「……八戒……」
 顔に『疑問がある』と書いていながらも、珍しく言いにくいという様子で悟空が言葉を口にした。
「どうかしましたか?」
 いきなり核心をついても悟空は口を開かないだろう。そう判断をして、八戒は笑顔だけを向ける。
「んっと……」
 それでも悟空はすぐに口を開こうとしない。どうしたものかと八戒の顔を見つめているだけだ。
「僕の顔に何か着いていますか?」
 仕方がなく八戒がこう切り出す。
「着いてない!」
 悟空は即座にこう言い返した。
「じゃ、どうしたのですか?」
 あくまでも穏やかな口調で八戒が聞き返す。それでもなかなか悟空は口を開こうとはしない。
「何を聞いても笑ったりしませんし、誰にも言いませんから」
 八戒はさらにこう言葉を重ねる。これは効果があったらしい。
「……悟浄にはぜってぇ言わねぇ?」
 悟空が確認するような口調でこう問いかけてきた。と言うことは、彼には知られたくない内容なのだろう、と八戒は推測をする。
「もちろんですよ」
 今までだって教えたことはありませんでしょう? と付け加えれば、悟空も納得したようだった。
「んっとさ……どーてーって何? 三蔵に聞いたら、八戒に聞けって言われたんだけど……」
 この言葉を耳にした瞬間、八戒の脳裏には『道程』と『童貞』の二つの言葉が浮かび上がった。しかし、悟空の様子だとどちらなのか確認しても理解できないであろう。かといって、どちらなのかわからなければ、説明のしようがない。

「どーてーだと恥ずかしいって悟浄が言ってたんだけど……」
 と付け加えられて、八戒にはようやく悟空の聞きたいことが『童貞』だとわかった。
「別に恥ずかしいことではありませんよ。職業によってはそういった行為を行うこと自体禁止されていますからね。それに、相手がいなければ、童貞をやめることはできませんし」
 無理矢理やめると犯罪ですから……と八戒は付け加えた。
「……どーてーって、何? 仕事じゃないのか?」
 八戒の説明を聞いて、悟空は自分が考えていたのと違うようだ、とわかったらしい。こんなセリフを口にしてきた。
「童貞というのはですね……女の人とエッチをしたことがない男の人のことを言うのですよ……悟浄が三蔵をからかうときに使うチェリーというのも同じ意味ですね」
 説明の言葉を口にしながら、八戒は三蔵が自分に押しつけた理由がわかったような気がした。
 確かに彼には言いにくいであろう。
 自分が童貞であると悟空に告げた場合の反応が怖いであろうし――と言っても、彼の立場上この可能性が大きいのだが……あるいは、男相手という可能性も否定できないが、それを告白できるかどうかはまた別問題であろう――童貞ではないと告白すれば、それはそれで問題がある。
 第一、それが悟空の口から悟浄に知られた場合の対処がまた厄介なのだ。
 その点、自分であればここにいるメンバーには既に全部ばれている。悟浄に知られたとしても問題はない……と判断されたのだろう。
「……じゃ、俺はやっぱ、どーてーなんだ……」
 悟空はどこかしょぼんとした態度でこう口にする。
「そういうことになりますね。でも、悟空の場合は女の人と縁がないでしょう? この旅が終わったら見つかるかもしれないし、慌てて捨てる必要もないのですよ。だから、気にしなくていいんです」
 わかりましたか? と問いかけてくる八戒の迫力に巻けてしまったのだろう。悟空は何度も首を縦に振ってみせる。
「それにね。童貞ではないからと言って偉いわけではないのですよ」
 悟空のそんな様子にちょっとやり過ぎたか……と思いつつ、八戒は言葉を口にし始めた。
「悟浄なんて、童貞いつやめたのかはわかりませんが、そのせいで問題ばかり起こしていますよね? 悟浄がそんなことを言ったのは、それしか威張れることがないからです。だから、童貞かどうかなんて気にしなくていいのですよ」
 この言葉に、ようやく悟空の表情が明るくなった。
「そっか。別段、じゃ、どーてーでもいいんだ」
 よかったという悟空に、八戒も微笑みを返す。
「でもね、悟空。そういう言葉は人前で言うと顰蹙を買いますからね。僕たちの前ならともかく、それ以外では絶対口にしないように」
 悟空だけではなく三蔵や自分も恥ずかしい思いをするのだ、と付け加えれば、悟空はわかったというように首を縦に振って見せた。
「じゃ、そういうことでこの話は終わりにしましょう……あぁ、おいしいお菓子を見つけてきたんです。食べますよね?」
 すかさず悟空の別方面に向けようと八戒はこう口にする。
「……喰うけど……」
 しかし、悟空の反応はいつもと違っていた。
「どうかしましたか?」
 そんな彼の反応に、八戒の方が不安を感じてしまう。
「八戒ってさ……何かあると俺を食い物でつってねぇ?」
 気のせいだったらごめん、と付け加えつつ悟空が口にしたセリフに、八戒は心の中で苦笑を浮かべる。まさかばれていたとは思わなかったのだ。
 しかし、それを認めるわけにはいかない。
「そんなことはありませんよ。たまたま、タイミングが重なっているだけです」
 しれっとしてこんなセリフを悟空に返した。
「……ならいいけど……あ。三蔵もよんできた方がいいのか?」
 元々根が素直な悟空はあっさりと納得したらしい。その事実に、八戒はほっとしたような微笑みを口元に浮かべる。
「そうですね。そうして頂けますか?」
 その間にお茶の用意をしておきますから、と言う八戒の言葉を背に、悟空は三蔵の元へと駆け出していく。
「……しばらく、この手段は使えませんねぇ……」
 新しい方法を考えておかないと……と付け加えつつ八戒は三人分のお茶の準備を始めたのだった。


ちゃんちゃん