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「……何だ? また来ているのか、小猿は……」 日が既に高くなったと言うのに、まだ眠り足りないという表情で帰って来た悟浄がそう口にする。 「えぇ。今朝、日が昇ると同時に遊びに来ましたよ」 彼を出迎えた八戒は誰かさんとは違って健全な生活ですよねぇ……と付け加えた。もちろん、後半はイヤミである。あえてそれを無視して悟浄はこう聞き返す。 「ここんとこ毎日だろう……どうしたんだ?」 普段なら週に一度来ればいい方なのに……と口の中だけで付け加える。 「……三蔵が仕事で来週まで帰って来ないそうなんですよ。あの様子ですから、寺院に一人でいてもつまらないというのも納得できますしね」 今までに何度も感じた『妖怪』に対する『蔑視』の感情を隠さない僧侶達。それでもまだ三蔵がいればマシなのだ。彼の目の届かない所で悟空がどんな目にあっているか――と言ってもさすがに実力行使をしようとする馬鹿はいない様だが――大体想像がついてしまう。 「なる程ね。飼い主さんがいらっしゃらないわけか……」 で、くつろげてなおかつ餌をくれる家に通って来ているわけね……と悟浄は納得したように呟いた。 「そう言いますか」 八戒はどこか冷たいものを感じさせる視線を悟浄に向ける。 「単に寂しかったら来てくださいねと言ったのは僕なんですけどね。悟空は頼めば何でも手伝ってくれますから、いつ帰ってくるとも判らない誰かさんよりもあてにできますしね」 口元だけ笑みを浮かべた表情で投げつけられるセリフがイヤミ以外の何者でもない事は悟浄には判り過ぎるくらい判ってしまった。 「はいはい、どうせ俺はギャンブルで生活費を稼いでくるしか能がありませんよ……」 そのギャンブルですら八戒には勝てないのだから……と言う事はあえて口に出さない。言うだけ惨めになる事を経験で知っているからだ。 慌てて悟浄は話題を変える事にする。。少なくともこの話題ならこれ以上嫌味を言われないと判断したのだ。 「で? 小猿さんは?? ずいぶん静かだけど……」 いつもなら大騒ぎをしながら家の中で八戒お手製のおやつを食べているのだが、今日はどうした事か声が聞こえない。と言う事はお使いにでも出ているのかとも思ったのだ。 「寝てます」 「はぁっ?」 しかし、予想もしていなかったセリフを聞かされて悟浄は思わず間の抜けた声をこぼしてしまう。 「さっき寝た所ですから起こさないでくださいね」 にこにこと微笑みながら八戒はさらに注意を重ねる。しかし、悟浄の疑問はそれで晴れはしない。 「何でまた……悟空といったら夜明けとともに起きて夕日とともに寝るのが当然だろう? 今寝ているなんて何か悪いモンでも拾い食いしたわけぇ」 そう言いながら悟浄はようやくイスに腰を下ろした。 「何でも夢見が悪くて眠れないんだそうですよ。その上、昼間にベッドに入っているとわざわざ嫌味を言いに来る方もいるとか。それでも我慢して起きていたんだけど、とうとうダウンしてしまったというのが正しいようですよ」 そんな悟浄の前にコーヒーを差し出しながら八戒が説明をする。 「夢見ねぇ……あの小猿にはいまいちそぐわない単語のような気もするけど……」 そう言いながらコーヒーに口をつけた。しかしそのあまりの苦さに直ぐさま口から離す。吹き出さないのが奇跡だったかもと本人は心の中で呟いた。 「そうですか? 十分悟空は夢見がちな性格だと思いますよ。何て言っても、あの三蔵様が好きだって言い切れるんですから」 さりげない口調で言われたセリフに、悟浄は思わず絶句してしまった (……こいつは悟空が気に入っていたんじゃねぇのかよ……) それとも、今のは好意の裏返しなのだろうか……と本気で悩んでしまう悟浄だった。 悟空が起きて来たのは八戒が昼御飯の支度を初めてすぐの事だった。 「……やっぱ、匂いに釣られて起きて来たな……」 その気配に悟浄は口にしていたたばこをもみ消すと八戒が使っている部屋の方に視線を向ける。案の定、そこにはまだ寝ぼけ眼の悟空が立っていた。 「何だ、お前……三蔵様がいなくて寂しいって泣いてたのか」 その悟空の頬には白く涙の痕が残っている。それをめざとく見つけて悟浄はからかう様にそう言った。 「違う! 別に三蔵がいなくても平気だい」 直ぐさま悟空はそう言い返すとともに悟浄に殴り掛かってくる。だが、何時もの様なキレがない。楽々とその腕を押さえつけると、悟浄は悟空の顔を覗き込んだ。 「だったらどうしてここに涙の痕が残っているのかなぁ……それとも、これはよだれだったりして。お猿さんったら目からよだれ流すなんて器用だねぇ」 そう言いながら悟浄は悟空の頬を指でつまんで引っ張る。 「ふぉふぁれふぁふぁいほん」 その状態でも悟空は必死に反論を試みた。しかし、口が自由に動かないせいで言葉が言葉にならない。しかも口を動かせば引っ張られている頬が痛む。その事実に悟空の目が座ってしまった。 「おぉ……いっちょまえに猿がすねてる」 それを見て悟浄がまた悟空をはやし立てる。いい加減本気で怒りかけている悟空が悟浄の足を蹴飛ばそうとした時だった。 悟空の動きよりも一瞬早く悟浄の頭の上にフライパンが落ちてくる。 「痛ってぇなぁ」 悟空から手を離し自分の頭を押さえた悟浄が振り向くと、そこには笑顔を張りつけた八戒が立っていた。 「痛いじゃないでしょう? 駄目じゃないですか。いくら退屈だからって悟空をいじめちゃ」 ただ聞いているだけなら普通の注意としか思えないだろう。しかし悟浄にはしっかりと八戒が怒っているという事実が分かってしまった。このままでは昼食抜きと言われかねない。悟空程ではないとはいえ、『食べる』と言う事に執着を持っている悟浄にその事実は辛い。しかも、最悪の場合昼飯だけでは済まない可能性も有るのだ。 「こいつがおとなしく『三蔵様がいなくて寂しい』って認めないからだよ」 せめてもの防衛策に、言い訳にならない様な言い訳を口にする。 「だから、別に三蔵がいなくても俺は寂しくねぇって言っているじゃん!」 赤くなった頬を両手で撫でながら悟空は唇をとがらせた。 「だったらどうして三蔵さんちの悟空くんのほっぺたに涙の跡があるのかなぁ」 悟空をからかう機会は一瞬足りとも逃すまいと思っているのだろうか。悟空のセリフに悟浄はしっかりと突っ込みを入れて来た。 「本当ですね……」 悟浄から視線を移すと八戒はしげしげと悟空の顔を覗き込む。そして指で悟空の涙の痕をなぞった。 「ともかく顔を洗って来てください。その間にご飯の用意をしておきますから。話を聞くのはその後でもいいでしょう?」 その瞬間悟空の腹の虫が盛大に自己主張をする。だが、今度は悟浄も突っ込みを入れなかった――入れられなかったの方が正しいのかもしれない―― 「で? 何で泣いていたんですか?」 食後のお茶を配りながら八戒が悟空に問いかける。 「……覚えてねぇよ……起きたらこうなってたんだか……」 悟浄とは違って直接突っ込みを入れては来ない八戒には悟空も素直にそう答えた。それがおもしろくないのか悟浄が口を開こうとする。しかし、それは八戒の視線に遮られてしまった。 「そう言えば、最近夢見が悪いって言っていませんでした? どんなふうに悪いのか教えてくれませんか」 直球勝負では求める解凍が得られないと判断したらしい八戒がすかさず質問を変えてくる。その問いを聞いて悟空は小首をかしげて見せた。 「……中身は全然覚えてないんだ……」 しばらくたってから小さな声でこう答える。 「全くですか?」 確認する様な八戒の言葉に悟空は頷いて見せた。 「ただ、とっても寂しい様な悲しい様な気持ちになったのだけは覚えているから……」 多分、その夢を見て泣いているんだと思うと言う言葉を悟空は口の中だけで呟く。 「しょっちゅうそう言う事があるんですか?」 「しょっちゅうって訳じゃないけど……三蔵がいない時の方が多いかも……」 記憶の中を引っ繰り返す様にして悟空は八戒の質問に答えていく。昨日の事も忘れている事が多い――と言っても、そのほとんどは覚えていない方がいい事だったりするが――悟空からすれば、かなり難作業らしいと言う事がそばで見ている悟浄にも判った。 (しかし、やっぱり三蔵サマが傍に居る時は夢見がいいわけね……本当になついちゃってまぁ……本人達がいいならいいんだけどさ。万が一の事が起こったらどうするんだろうな……) 自分もある意味今の悟空と同じような時期があっただけに、悟浄の心の中をふっと不安がよぎる。しかし、それを口に出せる程お人好しじゃないと思っている悟浄は、その代わりの様にたばこを口に挟んだ。 「三蔵がいると夢見が悪くないと言う事ですか?」 「わかんない……三蔵がいれば、夜中にベッドにもぐり込めるし、そうすれば安心して寝てられるけど……他の人と一緒に寝た事はないから、三蔵以外でもそうなのか判らないもん……」 確かにそうだろうと八戒だけではなく悟浄も納得する。寺院で悟空と同じ部屋で寝ようとするのは三蔵だけだろう。そして、三蔵がいれば悟空は他の人の家に泊まろう考える事をするはずがない。 三蔵は確かにしょっちゅう寺院を留守にするが、一月近くも出掛けているのは二人が知る限りこれが初めてなのだ。それに悟空が気軽に泊まれる様な知人というのも、ひょっとしたら彼らが初めてかもしれないし…… (人の家に泊まった事がなければ確かめようがないわな) さて、八戒がどういう対応をするのか。そんな事を考えながら悟浄は今まで唇に挟んでいたたばこをもみ消すと、新しいたばこを取り出した。 「じゃぁ、確かめてみましょう。どうせまだ三蔵は帰って来ないのでしょう。だったらここに泊まればいいんですよ。家なら僕だけではなく悟浄もいますからね。実験するには少々人数が少ないですけど、判断は出来ますからね」 それを耳にした瞬間、悟浄はせっかく火をつけたばかりのたばこを吹き出してしまう。 「って、オイ……俺も悟空と一緒に寝ろって言うのか?」 信じられねぇと言う表情で八戒を見ると悟浄はそう言った。 「そうです。別段男同士なんだからかまわないでしょう?」 「俺のベッドは可愛い女性専用なんだって」 八戒のセリフに悟浄はそう反論をする。しかし、その程度で八戒が許してくれるわけはない。 「たまには気が変わっていいじゃないですか。第一、悟浄のベッドなんて僕も何回か寝た事があるじゃないですか。悟空に貸してもいいでしょう」 この場に仲良くしている女の子がいなくてよかった……八戒のセリフを聞いた瞬間、悟浄は意味もなくそう考えてしまう。はっきり言って他の人間が聞けば思いっきり危ない誤解をしてくれそうなセリフであろう。 だが、この場にいたのはお子さま悟空である。 「え? 何?? 悟浄と八戒ってそんなに一緒に寝ているの??」 八戒の言葉を額面どおりに受け取ってそう詰め寄ってくる彼に、悟浄は苦笑を返すのが精一杯だった。 「で?」 ようやく寺院に戻って来た三蔵は、朝から押しかけて来た八戒に面倒くさそうな視線を投げつける。しかし、その程度でひるむ様な八戒ではない。いつもの微笑みを浮かべると口を開いた。 「ですから、三蔵の古着と後髪の毛も一本もらえませんかって言ったんですけど」 相変わらずつかみどころがない口調で八戒はもう一度同じセリフを口にする。 「何で俺がお前にそれらを渡さなきゃないんだ?」 気に入らないという表情を隠さずに三蔵は言い捨てた。 「夢見が悪いかわいそうな悟空のためにちょっと実験をしたいんですよ。でないと、三蔵が仕事でいない間に不眠症で悟空が倒れるなんて事になりかねませんからね」 八戒のそのセリフに三蔵は眉をつり上げる。 「どう言う事だ?」 その表情のまま八戒を睨み付けるとそう問いかけた。 「あれ? 知らなかったんですか?」 逆に八戒はそう聞き返す。その口調にほんの僅かだが物事を面白がっている様な雰囲気を感じたのは三蔵の気のせいであったろうか。 「知ってたら聞くか」 吐き捨てると言うのは、まさしくこういう口調だろう。今の三蔵のセリフを聞けば誰もがそう思うに決まっている。だが、そんな三蔵のセリフすら、八戒の笑顔を崩す事は出来ない様だ。 「それもそうですね」 三蔵に頷き返すと同時にあはははと笑い声まで漏らす。それに思わず三蔵は懐から拳銃を取り出したくなった。しかし、八戒の方が一瞬だけ早い。 「悟空は三蔵がいないと夢見が悪くてゆっくりと眠れないらしいんですよね。誰かと一緒に寝ればいいのかと思って僕や悟浄と同じ部屋で寝せたんですけど、やっぱり駄目だったんです」 「猿はいつでも寝汚かったはずだが?」 「だから、それはあくまでも三蔵が傍に居る時はでしょう? いない時の悟空は眠れなくてかわいそうでしたよ。何でしたら、今、悟空の顔をじっくりと見ていらしたらいかがです? 寝不足のせいでほっぺたのあたりがげっそりとしているはずですから……」 一言言えば十倍の言葉が八戒の口から飛び出してくる。他人を黙らせるのに『死ね』とか『殺す』と言って脅かす三蔵とは正反対の意味で相手の口を封じる事が出来るのが八戒だ。もっともその程度で黙る程可愛い性格を三蔵がしているわけがない。 「猿が寝不足だったのと俺の服と髪の毛がどう結びつくんだ?」 「簡単ですよ。それを使ってあなたの人形を作ってみようかと思っただけです。それで悟空の夢見が悪いのが解決すれば儲け物。しなくても悟空なら喜んでくれるでしょうし」 八戒のそのセリフに、三蔵は顔に『ぶっ殺す』と書いてしまった。それでも八戒はひるまない。 「まさかと思いますけど、三蔵は悟空が寝不足であの世に行っちゃってもいいんですか?」 さらにこう言ってくる。これにはさすがの三蔵も一瞬口ごもってしまった。 「その程度であの馬鹿猿が死ぬかよ」 無駄とは判っていても素直になれないのが三蔵なのかもしれない。 結局は悟空のためならと言いくるめられた形で八戒に望みの物を渡してしまった三蔵であった。 それから数日後、北の方の寺院の祭りのためにまた三蔵は悟空を置いて出掛ける羽目になってしまった。 既に数日前の出来事は三蔵の頭の中から消えている。 (全く、くだらねぇ事で人を呼び出すんじゃねぇ) と言うより、怒りのあまりかき消されてしまったといった方が正しいのか。 会議が紛糾するのは何時もの事。と言うのも、毎回お互いに責任を押しつけあっているからだ。さすがに三蔵に押しつけようとする人間は誰もいない。それをいい事に会議中のほとんどの時間を寝ている三蔵も三蔵だとは思う。だが、もし三蔵をくだらない事で起こしたらどうなるかを知っているものはあえてその事実を見ないふりをしているし、彼が命じられた事は――方法に少々問題は有るとはいえ――完璧にこなしている以上文句を言う事も出来ないのだ。なので、会議段取りの悪さにはいい加減慣れたと言えば慣れてしまっている。 では何故三蔵の機嫌が悪いかと言えば、ある意味簡単な事だったりする。途中で彼らが乗っていた馬がある僧侶のミスで逃げてしまったのだ。辛うじて捕まえる事が出来た馬は年より連中に優先に割り当てられてしまった。身分はともかく年齢は一番若い三蔵には当然馬が回って来ない。結局、夜通し歩いて寺院にたどり着いたのは、朝が早い寺院でもほとんどの人間が寝ている時間だったりする。 不機嫌な表情の三蔵が自室で見たものは、自分の身長の半分近くの大きさの人形を抱きしめて寝ている悟空だった。しかもよくよく見れば、その人形は金色の髪に紫の瞳をしている。 (……まさか……) ようやくここで三蔵は八戒がこの前あれやこれやを自分から強奪していった事実を思い出した。同時に今まで堪えて来たあれやこれやが三蔵の中で爆発する。 「起きろ! 馬鹿猿!!」 スパーンと小気味のいい音とともに三蔵の手にしたハリセンが悟空の頭にヒットした。 「……あれ? もう朝御飯??」 ある意味三蔵のそういう行動に慣れているのか――それとも、寺院に引き取られた当初しょっちゅうやって起こされていたせいか――ぼけぇっとした表情のまま体を起こしながら悟空はそう言う。 「それは何だ?」 それには答えず、三蔵は悟空にこう問いかけた。 「これぇ? 八戒がくれたんだけど……安眠のお守りだって」 そういった三蔵の態度には慣れている悟空はまだ半分寝ている様な口調で答える。やはりそうだったのかと三蔵は忌ま忌ましそうにため息をついた。そんな三蔵の様子に気づかないという様に悟空は言葉を続ける。 「これを抱いているとよく寝れるんだよね」 そして手の中の三蔵人形を嬉しそうに抱きしめた。年齢よりも幼いその仕種に、三蔵は毒気を抜かれてしまう。 (……あの野郎……それなりの礼をしとかねぇといけねぇだろうな……) 八戒に対してどんな報復をすべきか、三蔵はゆっくりと考えることにしたのだった。 三蔵が八戒に報復を出来たのかどうか、それは判らない。本人はもちろん八戒もあえてその事を口にしないからだ。ただ、悟浄のセリフの端々に返り討ちに遭ったらしいという事がうかがえられるのだが、それもまた彼お得意のおちゃらかしだという話もある。 ただこれ以降、悟空の夢見の悪さが鳴りを潜めたのだけがはっきりとした事実であった。 それから年月が経ち、三蔵達一行が西域へ向かう前の話である。 「この馬鹿猿!」 スパコーンと音をたてて悟空の頭に三蔵のハリセンがヒットした。 「なにすんだよ、三蔵の馬鹿!」 荷物をまとめる手を止めて悟空が三蔵を振り返る。目尻に涙を浮かべて同情を誘おうとしているのだろうか。だが、そのようなもの、三蔵に通用するわけがない。 「馬鹿はお前だろう! 何でそんなものを荷物に入れてているんだ!」 そう言いながら三蔵が指さしたのはあの八戒お手製の三蔵人形だった。 悟空が毎日抱きしめていたせいかかなりくたびれてはいるが、予想以上に綺麗なのはよほど大切にしていたからだろうというのが判る。しかし、それといつ帰れるかも判らない旅に持って行くのと言うのは話の次元が違うだろう。 しかし、悟空も負けてはいない。 「いいじゃん! 此処においておいて他の人にいたぶられるより、持ってた方が安心だもん!!」 三蔵の髪の毛が縫い込まれているらしいそれは、確かに呪いの形代として十分な効力を持っていると考えられる。ついでに、自分が他の僧侶達からそれなりに恨みを買っているらしい――もっとも、本人だけはその理由を知らなかったが――と言う事実も知っていた。 「だからといってなぁ……」 三蔵の声の調子が次第に弱くなっていく。 その後、その人形がどうなったか誰も知らない。 ちゃんちゃん |