「三蔵」
 買い出しに言っていたはずの悟空が、両手に大きな袋を抱えながら駆け込んできた。
「るせぇぞ、猿」
 口ではこう言いながらも、三蔵は珍しく機嫌がいいようだ。ハリセンが悟空の頭に飛んでいくことはない。
「どうかしたのですか?」
 その代わりというように、八戒の柔らかな声がこう問いかけてくる。
「それに、悟浄は?」
 一緒に買い物に行きましたよね? と付け加えながら八戒は悟空の腕から荷物を受け取った。
「んっと……おもちゃ屋さんに入ってった」
 悟空のこの言葉に、八戒だけではなく三蔵も目を丸くする。悟浄とおもちゃ屋というのがうまく結びつかなかったのだ。
「ところでさ、大人のおもちゃ屋さんって何売ってるんだ?」
 だが、悟空のこのセリフがそんな二人の脳裏からすべての疑問を吹き飛ばしてしまう。
「大人のおもちゃ屋さん……ですか?」
 それならば十分に納得できる、と八戒は頷く。そのまま三蔵へと視線を向ければ、彼の方はなにやら悩んでいるようだった。
 考えてみれば、彼のこの手の知識も数年前は悟空とそう大差なかったはず。
 あれから自分なりに調べているらしいが、さすがにここまではまだ行き着いていなかったのかもしれない。
「……さて、どうしましょうね……」
 八戒は口の中だけでこうつぶやく。
「八戒、どうかしたのか?」
 何を言ったのかまでは聞こえなかったのだろう。悟空が聞き返してくる。
「悟浄が行ったのは、どのおもちゃ屋さんかなと思っただけです」
 とっさに、八戒はこんなセリフを口にしてしまった。
「……どういうこと?」
 意味がわからないと言うように、悟空は小首をかしげてみせる。
「おもちゃ屋さんには種類があるんですよ。ですから、行ってみないとわからない……のですが……悟空はおなかがすいていますよね?」
 悟空が腹減っていないときがあるのか……と思わず三蔵は心の中でつっこんでしまう。だが、八戒の視線を見ると、なにやら考えがあるらしいので、あえてそれについて口を挟むのはやめた。
「もちろん!」
 おなかがすいているというにしては元気がいい返事を悟空は口にする。だが、八戒には気にならないらしい。
「じゃ、下で肉まんを買ってあげますね。その後で、僕と三蔵はそのお店を見てきたいと思いますので、場所を教えてくれますか?」
 にっこりと微笑みながら、八戒がこういった。その瞬間、三蔵にも彼が何を考えているのか理解できた。悟空に知らせずにこれからのことを相談したいのだろう。
「何なら、ついでに飲茶を二三品追加してやるが?」
 そのためには、自分たちが帰ってくるまで悟空にうろちょろされては困る。そう判断してのセリフだったのだが……
「……三蔵、どうかしたのか?」
 三蔵のセリフを聞いた悟空が、思い切り目を丸くしながらこう問いかけてきた。
「……だったら、喰うのをやめるか?」
 それに対して、三蔵が脅しともとれる言葉を口にする。
「やだ!」
 即答をしてくる悟空に、三蔵と八戒は思わず微少を浮かべてしまう。
「ですから、おとなしく場所を教えてくださいね」
 食べ物に懐柔されてしまった悟空は、あっさりと八戒の疑問に道順を――覚えているだけだが――白状してしまったのだった。

 悟空に山ほどおやつをあてがってから、二人は宿を後にした。
「猿をおいてきたってことは、やっぱ、その手の店なんだな?」
 悟空がいなくなたせいか、三蔵はためらうことなく八戒に問いかける。
「悟浄が喜んで入っていくような場所ですからね。教育上いいわけないじゃないですか」
 知らないで住めばそれでよかったのに……と八戒は言外に付け加えた。
「本当に、自分の欲望にだけは正直ですからね、悟浄は……ったく……あの手の店は元々あまり人目につくような場所にはないはずなんです」
 悟浄が故意に悟空を連れて行った可能性も否定できないと八戒は怒りを隠せない様子である。
「ったく……猿をんなとこにつれてきゃ、間違いなく興味を持つに決まってるだろうが……」
 本当に余計なことをしくさりやがって……と三蔵は舌打ちをした。
「で、詳しくはどんなもんを売ってんだ?」
 とりあえずそれだけを確認しておこうと三蔵は八戒に問いかける。
「……知らない方がいいと思いますけど……」
 それに対して、八戒は言葉を濁す。
「知っとかねぇと、また同じようなことになったら困るだろうが」
 三蔵はさらにこう付け加える。その理屈は八戒も納得できる……というかするしかないだろう。
「……ショックを受けて動けなくなったら、そこいらへんに捨てていきますからね」
 仕方がないと言うようにため息をつくと、八戒は言葉を続けた。
「大人のおもちゃというのは、SEXの時に使う道具のことです。性器を模した物や特殊なプレイに使用する物などを売っているわけですね」
 そういれても、三蔵には想像できないらしい。
「……ともかく、河童向きだと言うことだけはわかった……」
 後で何とかして実物について調べるしかないか……とため息をつきつつ、三蔵はこう言葉を返す。
「それだけわかっていれば十分ですよ」
 八戒がこう言ったときだった。二人は悟空が教えてくれた店の前へと辿り着く。
 いったいどういう偶然であったろう。
 ちょうど悟浄が店から出てきた。
「……これはこれは……ものすごい偶然ですね、悟浄」
 それに気がついた八戒が口元に笑みを浮かべながら声をかける。もちろん、その瞳はまったく笑っていない……どころか冷たい色をたたえていた。
「げっ!」
 二人の存在に気がついた悟浄がその場で凍り付いている。
「……猿に飛んでもねぇ事を吹き込みやがって……」
 三蔵は三蔵で遠慮なく懐から銃を取り出すと悟浄へとねらいを定めた。
「しかも、一度戻ってきてからならともかく、自分の分の荷物も悟空に押しつけてくれましたしね」
 これはがまんできませんといいながら、八戒も手のひらに気を集めている。
「……お、俺が悪うございました……」
 このまま殺されてはたまらない……と悟浄が慌てて謝罪の言葉を口にした。
「テメェの反省は信用できねぇな」
「そうですね。今まで何度その言葉にだまされたことか」
 だが、二人ともそれで納得するわけがない。さらに詰め寄られて、悟浄は本気で心臓が止まってしまうかと思ってしまう。
「じゃ、どうすればいいんだよ!」
 それでも何とか活路を見いだそうと、悟浄はこう口にする。
「……そうだな……」
「そうですね」
 異口同音に口にしながら、三蔵と八戒は顔を見合わせた。そして、視線で何事かを話し合う。それがとても怖い悟浄であった。

「何、悟浄。んなもん、買ってきたわけ?」
 そう言いながら、悟空がうれしそうに見つめているのは麻雀セットだった。
「ま……まぁな……」
 引きつった笑いを浮かべながら、悟浄が頷いてみせる。もちろん、自分から進んで購入してきたわけではない。命と引き替えにこれを強制的に購入させられたのだ。しかし、その事実を悟空に知られるわけにはいかないだろう。
「じゃ、さ……これのやり方、教えろよ」
 四人いればできるんだろう? と付け加える悟空に、悟浄はため息をつきつつ頷いて見せた。

「……あのエロ河童……いったいどこで使うつもりだったんだ、んなもん……」
 そのころ、隣の部屋では三蔵が忌々しそうに悟浄の本来の購入物をにらんでいる。
「そうですよね。男四人だって言うのに」
 それとも自分で使うつもりだったのでしょうか……と言いながら八戒が取り上げたのは、いわゆる電動こけしというやつだった。
 もちろん、既にそれをどのように使うのかは三蔵も知っている。
 だが、知らなかった方がよかったかもしれない。
 八戒の言葉の内容を想像した瞬間、思い切り気持ち悪くなってしまったのだ。
「……考えたくねぇ……」
 こうつぶやいてしまう三蔵に罪はないであろう。

 翌日、三蔵が熱を出してしまったせいで一行は出発できなかったのは事実だった。
 いったい誰のせいなのか。
 それを知っている者は誰もいない……と言うことにしておこう。


ちゃんちゃん