「八戒、八戒!」 八戒自慢の家庭菜園での収穫を手伝っていた悟空が、不意に声を上げた。 「どうしました?」 手を止めると、八戒はいつものようにこう聞き返す。 「これとこれって、同じ種類なんだよな?」 そう言いながら悟空が差し出したのは、豆だった。ただ、一つはきれいな緑色をしているけれども、もう一つの方は黄色みががかっている。 「そうですよ」 悟空が何を言いたいのか、八戒にはだいたい想像がついた。もちろん、それが悪いというわけではない。むしろその観察眼をほめてやりたいと思っている。 「じゃ、何で形が違うんだ?」 八戒の予想通りの言葉を悟空は口にする。 「それとも、味も違うのか?」 しかし、それに続いたセリフはいかにも彼らしいものだった。 「味に違いはないと思いますよ。形が違うのは……ちょっと説明が面倒になりますから、これを終わらせてから家の中でしてあげましょう。それではいけませんか?」 お茶も飲みながらできますし……と言われては、悟空に異論があるわけがない。 「わかった」 大きく頷くと、悟空は再び手を動かし始める。 「本当、悟空はいい子ですよね」 八戒はそんな悟空の様子に笑みを深めると、自分も作業に戻ったのだった。 悟空の前におやつと飲み物を置くと、八戒は彼の反対側へと腰を下ろした。 「先ほどの話ですけどね」 そう言いながら、八戒はテーブルの上に二種類のビーズを置く。 「豆の中には遺伝子という生き物を作るための設計図があります。それは二組で一つなんですね。で、それはたとえるならこんな風に緑・緑、緑・黄、黄・緑、黄・黄の四種類あります」 ここまではいいですか? と八戒が確認をすれば、悟空は素直に頷く。 「それがバラバラになって新しい設計図を持った豆ができるわけです。このとき、黄色よりも緑の方が強いので、緑・緑、緑・黄、黄・緑の三種類の設計図を持っている豆は緑色になります。でも、設計図の中には黄色のもありますでしょう? だから組み合わせていくと、ほら、黄・黄の組み合わせもできるんですよ」 指先でビーズをあれこれ組み合わせながら、八戒は説明をした。 「……じゃ、緑色の豆の中にも、来年蒔くと黄色のがなるのがあるのか?」 八戒の説明の中から、悟空は次の疑問を導き出したらしい。そのセリフから推測すると、どうやら悟空はちゃんと八戒の説明を理解したようだ。 「えぇ。でも、どれがそうなのかは見た目ではわからないんですよね」 それに、これは全部夕ご飯のおかずになりますし……と八戒は付け加える。 「そうなんだ。結構面倒なんだな」 悟空はこう口にすると、八戒お手製のパンケーキを一切れ、口の中に放り込んだ。 「でも、それって誰が調べたわけ?」 八戒が知っていると言うことは、誰かが調べて、その結果が本になっていると言うことだろう。悟空はそう考えたのだ。 「メンデルという、神父さまですよ。長いこと、畑で観察をして結果をまとめたのです」 すごいですよね、と八戒は付け加える。 確かに、その集中力と根気には感嘆に値するであろう。 しかし、悟空はほんの少しだけ別の感想も抱いたらしい。 「……あのさ……」 こんな事を聞いていいのかどうかというそぶりで口を開く。 「何ですか?」 微笑みを浮かべると、八戒は悟空の言葉を促す。 「神父さんって、暇なのか? 三蔵、んな暇ないじゃん」 もっとも、三蔵の場合はその前に面倒だからと無視するに決まっているけど……と付け加えられた悟空の判断は正しいだろう。 「……確かに、三蔵ほどは忙しくない人だったそうですよ……」 しかし、それは彼が特別だったと思うのだが、八戒はそれを悟空に伝えようかどうか悩む。第一、三蔵よりも忙しい人間なんかいるのだろうか。 とりあえず、その点については触れない方がいいかもしれない……と判断をして八戒は口を開いた。 「でも、そう言う人でないと無理でしょう。年に一回のことですし、どこに何を植えたのかとか豆を一つ一つよりわけるとかしないといけませんからね」 その手間暇を考えると、三蔵のように短気な人間では無理だろうと八戒は付け加える。 「……三蔵も、仕事だと気が長くなるぞ。この前も何とかってお経を延々と書き写してたし……」 その他の時は思い切り短気だけど……と悟空はつぶやいた。 「三蔵は、ある意味まじめですからねぇ」 三蔵が写経をしていたというのであれば、どこからかの依頼であろう。そう言うときには手を抜かないのが三蔵だ。見栄もあるのか、おそらく完璧なものを書き上げたはずだ。 「でも、あくまでもこれは趣味で行った実験だそうですからね」 間違いなく、手をつける前に誰かに押しつけますね……と八戒は断言をした。 「……フォローできねぇ……」 それに対し返す言葉を見つけられなかったとしても、悟空に罪はないであろう。 「もっとも、その神父さんのおかげで、今あれこれ応用できているのですけどね。豆ではなく人間の血液型も同じようなパターンで推測できるのですよ」 八戒は、そんな悟空の意識を別方向に向けようとこう言う。 「じゃ、悟浄の子供もわかったりするんだ」 「その可能性は否定しませんね」 もっとも、あの男に子供ができるかどうかと言うとまた別問題なのであるが…… しかし、この言葉が後日思わぬ波紋を呼ぶことになるとは、このときの二人は予想もしていなかった。 ちゃんちゃん
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