「……あのさ……」 いつものように悟空が口を開く。それは何か聞きたいことがあるときのいつもの表情だった。 しかし、今日声をかけられたのはいつものメンバーではない。 「……俺に言ってるのか?」 声をかけられた悟浄があまりの事実に目を白黒させている。嫌、それは悟浄だけではない。同じ部屋にいた三蔵達も同じように驚いたという表情を作っていた。 だが、悟空はそれに気がついていないのか、あっさりと言葉を口にする。 「一番知ってそうなんだから仕方ねぇじゃん」 悟空のこの言葉に、他の二人は思わず眉をひそめてしまう。 悟浄しか知らない=ろくでもないこと……という図式が彼らの頭の中にはあるのだ。 「……なんだ? 小猿もとうとう思春期突入か?」 だが、悟浄にしてみればそれはそれでおいしい状況だったりする。 「猿って言うな!」 」 いつもの通りの反応を悟空は返した。そのまま殴りかかってくる彼を、悟浄はあっさりと抱え込む。もちろん、悟空も本気でないからこそできる芸当だ。 「じゃ、三蔵様のペットか?」 「ちが〜う!」 じゃれ合いながら暴れる二人に、八戒が小さくため息をつく。 「どうでもいいですけど……ものを壊したら、明日、ご飯抜きですからね」 そして、行為が度を超さないようにと注意の言葉を投げつける。その瞬間、おもしろいように二人の動きが凍り付いた。 「……エロ河童……」 「うるせぇよ、馬鹿猿……」 お互いの襟首を掴んでいた手が、いつしかすがり合うように握られている。飯抜きだけならまだしも、八戒の笑顔の裏に隠れているものがめちゃめちゃ怖いと思っているのだ。 「おや? もう終わりですか?」 そんな二人の心情など手に取るようにわかっているはずなのに、八戒はその表情を崩すことなく言葉を口にする。 「では、そうそうに聞きたいことを聞いてしまってください。その後でお風呂ですよ、悟空」 原因の片方をさっさと黙らせてしまうに限ると判断したわけではないのだろうが――普段の生活から言えば、既に悟空は夢の中にいるはずの時間なのだ――悟浄にはどうしてもそうとしか聞こえなかった。 しかし悟空の方はそうではなかったらしい。何事かを問いかけるように三蔵へと視線を向けている。そして、彼が八戒の言葉を肯定するように頷けば納得というような表情を作った。 そのまま悟浄の方へと視線を戻すと、素直に口を開く。 「んっとさ……裸エプロンって何?」 だが、彼の言葉を耳にした方はそう言うわけにはいかなかった。 「……はぁ?」 思わず聞き返してしまった悟浄はまだましだろう。三蔵は飲みかけていたお茶を気管に入れてしまって盛大にむせているし、八戒は八戒で手にしていた湯飲みを落としていた。 「……俺、何か変なこと、聞いたか?」 そうだとしたらまずいと肩を落としつつ、悟空がさらに言葉を口にする。 「……そうじゃないんと思うんだがな……」 この場合、フォローをするのは自分の役目なのだろうか……と悩みつつ、悟浄が口を開く。 「まさか猿の口から出てくるとは思わなかった……ってとこだろう、保護者様達は」 俺も驚いた……と悟浄は笑ってみせる。 「で、どこでんなセリフを聞いてきたんだ?」 俺は教えた覚えはない……と付け加えれば、 「三蔵が昼間読んでた新聞」 けろっと悟空は白状をする。それが三蔵達の混乱に拍車をかけたのは言うまでもないであろう。 「……んな記事あったのか? そりゃ、盲点だったな……」 そんな記事があったんなら俺も読むんだったと付け加える悟浄の表情はマジだった。普段新聞なんて見るのも嫌……と言っているだけに、その様子は怖いものがあったのだろう。悟空の腰が引けている。 「で、どういう意味なんだ?」 それでも悟浄の反応から意味を知っているのだろうと判断して、こう聞き返す。 「んっと……教えてもいいのか?」 内容が内容だし……と悟浄は付け加えつつ、視線を三蔵達へと向ける。ここでさっさと教えてもかまわないが、後々のことを考えればちゃんと許可を取っておくに限ると判断したのは、さすがに命がかかっているからだろうか。 だが、肝心の返事が返ってこない。 「……もしも〜し?」 いったいどうしたのだろうかと視線を向ければ、何やら八戒が焦っている。そして、その原因は三蔵の様子だった。 「三蔵?」 床に倒れ込んで苦しんでいる彼の様子に、悟空まで目を丸くしている。 「三蔵! どうしたんだよ!!」 次の瞬間、悟空はパニックを起こしたかのように叫ぶ。その叫び声はかなり悲痛なものだった。 「大丈夫ですよ」 慌てて八戒が言葉を返す。 「単に、むせすぎて酸欠になっちゃっただけですから」 だから、すぐに治りますって……と付け加える彼の言葉の裏に『自業自得』と言う副音声が入っていたことに気がついたのは、おそらく悟浄だけだろう。 「本当か?」 不安だという気持ちを隠しきれない表情で悟空はさらに問いかける。それだけではなかった。彼はしっかりと三蔵の側までにじり寄っていた。 「本当に、大丈夫なんだよな」 その様子はあまりに真剣すぎて、さすがの悟浄もからかう気になれない。 不安そうな悟空とどう反応をすべきか悩んでいる悟浄、それにどう悟空を慰めようか悩んでいるらしい八戒の間で、緊張が生まれる。 「……耳元で騒ぐんじゃねぇ、この馬鹿猿……」 それを打ち破ったのは三蔵だった。 何とか呼吸を整え終えたらしい彼が悟空の頭を小突きながら言葉を口にした。 「元はと言えば、テメェが変な質問をしたからだろうが!」 次の瞬間、どこから取り出したのかわからないハリセンを悟空の頭に振り下ろす。 「……そんなこと言われても……」 「元はと言えば、貴方がろくでもない記事が載った新聞を、考えなしに悟空の前で読んでいたのが原因だと思いますけど?」 言葉に詰まってしまった悟空を助けるかのように八戒がこう口にする。 「だよなぁ……オコサマの前でうかつだったんじゃねぇ? 何にでも興味を示すのがオコサマなんだし」 その上、この好機を逃してたまるか……と言うように悟浄が三蔵を非難するような言葉を口にしたのだ。三蔵の機嫌が一気に氷点下まで下がったとしても無理はないだろう。 「シネ」 その言葉と共に三蔵が銃の引き金を引く。 「うわぁぁぁぁぁっ!」 それは手近にいた八戒にではなく悟浄へと向けられたものだった。間一髪のところで悟浄はそれを避けるが、避けきれなかった真紅の髪が数本、宙に舞っていた。 「何すんだよ!」 体勢を整え直しながら悟浄がこう叫ぶ。 「るせぇ! テメェが余計なことを教えるからだろうが!」 はっきり言って、これは濡れ衣だろう。だが、三蔵には関係がないらしい。 「何で俺が!」 次々と銃口から打ち出される銃弾を必死に避けながら悟浄はこう口にする。 「……ただの八つ当たりですね、あれは……」 それに対する答えは八戒の口からこぼれ落ちた。どう考えても、それ以外に考えられない……という方が正しいのだが。 「ともかく、また修理代を支払わないといけないわけですねぇ」 現実的なセリフとともに八戒はため息をつく。 「……やっぱ、俺のせいなのかなぁ……」 ぽつりっと呟かれた悟空の言葉だけが、それにこたえた…… 悟空が『裸エプロン』の答えを得ることができたのかどうか、それを知るものは誰もいない。 ちゃんちゃん
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