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「なんとかなぁ……あいつらを一度焦らせて見てぇよな」 いっつもやりこめられているだけというのは性に合わない……と悟浄が呟く。 実際、今もしっかりと八戒からお小言を貰った挙句、有り金をほとんど巻き上げられてしまったのだ。これでは何とかして手持ちを増やさない限り遊ぶことも出来ないだろう。 しかも、こう言うときに限って、いつも行っている店が休みだと来れば…… 「マジで、することねぇじゃん」 いや、出来ることはあると言えばある。 というか、それ以外出来ないと言うべきか。 「……と言うことで、悪巧み、させて貰いましょうかねぇ」 これなら金はかからないし、十分楽しめる……と悟浄は笑う。それを八戒に見られなかったのは幸いだと言っていいのだろうか。 それを知るものは、まだ誰もいなかった。 「三蔵の馬鹿! ハゲ!! タレメ!!!!!」 悟空の声が寺院内に響き渡る。 「……今度は何をして三蔵様に怒られたのやら」 その声を耳にして、僧正が苦笑を浮かべた。 「聞いて参りましょうか?」 彼の呟きを耳にしたお付きの者が問いかけてくる。彼も寺院にしては珍しく悟空に対しては悪感情よりも好意の方が強い僧だった。 「それには及びません。あのくらいならば、まだ大丈夫でしょう」 本当にまずいときは、悟空は叫ばずに部屋から駆け出すのだ、と僧正は彼に教える。もっとも、そんな状況に陥ったことは片手の指でも余るほどしかないが。 「そうなのですか……三蔵様も怖い方だという印象しかないのですが、実は奥深い方なのですね」 僧正から書き終わったばかりの書類を受け取りながら、彼はこう告げる。その言葉に、僧正は楽しそうな微笑みを浮かべた。 「それはぜひ、ご本人の前で言って頂きたいセリフですね」 「ですが……」 「大丈夫ですよ。三蔵様のご機嫌を損ねない秘策を教えてあげましょう。悟空の前でそう言いなさい」 悟空が同意をするか、笑うかすれば大丈夫です……と告げる僧正に、そのようなものなのだろうか……と彼は悩む。だが、僧正がそう言うのであれば大丈夫なのだろうか、と彼は結論を出したのだった。 「……だれが馬鹿でハゲだと?」 のほほんとした空気の僧正の執務室と違って、三蔵の部屋は殺伐とした空気が漂っていた。ここで『タレメ』に関してはあえて突っ込まないあたり、本人にも自覚があるのだろうか。 「三蔵以外にいるのかよ!」 悟空が涙目でにらみ返してくる。 「俺の、どこが馬鹿でハゲだって言うんだ?」 だが、それを気にする三蔵ではない。逆ににらみ返すと三蔵が聞き返す。 「……額のあたりがやばくなってるって……悟浄が言ってたぞ……」 ぼそっと悟空が呟くように口にした。確かに悟浄にそんなことを言われた覚えは三蔵にもある。 「この馬鹿猿!」 反射的にハリセンを振り下ろした三蔵は、実は気にしていたのかもしれない。 「くだらねぇ事ばかり覚えていやがって!」 肝心なことはすぐに忘れるくせに、と三蔵は床に突っ伏している悟空を睨み付けた。 「三蔵の……生臭坊主!!!!!!!!!!!」 叫びとともに体を起こした。そう思った次の瞬間、三蔵の弁慶の泣き所を、悟空は思いきり蹴飛ばす。 さすがにこれには三蔵も耐えきれなかったらしい。蹴られた場所を押さえながら床にうずくまる。 そんな三蔵には目もくれず、悟空は勢いよく廊下へと駆け出した。そして、周囲のいさめる声も耳に入らないと言うように疾走していく。そのまま寺院の外へと飛び出していった。 こう言うときに悟空が取る行動は、最近は一つしかない。 八戒の所に行って泣きつく……と言うものだ。 三蔵なら怒るようなことでも、八戒は黙って聞いてくれる。そして、悟空が悪いときでも声を荒げることなく優しくどこが悪かったのかを教えてくれた。もっとも、それ以上に悟空を慰めてくれる方が多いのだが。 しかし、今日はそこまで辿り着くことは出来なかった。 途中で邪魔が入ったのだ。 「なんだ、小猿。また三蔵様と何かあったのか? で、八戒に慰めてもらいに行くわけ」 悟空の体を抱き上げながら、からかうような口調でこう言ってきたのは、悟浄だった。 「何すんだよ、このエロ河童!」 その体から漂ってくるアルコールの香りに辟易とした表情を作ると、こう叫ぶ。 「何って……小猿の捕獲に決まっているだろう?」 暴れ出した悟空の体をきつく抱きしめると、悟浄は低く笑う。 「ちょーっと相談したいこともあるしな」 そう言うと、悟浄は悟空の体を軽々と肩に抱え上げてしまった。 「なんだよ! 俺は八戒に用が……」 「三蔵のさ、驚いた表情……って言うの、見たくねぇ?」 悟浄のこの言葉に、悟空の抵抗が止まる。 「たまにはさ、やり返してみるのも楽しいぞ」 そんな悟空の耳に、悟浄の悪魔の囁きが届いた。 「……でも……」 それをするのはいい。だが、ばれた後のことが怖い……と思ってしまうのは、悟空の方がまだ学習能力があるからなのだろうか。 「大丈夫だって。俺がちゃんと責任を取ってやる」 その言葉をどこまで信用していいのか、と悟空は思う。 「……話、聞くだけだぞ」 ともかく、釘を刺しつつもこう言えば、悟浄がにやりと笑った気配が伝わってくる。 「素直なのが一番だって」 悟浄は言葉と共に歩き始めた。 「お、おい!」 「詳しいことは、いいトコに行ってからな」 でないと、逃げられるかもしれねぇし、と笑う彼にも、それなりに学習能力というものがあったのだろうか……と悟空は考えてしまった。三蔵にも八戒にも常々『あいつには学習能力がない』と言い切られていたはずなのに……と言う記憶しか悟空にはなかったのだ。 それでも、今は三蔵に対して起こっていたから、悟浄の提案が悟空にとってついつい魅力的に聞こえてしまったこともまた事実。 どうしようかと考え込んでしまったことがいけなかったのだろう。悟空はそのまま悟浄によって運ばれて行く。 ようやく悟浄の手から解放されたのは、街の一角にある小さな店だった。 「悟浄、この子なの?」 「やだ。本当に可愛いじゃない」 「好きにしていいのよね?」 いきなり現れた女性陣の言葉に、悟空はどう反応を返していいのかわからない。 「ご、悟浄?」 「協力して貰うの。普通にやったらぜってぇただじゃすまねぇんだから、二段構えで計画をしとくのが得策なんだって」 そうすりゃ、少しは雷が弱まるぞ、と悟浄は口にする。 「……一応、考えてたんだ……」 ぼそっと悟空が呟く。 「……おい、猿……テメェ、人のことなんだと思ってたんだ?」 怒るぞ、こら……と言いながら、悟浄は斜め後ろから悟空の首に腕を絡ませる。 「だって、三蔵と八戒がいつもいってるじゃん!」 悟浄には学習能力がないって……と悟空は手足をばたばたさせながら反論をした。 「……やっぱ、猿にもお仕置きしとかないといけないな……」 悟浄がにやりと笑う。 それ以上に、悟空には女性陣の笑顔の方が怖かった…… 「三蔵、珍しいですね」 玄関から入ってきた彼の姿に、八戒が怪訝そうな表情で問いかける。 「猿は?」 それには応えず、逆に三蔵はこう聞いてきた。 「今日は来ていませんよ?」 一緒じゃなかったのですか、と八戒が目を丸くすれば、三蔵はさらに渋面を深める。 「……あの馬鹿猿……」 三蔵が吐き出すように告げた言葉に、八戒の目が険しい光を帯びた。 「……悟空に、何かあったのですか?」 三蔵のほんのわずかな表情の違いから察したのだろう。八戒が押し殺した声で問いかけてくる。そんな彼の前に、三蔵は僧衣の袂から一通の書状を取り出すと、彼の前に放り出した。 これを読めと言うことなのだろうと判断すると、八戒はそれを拾い上げる。そして中を開いて書いてある文字に目を通す。 次第に彼の背負っている雰囲気が黒く渦巻いていく。 「……どこの馬鹿ですか、こんな事を言ってくるのは……」 はっきり言って、悟空の前では絶対に見せないであろう表情を今の八戒は何のためらいもなく三蔵へと向けていた。 「んなの、一人しかしらねぇな、俺は」 いつの間に取り出したのか。三蔵は口にたばこをくわえながら言い返す。 「ですよね」 二人の脳裏に浮かんだのは同一の人物。 「でも、問題なのは、どうして悟空がそれに乗ったか……と言うことですよね」 もっともな疑問を口にした瞬間、三蔵が何気なく視線をそらす。 「……事前に、そうしてもおかしくない理由があった……と言うことですか?」 ふぅん、と笑う八戒の表情は悟空や悟浄が見れば今すぐ逃げ出したくなってしまうものだろう。 「出かける約束をしていたのが、無能もののせいでパーになった。で、馬鹿猿が飛び出したと言うだけのことだ」 ある意味いつものことだ……と付け加える三蔵に、八戒も納得したような表情を作る。確かにそれはいつものことだ。 「……ただ、今回はちょっと様子が違っていてな……猿が飛び出すときに着ていった服が手紙と一緒に届けられたんだよ」 吐き出すように三蔵が口に出した言葉に、八戒の周囲の気がさらに黒くなる。 「あの人は……悟空に一体何をしたんですか」 「俺が知っているわけねぇだろうが!」 二人の間で火花が散った。 しかし、それはすぐに消える。 「僕たちがここでにらみ合っても意味がありませんね……とりあえず、悟空を取り戻す方が先決でしょう」 「だな……報復はその後でも出来るか」 二人の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。それは周囲の気温を下げるのに十分なものだった。だが、それを指摘するものはこの場にはいない。 「と言うわけで、つきあえ」 「もちろんです」 言葉とともに二人は行動を開始した。 「……なぁ、悟浄……」 悟浄の前に座らされた悟空が、ぼそっと呼びかけてくる。 「やっぱ、やめようぜ……ぜってぇ、あの二人に怒られるってば」 今なら謝れば許してもらえるだろうと悟空が言外に付け加えるが、悟浄は聞く耳を持たないと言うようにたばこを吹かしていた。 「悟浄ってば!」 「るっせぇよ、猿。もう遅いって」 そう言いながら、悟浄が笑いを漏らす。 「ほら、二人が駆けつけてきたぞ」 言葉とともに窓の外を悟浄が指さした。その動きに反射的に悟空もそちらへと視線を向けてしまう。 「……怒ってる〜〜」 次の瞬間、悟空が泣きそうな声でこういった。 「ぜってぇ、三蔵に飯抜きって言われる〜〜」 だが、彼の問題はどうやら別の場所にあるらしい。 「……まぁ、猿らしいと言えば猿らしいのか……」 しょせんは食い気かよ……と悟浄は苦笑を浮かべる。 「心配するな。そのための二段構えだ!」 間違いなく、今回は成功するだろう……という妙な自信を悟浄は見せた。しかし、そんな悟浄を悟空は疑いのまなざしで見つめている。 「……んな事言って、怒られたらどうすんだよ!」 「大丈夫だって。ちゃんと約束通り好きなもん喰わせてやっから」 この言葉に悟空は気まずそうな表情を作った。結局、食べ物で懐柔された……というのは事実だからだ。それを三蔵に知られたらどうなるか……と考えるときが重くなる。 彼ら耳に、階下での騒ぎが届く。 同時に、階段を駆け上がってくる足音。 「このエロ河童! テメェ!」 家の猿に何を……と言おうとしたのだろうか。それとも別のセリフを口にしようとしたのか。 だが、三蔵はぽかんと口を開けたまま固まっている。 その珍しい表情に悟空も驚いたというように目を丸くしていた。 「三蔵?」 二人がいたんじゃないですか? といいながら八戒も顔を覗かせる。 「……悟空……ですよね……」 三蔵と同じように、悟空の姿に目を丸くした。それでもなんとかこう言えるだけ、三蔵よりも衝撃が少なかったと言うことだろうか。 「ほらな。二人の間抜け面がちゃんと拝めただろう?」 それを見ていた悟浄が、楽しげな口調で悟空に話しかけてくる。 「やっぱ、なんかちがくねぇ?」 「ちがわねぇって」 「だけどさ」 そんな悟浄に向かって、悟空が心配を隠せないと言う表情を作りながら言葉を返した。こういうときの三蔵は後々が怖い、と経験上知っているのだ。 「やっぱ……」 悟空が何かを口にしようとしたときだった。 怖気立つというか、本能的な恐怖というか。そう言うものを感じて、悟空は咄嗟に悟浄から離れる。 その悟空の髪をかすめるように、八戒の気が飛んでいく。もちろん、目標は悟浄だ。 「ぐぇっ!」 ねらいははずれることなく、悟浄を捕らえる。 「悟浄!」 そのまま気絶をした悟浄に、悟空が慌てて声をかけた。 「ともかく、悟空の着替えをどうにかしないといけませんね」 「……その後で、バ河童のお仕置きか」 「ですね。どうやら、悟空は一応止めようとしていたようですし」 口元に冷笑を浮かべながら言葉を交わしあう二人の姿に、悟空は思わず涙目になってしまう。 「それに、こんな馬鹿な格好をさせられただけでも、悟空へのお仕置きは十分でしょうしね」 可愛いのは可愛いですけど……これではねぇ……といいながら八戒は苦笑を浮かべる。 「少なくとも寺には連れて帰れねぇな」 三蔵は三蔵で、ため息とともに言葉を口にした。 「しかし、馬子にも衣装って言うのはマジだったとはな」 そう言われる悟空の格好は、女の子に最近はやりのメイド風ドレスだった。しかも、長い髪をきれいに結われた挙句、化粧までされている。これなら、遠目には女の子だと言われても信じる馬鹿がいるかもしれない、と八戒もため息をつく。 「……やっぱ、飯抜きかなぁ、俺……」 悟浄の馬鹿野郎……と呟く悟空の言葉に、同意を示してくれる者は誰もいなかった。 その後、悟浄がどうなったのか、誰も知らない。 ただ、悟空の腹が空腹を訴えなかったのだけは事実だった。 ちゃんちゃん
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