自室に戻ってきた悟空の顔を見た瞬間、三蔵は嫌な予感におそわれてしまった。
「三蔵」
 だが、それが悟空に伝わるわけがない。彼は三蔵の顔を見た瞬間、ほっとしたような表情を作ると口を開いた。
「……何だ?」
 渋々といった口調を隠さずに、三蔵は聞き返す。
「あのさ、しゅうどうって何?」
 無邪気な口調で悟空がこう問いかけて来た。それを耳にした瞬間、三蔵は自分の予感が当たったことを知る。
(……『しゅうどう』って言うのは『衆道』のことだよな……)
 このような場所だから、よけいに仕方がないと言うこともわかるが、それ以上に問題なのは、悟空がどこでそのような単語を聞いてきたのか、と言うことの方だった。
「三蔵?」
 黙ってしまった三蔵に、悟空は不安そうな表情を見せる。
「誰が、んな事セリフてめぇに教えたんだ?」
 質問に答える前に、それを教えろ……と三蔵は逆に悟空に聞き返した。
「誰って……ほら、あのハゲ……」
 えっと……と言いながら、悟空は首をひねっている。三蔵にしても、最初から悟空がすんなりと人名を口にするとは思っていない。悟空が名前を知っているのは、本の数人しかいないのだ。 「……この寺院でハゲてねぇのは、俺の他には数人しかいねぇぞ」
 三蔵ため息をつきながら、もっと詳しい人物特定を行うための情報を引き出そうとする。
「んっと……この前、俺に西瓜くれた中の一人で、三蔵があんまり側に寄るなって言った奴……だったと思う……」
 少々自信がなさそうな口調で悟空はそう言った。悟空も自分の記憶力のなさを自覚しているようなのだ。
「……あいつか……直接、お前に『衆道』なんて言ったのか?」
 さらに質問を付け加える。
「違う。俺の名前が聞こえたから何かなって思ったら、そんな話をしていただけ。他に、俺が三蔵の『稚児』なのかって言ってたけど……」
 そう言えば、『稚児』も意味わかんねぇや……前にも何回か言われたことあるけど……と、悟空は付け加えた。そのセリフを耳にした瞬間、三蔵は大きくため息をつく。
(あいつらは……何でんな下卑た想像しかできねぇんだよ……)
 三蔵が悟空を手元に置いている理由をそれしか考えられないのか……と本気で怒りたくなってきた。だが、今はそれよりも先にしなければらないことがある、と辛うじて三蔵は自分を押しとどめる。
「……聞いちゃ駄目なことだったのか?」
 苦虫を噛み潰したような表情をしている三蔵に、悟空はおずおずとした口調で問いかけてきた。
「じいちゃんに聞いた方がよかったのかな?」
 囁くような声で付け加えられた声でつぶやかれた言葉に、三蔵はぎょっとしたような視線を向ける。
「……それだけはやめろ……」
 確かに悟空に問いかけられれば喜んで教えるだろう。だが、ついでとばかりによけいなことまで吹き込む可能性がほんのわずかだがあるのだ。それを考えれば、悟空を止めたくなったとしても無理はないだろう。
「じゃ、三蔵が教えてくれるのか?」
 悟空は期待に満ちたまなざしを三蔵へと向ける。
 この視線は三蔵を苦悩へと落とし込んだ。
(適当にごまかすか……それとも、本当のことを教えるか……)
 悟空をごまかすのは簡単だが、それを他人の前で披露されるのは困る。だが、事実を教えてショックを与えてもいいものなのか。
 だが、考えてみれば、自分が同じようにショックを受けたのは、もっと幼い頃だったと思う。だとしたらかまわないのか、ととんでもないことを三蔵は考える。
「聞きたがったのは、あくまでもてめぇだからな」
 三蔵はこう前置きをすると、悟空をにらみつけた。
「……三蔵?」
 その三蔵の表情に、悟空の腰が引けている。それにかまわず、三蔵は口を開いた。
「『衆道』ってのは、男同士で好きだのなんだのって言う変態のことだ。『稚児』ってのは、その相手だな。つまり、あの連中は俺とお前を変態だって言っているんだよ」
 だから近づくなって言ってたんだ、と三蔵は付け加える。もっとも、その言葉が悟空の耳に届いているかというとかなり疑問であった。
「……俺と三蔵が……」
 考えられねぇ……とつぶやきながら、悟空はふらふらと部屋の隅へと歩いていく。そのまま、壁際に座ると、頭から布団をかぶってしまった。
(ちょっとショックがでかすぎたか)
 自分がしたことながら、三蔵はあまりの悟空の反応に苦笑を浮かべてしまう。
(まぁ、猿にはいい勉強になっただろう)
 心の中で付け加えながら、三蔵は自分たちの関係を邪推してくれた連中に対する仕返し方法を本気で考え始めた。

 後日、彼らがどのような目にあったかは言わなくても想像がつくであろう。
 ただ、それからしばらく悟空が三蔵布団に潜り込まなくなったのだけは、三蔵の予想外のことだった。もっとも、それに関して三蔵が喜んでいたのは言うまでもないであろう。


ちゃんちゃん