三蔵が出かけるというので、悟空はいつもの通り八戒達の所へ預けられていた。
 だが、悟空にとって不幸なことにその日から大雨が降っている。いつもなら三蔵がいない寂しさを外に遊びに行くことで解消していたらしいのだが、この天気では不可能だろう。もっとも、この天気だというのにしっかりと遊びに行っているマメ――と言っていいのだろうか――男も若干一名存在していたが。
 仕方がなく悟空は本を読んでいたのだが……
「……八戒……」
 ふっと顔を上げたかと思うと、悟空は側で繕い物をしている八戒に呼びかける。
「何ですか?」
 おなかでもすきましたか……と付け加えてしまうのは、今までの悟空の言動の積み重ねからだろう。
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」
 だが、悟空の用事は別のことだったらしい。八戒の言葉に苦笑を浮かべつつさらに問いかけの言葉を口にした。
「もちろんですよ」
 何かを知りたいという欲求を悟空が見せたときは、知っている限りのこと教えてあげようと考えている八戒は、即座に頷いてみせる。
「何がわからないのですか?」
 そして、微笑みながら次の言葉を促す。
「あのさ……おへそってなんの意味があるんだ?」
 小首をかしげながら悟空が口にしたのはこんな質問だった。
「おへそですか?」
 もっとも、その疑問自体は珍しいものではない。子供の多くはこの疑問を口にするのだ。もっとも、普通はもっと幼い年齢で抱く疑問ではある。
「おへそはですね、お母さんのおなかの中で栄養をもらうくだの後なんです。だから、お母さんのおなかの中からでてしまえば必要がないものではありますね。でも、お母さんのおなかから生まれた……という証拠でもあるわけです」
 ここまではわかりましたか? と小さな子供を教えていたときと同じ口調で確認を求める。
「……って事は、お母さんのおなかの中で育たないとおへそはできないわけ?」
 どうやら、八戒の説明だけで悟空はそこまで判断したらしい。確認するように聞き返してきた。
「そう言うことです。蛙や魚におへそがあるのを見たことはないでしょう?」
「うん」
 言われてみれば、蛙や魚のへそってみたことはないと悟空は頷く。
「でも、サメみたいな生き物やカモノハシというようなものもいますからね」
 これらは特別な生き物ですから……と八戒は付け加える。
「カモノハシは卵を産みますし、サメの中にはおなかの中で赤ちゃんを育てる種類もあります。イルカやクジラは海に住んでいますけど、人間やなんかと同じ仲間ですからね」
 例外もあるのだと教えておかなければ、後々からかわれるだろうと判断して八戒は説明を付け加えた。もちろん、そんなことをするのは一人しかいないだろう。
「……そうなんだ……じゃ、俺におへそがあるのもおかしくないのかな?」
 しかし、悟空がこんなセリフを返してくるとは八戒も予想していなかった。
「……はい?」
 いったいどういう意味なのか……と八戒は言外に問いかける。
「俺って、石の卵から生まれたらしいんだよな。それなのにおへそがちゃんとあるじゃん。だから、何か意味があるのかなって思ってただけなんだけど」
 普通と違う生き物もあるならおかしくないのか、と言って悟空は笑って見せた。
 はっきり言ってしまえば、それは間違いなく『誤解』というものであろう。
 しかし、さすがの八戒にも『どうして悟空におへそがあるのか』という点に関しての正しい答えは持ち合わせていない。
 一番無難な考えとしては、人の中に混じって生活をするのに一番ふさわしい『形』を『大地』が与えたと言うことではないだろうか。
 だが、これは悪までも八戒の推測であって、正しい答えだとは言い切れない。
(……こういう事は、三蔵に責任を持って答えてもらうべきなんでしょうねぇ、本当は)
 もっとも、三蔵に『常識』を教えろと言うことはかなり無謀なことだとは八戒もよくわかっている。逆に彼が育てたというのに、悟空がこんなに素直だという事が奇跡なのではないかとすら思っているほどだ。
(悟空が納得しているのなら、いいことにしましょう)
 八戒は無理矢理自分を納得させる。
「そうかもしれませんね」
 そして、いつもの笑顔を浮かべると頷いて見せた。
「ところで悟空。本当におなかは減っていませんか? そろそろこの前作ったバナナケーキが食べ頃なんですけど」
 これ以上、悟空のおへそに関する質問を受け付けると何かやばいことを口走りそうだと判断した八戒は、彼の意識をそらすためにこう言う。
「食べる」
 食べ物の話を悟空が否定するわけがない。即答を返す彼に内心ほくそ笑みながら八戒は立ち上がった。
「飲み物は紅茶でいいですか?」
「んっと……あのお花の香りがするのがいいな」
 八戒のこの問いかけに、少し考えてから悟空がこう答える。
「ハーブティーのことですね」
 はいはいと微笑みを返すと、八戒はそのままキッチンへと向かった。悟空から見えないところまでくると、八戒は小さくため息をつく。
「ひょっとして、次の質問は性教育関係になるのでしょうかね」
 だとすると、勝手に教えることはできないだろう。迎えに来た三蔵と話し合う必要があるかもしれない……と考えながら、八戒はおやつの用意を始める。
「少なくとも、悟浄に変なことを吹き込まれる前に、きちんと教えておくべきでしょうしね」
 でないと、後々大変だと八戒は判断をした。
「まぁ、すべては三蔵が帰ってきてからのことですね。それまではしっかりと見張っていればいいわけですし」
 誰を見張るのかはあえて確認する必要はないだろう。
 そして、おそらく待ちかねているだろう悟空の元へと用意したおやつを運んでいったのだった。


ちゃんちゃん