないと、責任を取らせられないだろうし」 受験生に負担をかけるのは申し訳ないが頼む……と三蔵が口にした瞬間だった。 「いったい、何の責任を取らせるのですか?」 三蔵の肩越しに光明がこう問いかけてきたのだ。その声に、三蔵は内心焦ってしまう。しかし、八戒はそうでもないようだった。 「ゴミを出しておくと、近くの猫があらしてしまうらしくて、朝、散らかっているんですよ。でも、もしどこかの飼い猫だったら困るので、きちんと確認をしてからでないと……という話です」 勝手に捕まえて、ご近所問題を引き起こすわけにはいきませんし……と八戒は微笑んでみせる。 「そうですね。確かに、確認は必要でしょう」 難しい問題ですね……と光明が頷く。どうやら、八戒の説明で光明は納得したらしい。その事実に、三蔵は内心ほっとする。 「何なら、悟浄をたたき起こして確認させるんだな」 どうせ、普段明け方まで遊んでんだし……と三蔵は言った。 「……その分、あの人は授業中に寝てしまいますからね……」 困ったものです、と八戒は苦笑を浮かべる。 「……ともかく、ねぼすけどもをたたき起こしてくるか」 ようやく一番最初の目的を思い出したらしい三蔵がこう言った。 「悟空はともかく、悟浄は遅刻してしまいますしね」 朝ご飯も冷めてしまいますし……と八戒は頷く。 「遅刻はいけませんね」 そんなに悟浄は遅刻をしているのですか……と付け加える光明に、朝食時間はお小言かな、と三蔵は予想をする。だが、これで完全に光明の頭の中から二人の話が抜けたのではないか。ならば、証拠を集める時間が確保できたと言うことかと、三蔵は心の中でほくそ笑んだ。 一週間後、十分すぎるほどのビデオテープがたまっていた。 「……しかし、毎日毎日、ご苦労なことだな」 まとめてそれを見た三蔵があきれたようにこう口にする。 「確か、あの人達の家って、ここから結構距離があったんじゃないのか?」 悟浄が問いかけるように三蔵へと視線を向けた。実のところ、悟浄は彼らの家に行ったことはないのだ。行かなくても十分迷惑をかけられている……と言った方が正しいのかもしれない。 「……電車で1時間弱だったような気がするんだが……」 学校を挟んで反対側だぞ、と三蔵は記憶の中を探る。 「あの時間にここにいると言うことは……あるいは近くにアパートでも借りているのかもしれませんね」 調べてみますか? と八戒は三蔵に判断を仰いだ。 「……調べられる範囲内でな……」 話はここまで……と口にすると三蔵は不意に立ち上がる。いったいどうしたのか……と思った瞬間、八戒達の耳に悟空の声が届いた。どうやら、靴があるのに姿を見かけないことを不安に思って探しているらしい。 「今日は那托が来てねぇんだな」 でなければ、まだ戻ってくる時間ではないだろうと悟浄がつぶやけば、 「確か、小学校は月末に文化祭だったのでは……その準備で忙しいのではないですか?」 と八戒が言葉を返す。 「なるほどね。それまでに何とかして、悟空が安心して出かけられるように動きますか」 ともかく、二人が側にアパートを借りているかどうかの確認をしてきましょう……と悟浄は自分から口にする。その事実に、八戒はうっすらと笑みを浮かべた。 「父さん、ちょっと話があるのですが……」 三蔵がまじめな口調で光明に声をかける。その脇には八戒と悟浄の姿も見えた。 「おや、どうしたのですか? 三人そろって……」 珍しいですね、と光明は目を丸くする。 「悟空、悟浄と一緒にちょっと買い物に行ってこい」 だが、三蔵は彼の言葉にはすぐに応えず、光明の脇でドリルを開いていた悟空に言葉をかけた。 「今?」 まだ光明からOKを貰っていないと悟空は言外に付け加える。 「どうやら至急の用事らしいですから、行ってきなさい」 悟空に聞かせたくない話なのか……と判断したのだろう。光明は悟空に向かって声をかけた。 「……わかった……でも、何買ってくればいいんだ?」 「悟浄が知っていますから」 すかさず八戒が悟空の疑問に答える。その三蔵達の様子に悟空は何かあるのだろうかというように小首をかしげて見せた。しかし、悟浄に促されると、そのまま部屋を出て行く。 「……で、悟空に聞かせたくない話なのですね?」 二人を見送った後、光明は三蔵に問いかける。 「ちょっとやっかいな内容でしたので、二人にもあれこれ協力して貰ったのです」 その言葉に頷くと、三蔵はまじめな口調で言い返した。彼のその態度に、光明も居住まいを正す。 「お話を聞きましょう」 そしてまっすぐに三蔵達へと視線を向けながらこう切り出す。 「先日から、庭に出しておいたゴミがあらされる……と思って様子を観察していたのですが……犯人は近所の猫たちではありませんでした」 三蔵はこう言いながら、こっそりと撮影しておいた写真を差し出す。光明は袂から眼鏡を取り出してかけると、その写真に視線を向ける。次の瞬間、彼の眉が思い切り寄せられた。 「……これは、合成写真ではないのですね?」 そして、確認するように問いかけの言葉を口にする。 「写真だけではなくビデオもあります」 三蔵をフォローするかのように八戒が口を開いた。 「後から確認してみたのですが……主に悟空が反古にしたものだけが抜き取られていました。おそらく、最初からそれを目的にしていたのではないかと思います」 他の物は全部残っていましたから……と八戒が続けると光明は深いため息をつく。 「熱心なのはいいですけど……これは犯罪と紙一重ですよねぇ……」 まさかここまでしているとは思いませんでした……と口にする光明に、 「完全に悟空のストーカーになっていませんか? これでは、いつまで経っても怖がって学校に行くと言い出しませんよ」 もし、近所にあの人がいると知ったら、間違いなく家からでなくなるだろうと八戒は主張をした。 「……近所に?」 「近所のおばさん達がそう言っていましたけど」 奥様ネットワークは侮れませんから……と八戒がさらに口にすれば、光明はほとほとあきれたという表情を作る。 「わかりました。不本意ですが、菩薩を巻き込んできちんと話をしましょう。そうですね。せめて悟空が中学生になるまで近くに寄るな……という条件を出しておきますか……」 本当、ストーカーに対する処置ですよね……と光明は何度目になるかわからないため息をつく。 「まぁ、悟空が学校に行けるようになるためだ……と考えればいいのでしょうけどね」 本当に困ったものです、と言う光明に、三蔵達も苦笑を返すしかできなかった。 それからどのような話し合いが大人達のあいだであったのかはわからない。ただ、少なくともゴミがあらされるようなことだけはなくなったのは事実だった。しかし、このあっけなさが逆に三蔵を不安にする。 「……これで終わったと思うか?」 三蔵は思わず八戒に問いかけてしまう。 「思えませんね……」 次は遠慮なく警察沙汰にしましょうと笑う八戒が、実は一番烏哭に恨みを持っているのかもしれない。三蔵はついついそんなことを考えてしまった。 終
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