ミョルニアのコアが発する光。それがファフナーを包み込んだ。 そう思った次の瞬間だ。彼等は不意に浮遊感に襲われる。。 そして、一騎達はミョルニアによって、ある場所へと送られた。 目の前にあるのは青黒いドーム。だが、それが自分たちの知っている物質でできていないことは一目でわかる。 しかし、一騎にはそれは気にならなかった。 「この中に、総士がいる」 どうしてと聞かれてもわからない。だが、確かにそう感じるのだ。それを認識した瞬間、ためらうことなく、一騎はマークザインを進めていく。ドームは何の衝撃もなくマークザインを受け止める。 「総士!」 根にからみつかれたままのジークフリードシステムを確認した瞬間、一騎はそう叫んでいた。その声で期待と恐怖が複雑に彩られている。 「……一騎……」 しかし、それはこの一言であっさりと打ち砕かれた。いつもの生彩は感じられないが、それでもしっかりとした声が一騎の耳に届く。 「総士、総士、総士!」 一騎は歓喜の言葉とともにジークフリードシステムへとマークザインを進めた。 もうじき、彼を感じられる。 その思いだけが一騎を支配していた。 だが、そんな一騎を妨げるものがいる。ジークフリードシステムを包み込んでいた根がマークザインを攻撃してきたのだ。 「くぅっ!] それが機体を貫いたとき、一騎は激痛に襲われる。 あれは邪魔だ……あれを排除しなければ、自分は総士の元にたどり着くことができない。一騎が攻撃を加えようとしたときだ。 『一騎、だめ……抵抗しないで』 一騎の耳元で乙姫の声がする。 どうして彼女の声が……と一瞬一騎は動きを止めた。 『前に同化したから……一騎にだけは話しかけられるんだよ』 そんな彼の疑問を読み取ったかのように、乙姫はこう囁いてくる。 『それと同じことだよ。前は私がコアになった。今度は、一騎があれのコアになればいい。手助けを、してあげるから』 だから、根に対する敵愾心を消して……と乙姫の声が告げた。それを感じて、あれは攻撃をしてくるのだ、と。 その言葉を耳にして、一騎は《自分》を一時的に押し殺す。それはある意味、一騎にとってはなれたものだ。 「俺は……お前だ。お前は、俺だ!」 自分に暗示をかけるようにこう口にすれば、簡単にその状況に自分を持って行ける。心の中の垣根が消えたからか。根とマークザインが同化を始めた。 これで、総士を……と考えた瞬間、一騎は激痛に襲われる。それは、以前、同化をされたときに感じたものと同じだ。だが、それでも一騎は根を離さない。やがて、マークザインは全てをどうかし終えた。 「敵のミールの鼓動。一騎が、敵の意志を同化した」 総士が小さく呟く。 『そう、受け入れることも一つの力だよ』 彼の耳に、乙姫の声が届いた。それは、自分がマークザイン――一騎との絆を再び取り戻したからだろうか。それは総士にもわからない。 ただ、自分が《自分》である内に、彼等の元に戻ることができたことだけは事実だ。同時に、彼等が自分の仕掛けた策略をはねのけてまでここにたどり着いてくれたことがうれしい。総士はそう思う。 「みんな、ありがとう……」 こう呟く声に、真っ先に反応を返した。 「総士! そこにいるのか、総士!」 まるで、幼子が見失った母を捜しているようだ。 だが、と思う。 どうして一騎は自分の存在に気が付かないのだろうか。同化している今、自分は彼のこんな近くにいるのに、と。 「一騎……」 だが、今の一騎の様子を見て放っておけるはずがない。静かにこう呼びかければ、彼の表情が明るくなる。その口元に微笑みすら浮かんでいるように思えるのは、総士の錯覚だろうか。 「総士……いるんだな、ここに……」 だが、一騎はそんな自分の様子に気づいていない。それどころか、嘘ではないのかを確認したい、と言うようにさらに問いかけてくる。 しかも、彼の頬を後から後からあふれ出す涙がぬらしていた。 それだけ、自分の存在を彼は欲してくれていたのか。総士はそう思う。それはとてもうれしい。そんな言葉では言い表せない、と総士は心の中で呟いた。 フェストゥムによって多くのものを奪われてしまった自分だが、それを補ってもあまりある、と感じられるのだ。 「あぁ……僕はまだ……ここにいる……」 だから、事実だけを口にする。だが、それだけでも一騎には十分だったらしい。 「……総士……」 良かった……と一騎はようやく総士の方へと顔を向ける。だが、その視線は決して彼を捕らえてはくれなかった。 真矢達三人も、総士の言葉にほっとする。だが、一騎の様子がおかしいことに、彼等も気づいてしまった。 「一騎君、どうしたの?」 真矢がおそるおそるこう問いかけてくる。 「目が……」 それに一騎は今更ながらその事実に気が付いた、という様子で言葉を口にした。だが、その言葉の裏に、おそれも何も感じられない。ただ、淡々と事実を告げる彼に、総士は一つ瞬きをする。 「同化したせいで、肉体の同化現象が進んだんだ。大丈夫だ、治療を受ければ、きっと良くなる」 そのための手段を、彼等は既に手に入れているはずだ。 彼等がここに来たと言うことは、ミョルニアを解放したと言うことなのだろう。彼等の間にどのようなはなしがあったのかまではわからないが、その事実だけはイドォンの知識から引き出してある。 「帰ろう? 島に、一騎君」 総士も一緒に、と真矢は声をかけて来た。そこでなら、二人とも治療を受けられるだろう、と。いや、母が治療をしてくれるはずだ、と言い切る。 「あぁ、帰ろう」 な、総士……と一騎が無邪気な口調で問いかけてきた。自分に依存しているとわかるその言動は心地よい。 「あぁ」 そう答えかけて、総士は言葉を飲み込んだ。その理由がわからないのか、一騎は小首をかしげる。だが、すぐにその表情が引き締まった。 「どうしたんだ?」 他の三人も異常に気づいたのだろう。剣司が不安そうに言葉を口にする。 「ミールが……動き出した」 竜宮島のではない。 この地の《ミール》だ。 いや、あるいはその二つは呼応しているのかもしれない。だが、総士にそれはわからなかった。 岩戸の中の乙姫が光に包まれる。 「乙姫ちゃん……」 その光景を見て、芹たちが思わず声を上げた。 「最後の同化が始まったの」 静かな口調で千鶴が説明する。だが、その口調は苦渋に満ちていた。 本当であれば、彼女たちや《一騎》のように乙姫も普通の子供として育っていたはずなのだ。だが、それをさせられなかった自分の力量不足が、千鶴の心に重くのしかかる。 「最後まで、見つめていてあげるのが、私の義務、だわ」 それがどれだけ辛いものでも。千鶴は、自分にそう言い聞かせていた。 「あれは!」 白銀の氷原に現れた黄金のピラミッド。 それがこの地のミールだった。そして、その先端からは一筋の柱が天に向かってゆっくりとのびていく。 それが何を意味することか、総士は即座に理解をした。 「敵のミールが空とつながろうとしている。大気圏外から侵攻するフェストゥムとともに全地球を覆う気だ!」 そんなことになれば、人類は未来を失ってしまう。 それはつまり、自分たちの行動が全て無駄になってしまうと言うことだ。 新しく生まれる希望の芽だけは摘んではいけない、と司令官としての総士は決断を下す。 「まだ間に合う! マークジーベンの武器と同化して、あれを撃て!」 今の一騎の体調を考えればそんなことをさせるべきではないことはわかっている。だが、それ以外に方法がないのだ。 「わかった」 そんな総士の気持ちを読み取ったのだろうか。 あるいは、彼の言葉に絶大な信頼を抱いているからなのかもしれない。 一騎はためらうことなく言葉を返してきた。 「引き金は遠見が引くんだ」 今の一騎には不可能だから……というのは、もちろんその理由だ。だが、それ以上に射撃に関しては真矢の方がむいている、ということが大きい。 「了解」 真矢もまた、総士の指示に即座に言葉を返してきた。 射撃体勢を取るマークジーベン。その肩にマークザインの手が添えられる。 次の瞬間、翠の結晶がドラゴントゥースを包み込んだ。 「マークザインのエネルギーを最大出力で放射する。チャンスは一度きりだ。それ以上は一騎の体が保たない」 最後にこう言うのは蛇足だとはわかっている。それでも言わずにはいられないほど、一騎の体の状況は芳しくないのだ。 それが伝わったのだろうか。 真矢は慎重に照準を合わせる。 「彼らにとっては……あれが、ただ一つの希望だったのかもしれない」 それを打ち砕く権利があるのか、と言いかけて総士は言葉を飲み込む。 そう考えてしまうのは、自分が彼等の側まで行ってしまったからなのだ。 それでも、自分はここにあることを選択したい。 こう考えている自分に、それを言う権利はないだろう、と判断した。 『もしそうでも、最後の希望じゃない』 優しい妹の囁きが総士の耳に届く。 「乙姫」 まるで、その言葉が合図だったかのように、真矢は引き金を引いた。 一騎の能力で増幅されたビームはねらいをはずすことなく柱の中を天空へと駆けていくコアを打ち砕いた。 『あのミールも、わたしと同じ。天と地、存在と無が、一つのものとして続いていくことを示すために、この世に生まれた』 それを見つめていた乙姫がふわりと微笑む。そのまま、彼女の気配が希薄になっていった。 だが、逆に彼女の存在をそこかしこに感じることができる。 「乙姫……還ったのか、もう一つのミールの元へ……乙姫」 彼女が何を選択したのか、総士にはわかってしまった。 確かにそれは喪失かもしれない。しかし、新たな始まりでもある。だから、自分はそれを悲しんではいけないのだ。いや、一騎を選んだときにその権利を失ったと言うべきか。もちろん、それについて後悔をするつもりは全くないが。 「フェストゥム達が散っていく……」 空を見上げていた真矢がこう呟く声が聞こえた。 岩戸の中で姿を消した乙姫。 悲しむ人々を包み込むように一陣の風が通りすぎていく。 「地下に……風が……」 それはこの場ではあり得ないはずのものだ。 「コアが、島と一つになった……」 だが、彼等には、それが誰の意志でこの場に贈られたものか理解する。 『わたしは……ここにいるよ』 乙姫がのこんな声が聞こえたような気がした。。 輸送機に乗り込んだファフナー達。これで自分たちはみんなが待っている島に帰るのだ、と思ったときだ。 不意に輸送機のドアが消滅する。そして、そこにマークニヒトが姿を現した。 「そうか……ミールは己の死をもって、フェストゥムに個体であることを与えた……」 それが彼等にとって福音なのかどうか。少なくとも、奴にとってはそうではないだろう、と総士は総士は思う。 そして、奴が一番に組んでいるのは、その現象を《ミール》に教えた自分ではないだろうか。 本来であれば、一人で行くべきなのだろう。だが、それを告げても彼は拒むに決まっている。それ以上に自分が彼と離れたくはなかった。 「このままでは全員が巻き込まれる! 一騎!!」 仲間達を救うにはそれしかない。 「あぁ!」 一騎もまた即座に、言葉を返す。そして、ためらうことなくマークザインを掴んでいるマークニヒトとともに輸送機から飛び降りた 「一騎君!」 それを追いかけて真矢はマークジーベンで飛び出てくる。 「来るな、遠見!」 だが、万が一のことを考えれば彼女まで巻き込むわけにはいかないと判断したのだろう。一騎はこう叫ぶ。 「えっ?」 そのこと何、信じられないという真矢の声が届く。 「俺もかならず」 総士と帰るから……と一騎が彼女に声をかけた。 「いやぁぁ! 一騎君!」 真矢の悲鳴が響き渡る。 「聞け! クロッシングはまだ生きている。一人でも欠ければクロッシングは機能しない。お前が、戦闘の前に私たちに言ったことだ……一騎は……まだ生きている」 真矢をなだめているらしいカノンの声が確認できた。そう思った次の瞬間、総士は一騎とともに虚無の中へと引き込まれていく自分たちを認識する。 自分はどうなってもいい。 一騎だけは…… その思いを総士は抱いていた。 「どこにもいない……ここにいる……一騎。総士」 暗闇の中、お互いのぬくもりだけが自分が存在していることを教えてくれる。 「これが……全てを無に帰すフェストゥムの祝福……おそらく、現実世界では既に僕らの存在は……消滅している」 この世界から抜け出すにはどうすればいいのだろう。 それとも、このまま一騎と二人で……と総士は考えてしまった。 「まだだ! 俺たちはまだ、ここにいる!」 だが、一騎はまだあきらめていないらしい。その熱さが、総士の心にも何かを灯す。 「一騎……」 つないだ手に思わず力をこめる。だが、すぐに総士はその行動を後悔した。 一騎一人であれば、まだあちら側に戻れるのではないか。こうして自分がすがっているからこそ、彼は……と思ったのだ。 そして、その手を離そうとする。 しかし、一騎は逆に総士を引き上げようとしている。 「まだ、ここに!」 その時、そうっと差し出された新たな手。 「甲洋!」 それが誰のものか気づいた瞬間、二人の口元に微笑みが浮かぶ。 微笑み返す甲洋。そして、彼は二人を連れて現実世界へと…… 「わたしはここにいる!」 イドォンがこう叫ぶ。次の瞬間、マークニヒトの全身を、あの緑色の結晶が包み込んだ。そして、そのままそれは霧散していく。 その後には、別の機体のシルエットが存在していた。 まるで、足を引きずるようにしてマークザインは進んでいく。その前に、うち捨てられた人類軍の飛行機があった。 「発進する前にやられたんだ。エンジンは無傷で残っている。機体の構造を同化するんだ。コントロールをシステムに回せ。離陸したら、僕が操縦をする。飛べるか、一騎」 その問いかけは、かつて自分が口にしたもの。だが、それに含まれる意味合いは大きく異なっている。 それでも、一騎が微笑んでくれた。 「飛べるさ……俺とお前なら。そうだろう?」 どこまでだって、と告げる一騎の気持ちに、総士も微笑み返す。 しかし、その表情はすぐにかき消される。 今の一騎が目が見えなくて本当に良かった。総士はそう思いつつ淡々と作業を続ける。 あの時のように、どこまでも飛んでいければどれほど良かっただろう。その言葉を総士は飲み込んだ。 岩戸の中に生まれた新しい胎児。それは間違いなく乙姫だった存在だろう。 しかし、それは彼女ではない。同じものが成長しては、世界は何も変わらないのだ。 それでも、それは成長して、自分たちと会話を交わすだろう。史彦はそう告げる。 竜宮島がある限り。 「このまま上昇すれば、島に帰れる」 ほっと、ため息をつきながら、総士はこう告げる。 「最後の最後で、お前に助けられたな」 そんな彼に、一騎は明るい口調で言葉を返してきた。間違いなく、ともに帰れると信じていたのだろう。 「一騎、僕はフェストゥムに痛みと存在を教えた。そして僕は彼等の祝福を……存在と無の循環を知った」 だが、真実を告げずに消えるよりは、悲しまれても教えた方がいい。総士はそう思う。 だから、できるだけ冷静な口調を作って言葉をつづる。 「存在と無の循環? 何のことだ?」 訳がわからない、と言うように一騎が聞き返してきた。 「……僕の身体はほとんど残っていないんだ……一騎」 かろうじて残っているのは、今、一騎を見つめている右目とその周辺だけだ。 「島に戻って二人で治療を受けよう!」 そうすればきっと……と一騎は叫ぶ。 取り乱している彼の様子に、総士の心は痛む。そうしたいのは山々だが、もう無理なのだ、と彼はわかっていた。 「お前はそうしろ、一騎……僕はもうすぐ……いなくなる」 残された部分も、次第に浸食されている。後どれだけ残されているか、総士自身が一番よくわかっていた。 「総士、何を言ってるんだ! やめてくれ総士」 頼むから、と泣く一騎を、本当は抱きしめてやりたい。だが、彼を見つめることはできても、抱きしめることはできないのだ。それでも希望がないわけではない。 「僕は一度フェストゥムの側に行く。そして再び自分の存在を創りだす。 どれほど時間がかかるかわからないが……必ず」 ミョルニアやイドォンがそうしたように、自分もまた新しい肉体を作り上げられるはず。 少なくとも、一騎が信じていてくれればかならずそうできるだろう。そして、その時こそ、自分は彼を抱きしめるのだ、と総士は思う。 それが、この場での最後の意識だった。 「総士、いるんだろう!?」 問いかけても、言葉は返ってこない。 「そこにいるんだろう?」 だが、一騎にはその事実が信じられない。いや、認められなかった。 「総士、総士ぃーーっ!!」 頼むから言葉を返して欲しい。一騎はその思いのまま彼の名を何度も口にする。 『僕はここにいる……いつか再び、出会うまで』 そんな一騎の耳に、総士のこの言葉が届く。だが、その声は、自分自身の内から響いてきた。 それはつまり…… いやだ、と心の中で叫んだ瞬間、マークザインの手に同化していたはずのジークフリードシステムが砕け散った。 「総士ーーーーー!」 彼は行ってしまった。 自分の手が届かないところに。 その喪失感に、一騎は耐えきれずに慟哭をした。 今ならわかる。たとえ苦しみに満ちた生でも僕は存在を選ぶだろう。 もう一度お前と出会うために。 お前が信じてくれる限り、いつか必ず帰る。 お前がいる場所に…… 足下を波が洗っていく。 そして、風は変わりなく吹いている。 「総士……俺はここにいる」 総士は、今まで自分との約束を破ったことはない。だから、今回だって……と一騎は心の中で呟く。 「ここでお前を待ってる……ずっと」 だから、早く帰ってきて欲しい。 そのために必要だというのであれば、のどが張り裂けるくらいお前の名前を呼ぶから。 一騎が心の中でそう呟いたときだ。 そんな彼を抱きしめるかのように、風が周囲を駆けめぐっていった。 「……もうじき、俺はお前の年に追いつくよ、総士……」 どこまでも続く青い空を見つめながら、一騎はこう呟く。 あの日々から、まだ二年と経っていないのに、とても遠く感じられる。中には、あの日々を忘れてしまったのではないか、と思える人々も多いのだ。 いや、彼等が忘れてしまったのは《総士》の存在かもしれない。 真矢をはじめとした者達の口から、彼の名が出ることはほとんどなくなってしまった。 「俺も……一緒に行けばよかったのか?」 十五の誕生日を迎えた日、史彦が教えてくれた。 自分がどうやって生まれてきたのかを。 おそらく、それ以前に紅音はフェストゥムと同化をしていたのだろう。だが、彼等は何故か表面に現れることはなかった。それはきっと《人類》を観察していたのかもしれない、と史彦は告げた。 そして、それだからこそ、彼女は自分の体内で《一騎》をはぐくむことができたのだろう、とも。 人類とフェストゥムとの間の生まれた自分。 だから、あんなに自分の存在を消すことができたのか……と一騎は思う。そして、それだからこそ、今では人々の間にいることが辛いのか、と。 「総士……」 しかし、自分はここで彼を待つと約束したのだ。 だから、存在を消すことはできない。 「お前はいつ帰ってきてくれるんだろうな」 こう呟いたときだ。ここしばらく姿を見せなかった《甲洋》が視線の先に確認できる。 「甲洋?」 どうかしたのか、と一騎が声をかけようとしたときだ。彼はゆっくりとある方向を指さす。 何もなかったはずの蒼穹の中に、一つの人影が浮かび上がっている。 それは、一騎がもっとも見たい、と思っていたものだ。 無意識のうちに、一騎の足が大地を蹴る。そして、ためらうことなく、彼の元へと跳んだ。 「総士!」 次の瞬間、一騎は力一杯抱きしめられる。 「一騎……お前が呼んでくれたから、僕はここにいる」 この囁きに、一騎は小さくうなずく。そして、自分もまたしっかりと彼を抱きしめ返した。 |