「何か、ろくでもないことを教えていないでしょうね……今朝のあの一件があるから、今日はやりかねないと言うことを忘れていましたよ」
 朝、三蔵と悟浄が一悶着を起こしたというのに、悟空を悟浄と二人だけにしてしまった。
 その事実に不安を覚えながら、八戒は玄関のドアを開ける。
「八戒、おかえり!」
 次の瞬間、部屋の奥から悟空が飛び出して来た。そのまま、八戒の腰にすがりついてくる。
「悟空……荷物を落としてしまいますから、離れてくれませんか?」
 そんな悟空の様子に苦笑を浮かべつつ、八戒は声をかけた。
「あっ、ごめん」
 言葉とともに悟空は慌てて八戒の腰に回していた腕をほどく。そんな素直な反応に、八戒は満足そうに微笑みながらドアを閉めた。
 そのまま、キッチンへ……ではなく、二人はリビングへと移動をする。だが、八戒がそこにいるであろうと思っていた人影はない。
「……悟浄は?」
 そう言えば、妙に空気がきれいですね……と付け加えつつ、八戒は問いかける。
「……たばこが切れたっていって出かけた……」
 実に言いにくそうな口調で悟空は答える。
「そうですか……」
 悟空の予想通りと言うべきか、何というべきなのか。八戒は不気味な笑いとともに頷いて見せた。
「あの人は……少しぐらい待てなかったのですかね。ちゃんと補充をしてきてあげましたのに」
 さて、どんなお仕置きをしましょうか……と付け加える八戒の様子を、悟空はあえてみないふりをした。
「そう言えば……」
 悟浄のセリフを思い出していたら、悟空はある疑問へと行き着いてしまった。悟浄に問いかけても笑ってごまかされてしまったそれも、八戒ならば知っているのではないだろうか……と思ったのだ。しかし、今の八戒に『悟浄』の名前を出してもいいものかどうか、悟空はちょっと悩んでしまう。
「どうかしたのですか?」
 怒りを落ち着けるためなのだろうか。買ってきた荷物の整理を始めていた八戒が、悟空のセリフをしっかりと聞きつけて問いかけてきた。
「……んっと……なんでもねぇ……」
 慌て手首を横に振りながら、悟空はこう答える。その慌てぶりが自分の言葉が嘘であると伝えているとは思っていないのだろう。
「本当にそうですか? わからないことはすぐに解決した方がいいと言いましたよね?」
 疑問に思っていることがあるのであれば、そうそうに白状した方がいいですよ……と八戒は付け加えた。
「……八戒、怒らねぇ?」
 しばらくためらっていた後、悟空はこう言う。
(……つまり、怒られることがわかっているような内容なのですね……)
 と言うことは、やはりその元は悟浄なのだろうと、八戒は推測をする。
「もちろんですよ。悟空『は』怒りません」
 だとしたら、悟空には罪はない。何も知らない悟空によけいな知識を与えた方が悪いに決まっているだろうと言外に付け加えつつ、八戒は微笑んでみせる。
「あのさ……」
 八戒の言葉に今ひとつ釈然としないものを覚えつつも、悟空は言葉を口にし始める。
「赤ちゃんって、女の人だとおなかで、男だと背中にできるって本当か?」
 おそらく、途中で八戒の反応を確認するのが怖かったのだろう。悟空は一気に最後まで言いきった。
「えっと……」
 さて、何と答えるべきか……
 それよりも、なんと言うことを悟空の前で口にしてくれたのか……と八戒がふつふつと悟浄への殺意を募らせ始めたときだった。
 玄関の方から何かがぶつかるような音が響いてくる。
 いったい何事だろうと視線を向けた。
 いったいいつからそこにいたのか……三蔵が玄関先でうずくまっている。どうやら先ほどの音は、彼が僧衣の裾を踏みつけるか何かをして、額を壁ぶつけた音だったらしい。
「……三蔵? 帰ってくんの、明日じゃなかったっけ?」
 先に衝撃から立ち直ったのは悟空の方だった。まだ少々動揺しているとわかる口調で三蔵に声をかける。
「面倒だから、さっさと帰ってきたんだよ!」
 ようやく起きあがると、三蔵は悟空の側へと大股に歩み寄っていく。
「で? 何がどうしたと?」
 物騒な表情で三蔵は悟空に問いかけた。
「……だから、赤ちゃんができる場所が……」
「この馬鹿猿! 男同士で赤ん坊ができるか!! その前に、普通、男同士で小津きりをしようと考える奴はいねぇ!」
 言葉とともに、ハリセンが悟空の頭の上に振り下ろされる。
「……だって、悟浄が……」
 衝撃で床にしゃがみ込みながら悟空はこう言い返す。
「まぁ、中には、男なのに男の人しか好きになれない……という方もいますけどね……でも、悟空? 赤ちゃんの元は男の人のものと女の人のものとでは全く別なんです。二つがそろわないと、赤ちゃんにならないのですよ」
 それだけでは何だから……というのか、それとも悟空が哀れになってしまったのか。穏やかな口調で八戒がフォローをいれる。
「だから、赤ちゃんが育つのはお母さんのおなかの中だけなんです。悟浄の言う事なんて、半分以上がでたらめですからね」
 まぁ、今回みたいにちゃんと確認してくれれば、正しいことを教えてあげられますけど……と八戒が付け加えたのは、おそらく三蔵に対する牽制の意味もあったのであろう。
「と言うわけで、悟空に嘘を教えたお仕置きをしないといけませんね」
 同時に、三蔵の怒りを悟浄へと向けさせる。
「……エロ河童と二人きりにしたのは、俺の都合もあったから……仕方がねぇのか」
 どうやら三蔵も悟空に非がないことを認めざるを得ないようだ。
「で、エロ河童は?」
「街に行っているようです……もっとも、お金はほとんど持っていないはずなので、そのうち戻ってくるとは思いますけど」
 次の瞬間、二人は顔を見合わせると意味ありげに笑う。
 しかし、悟空から完全に意識が離れていたのは否定できない。
「あのさ……」
 不意に声をかけられて、二人は慌てて視線を戻した。
「何だ?」
「どうかしましたか?」
 反射的に周囲に漂わせていた剣呑な空気までかき消してしまう。
「赤ちゃんってどうやってできるわけ?」
 無邪気なだけに、与えられる衝撃は大きかった……と言うべきなのだろうか。
 八戒は無意識のうちに三蔵の顔を見つめる。その彼の顔にはしっかりと『面倒くせぇ……てめぇに任せる』と描かれてあった。
「えっと……それに関しては、後でちゃんと資料をみながら正しい知識を教えてあげますので……」
 今日の所は保留としておいてください……と引きつった笑顔で八戒は口にする。同時に、こんなセリフを口にしてくれた悟浄に対し、怒りがふつふつとわいてくる。

 その後、悟浄がどうなったか……
 あまりに彼が不憫すぎて書くのがためらわれる。ただ、悲惨だった……とだけ書いておこう。

ちゃんちゃん