脳内


「本当に、みんな、こんな事、してんの、かよ」
 一騎が荒い呼吸の合間にこう問いかけてくる。
「そうだよ。でないと、また、パンツを汚したって泣きついてくることになるよ」
 そんな彼に総士は殊更優しい口調で言葉を返してやる。
 もちろん、それは嘘ではない。
 男はこうして自分の体内で作り出された精子を吐き出さなければならないのだ。
 だが、それは普通、自分一人の手ですることで、こうして、誰かの手でされるのは《恋人》と呼ばれる者同士でする行為である。
 もっとも、その事実を一騎に教えるつもりはまったくない。
 いや、知る必要はない、と総士は考えていた。
 彼はこのまま自分以外の手を知る必要はないのだ。
 そして、自分だけが彼のこんな可愛い表情を知っていればいい。
「やぁっ……で、るぅ……」
 一騎の唇から甘い声がこぼれ落ちた。
「いいよ。いっちゃって」
 囁きとともに総士は手の中の一騎に最後の刺激を与える。
「やぁぁぁぁっ!」
 次の瞬間、一騎は甘い悲鳴とともに総士の手の中に欲望を吐き出した。

「昨日も可愛かったな、一騎」
 教室の窓から校庭にいる一騎の姿を見つめながら総士は呟く。
 ああして元気にはね回っている一騎も子犬みたいでいいが、二人だけのときに見せる表情は格別だ。
 一騎の父があまり彼のことをかまわないのをいいことに、あれこれ教えている甲斐があるのかもしれない。その中には、まったく疑いを持たない彼に対する自責の念、と言うものがないわけではない。だが、それもまた、現状を楽しむスパイスになっている。
 こう総士が心の中で呟いたときだ。
「真壁君を変な目でみないで」
 か細い声が総士の耳を打つ。
「それはどういう意味かな?」
 少しだけむっとした口調で少女――翔子に聞き返す。
「自分の胸に手を当てて考えてみればいいでしょう?」
 確かに思い当たるものはあるが、それを他人から指摘されるのはしゃくに触る。
「残念だが、思い当たるものはないな」
 しれっとした口調で総士は言い切る。
「……嘘よ……頭の中で、あれこれいけないことを考えていたくせに……」
 だから、どうしてそう言いきれるんだ、と総士は心の中で突っ込んでしまった。
 考えていない、とは言わないが、だからといって、それを他人に覗かれた覚えはない、とも。
「その根拠は?」
 こうなれば、最後までしらばっくれるしかない。
 いや、しなければならない、と総士は心の中で呟く。そうしなければ、彼女が一騎に何をするかわからないのだ。
「僕が脳内で何を考えているか、なんて……普通わからないはずだけど?」
 そう《あれ》でも使わない限りは……と言う言葉を総士は飲み込む。彼らにまだ知らせるわけにはいかないのだ。同時に、知らせないですめばそれでいいとも。
 別段、彼女のためではない。
 そう言うことになって悲しむのは――間違いなく一騎だから、という予感が、漠然としたものながら総士にはある。だから、だ。
「わかるわ! あんなにはっきりと顔に出ているんだもの!」
 そう言いきれる根拠は、だから何なのか、と総士は本気で思う。
「……僕の表情なんて、根拠にならないだろう? 今日の夕食の献立を考えていたのかもしれないだろう?」
 あるいは、一騎が手料理を振る舞ってくれるのを楽しみにしていたのかもしれない……と総士は付け加える。
「そんなの、詭弁だわ」
 しかし、翔子は納得する様子を見せない。
 さてどうしようか。
 総士がこう考えたときだ。
 外から飛んできたのだろうか。いきなり彼らの間をボールが駆け抜けていく。
「ゴメン、ミスった!」
 同時に、外から一騎の明るい声が響いてきた。
「……だめだろう、一騎……」
 怪我をしたらどうするんだ、といいながらも総士は跳ね返ってきたボールを拾い上げる。そして、それを一騎に手渡すために窓へと歩み寄る。
「今日も、待っているからね」
 ボールを手渡しながらこう囁く。
「総士の変態!」
 次の瞬間、一騎が顔を真っ赤にしてこう叫んだ。
「やっぱり!」
 それを耳にした翔子がさらに言葉を重ねてくる。
「失敗したな」
 そう呟きながらも、総士は一騎が小さく頷く姿をしっかりと目にしていた。