「なぁ、八戒……」
 事の起こりは、いつものように悟空の疑問から始まった。
「何ですか?」
 八戒も慣れたようなそぶりで微笑みを返す。昔子供を教える仕事に就いてくる彼には、こうやってわからないことを聞いてくる悟空は、可愛い生徒のようなものなのだ。
「赤ちゃんってさ……コウノトリが運んでくんのか? それともキャベツ畑にいるのか? 悟浄は木の股から生まれてくるんだって言ってたけど……どれが本当なんだ?」
 いつものように無邪気な口調で悟空は八戒を見上げてくる。その瞳は、好奇心で輝いていた。
「……えっと……」
 その視線にはんして、何と答えるべきか……と八戒は悩んでしまう。
 悟空も既に小さな子供ではないのだから、ありのままを教えてもいいとは思う。思うが、自分だけの考えで物事を進めるわけにはいかないのだ。
(……三蔵にも確認を取っておかなければいけないでしょうしね……)
 悟空の怖い保護者を思い浮かべて、八戒は小さくため息をつく。
「……八戒?」
 微笑んだまま黙ってしまった八戒を不審に思ったのだろう。悟空が彼の名を口にする。
「あぁ、すみません。いったいどこでそんな説明を受けてきたのだろうと思っていたのですよ」
 それがわからないと、どこをどう説明していいのかわからないでしょう、と八戒は付け加えた。もちろん、そんなことはない。はっきり言ってしまえば、ただの時間稼ぎなのだ。ただ、それを悟空に悟らせないところはさすがだとしか言いようがないだろう。
「どこって……昔三蔵に聞いたときはコウノトリが運んでくるんだって言ってたし、じいちゃんに聞いたらキャベツ畑からだって言われたし……悟浄は悟浄で、木の股からって言ってたし……」
 みんな言っていることが違うんだもん、と悟空は唇をとがらせた。
「……なるほど……と言うことは、それ以前からきちんと説明をした方がいいのでしょうか。そのためにはちゃんと資料を使った方が良さそうですね」
 あれこれ準備をしなければなりませんしという言葉の裏には、三蔵にもきちんと話を通しておくという意味も含まれているのは言うまでもないであろう。
「今教えてくれねぇの?」
 だが、悟空にしてみれば納得できない内容であったらしい。唇をほんの少しだけとがらせながら、こう問いかけてくる。
「きちんと理解をしないと、後々、悟浄にからかわれますよ。今日だって、結局、悟浄に嘘をつかれたから僕の所に聞きに来たのでしょう?」
 そんな悟空に、八戒は感で含めるような説明をした。
「……だけどさ……それまでのあいだに悟浄がからかってきたら……」
 それが一番気にいらねぇと態度で示しながら悟空が口にする。
「大丈夫ですよ。悟浄には僕から念入りに話しておきますから」
 にっこりと微笑んでいるだけなのに、妙な圧力を八戒から感じてしまうのは悟空の気のせいであろうか。同時に、八戒がこう言うときはきちんと対処してくれることでもあるとわかっている。
「……ならいいけど……」
 それでもまだあきらめきれないという態度を崩さずに悟空はこう口にした。
「と言うことで、おやつを食べませんか? おととい、バナナケーキを焼いたんですよ。ちょうど食べ頃だと思うのですが……」
 だが、八戒の方が一枚どころか百枚も上手である。即座に悟空の注意をそらすセリフを口にした。
「喰う!」
 打てば響くように悟空の口からこんなセリフが飛び出す。そんな彼の反応にうまく意識をそらせられたと判断して、八戒はほくそ笑んだ。

「と言うわけで……悟空に性教育をしたいと思いますが……どこまでならかまいませんか?」
 いつまでも帰ってこない悟空に焦れたらしい三蔵が、彼を迎えに来たのを捕まえて八戒がこう切り出す。
「……何の話だ?」
 その八戒の言動に、一瞬あっけにとられたような表情を作った三蔵はようやくこう聞き返す。
「あなた方が悟空に適当な話をそれぞれ吹き込んでくれたおかげで、とんでもない誤解をしているようなのですよ。このままだと、悟浄が下手なセリフを口にしても信じてしまいそうですし……その前にきちんと正しい知識を与えておいた方がいいと思っただけです」
 でないと、からかわれて終わりになってしまって、悟空が切れるでしょうし……と八戒は微笑みながら付け加える。
「好きにしろ」
 ここで下手なつっこみをいれて八戒にぐちぐちとイヤミを言われるより、さっさと許可を与えた方がましだ……と判断したのか、三蔵はあっさりと許可を与える。
「わかりました。好きにさせて頂きますね」
 あっさりと許可をもらえて拍子抜けをしたのだろうか。八戒はいささか毒気を抜かれたような表情で言葉を返す。
「……で? いったい何からんな話になったんだ?」
 そのくらいは確認させろ、と三蔵は逆に聞き返す。
「赤ちゃんがどうやって生まれるか……という話を悟浄にされたのだそうですよ」
 八戒のこの言葉に、三蔵はふっとなにかを考えるかのような表情を作る。
「赤ん坊って言うのは、コウノトリが運んでくるんだろうが」
 違うのか……といつもの口調で言われて、八戒はどんな反応を返せばいいのかわからなくなってしまう。そして、珍しいことにそのまま凍り付いてしまった。
「……まさか、三蔵から教育しないといけないとは……」
 ようやく我に返った彼は、何とかこう口にする。
「どういう意味だ?」
 八戒の言葉に、三蔵は不快感を隠さない。
 さて、そんな彼をどうやって説得していくか……考えてみれば、悟浄に悟空をからかわないようにさせる方がよほど楽だろう。そんなことを考えると、八戒は大きなため息をつく。
「……じゃぁ、どうして、妊娠している女の人がいるのでしょうね……」
 そして、こう口にする。
「……それは……」
「悟浄に知られたくありませんよね? なら、悟空と一緒に話を聞いてください」
 八戒はたたみかけるように言葉をつづった。その言葉に、三蔵は反論できないらしい。素直に頷く。
「やぶ蛇ってこう言うときにも使っていいセリフでしたっけ」
 そんな彼の反応に安堵しながらも、八戒はぼやいてしまった。

 後日、八戒の説明を聞いた二人の反応がどうだったか……それはまた別の話と言うことで……


ちゃんちゃん