「それって、本当なのか?」
 総士の言葉に、一騎は目を丸くしながら確認の言葉を求める。
「本当だよ。父さんが言っていたからね」
 だから、嘘じゃない、と思う……と総士も微笑み返した。
「でも、先生は違うって言ってたよ?」
「その先生より、父さんの方が偉いだろう?」
 違う、と言われて、一騎は小首をかしげる。確かに、総士の父である公蔵は学校の校長だ。ただの先生よりも校長の方が偉い、という認識は、一年生の一騎にだってある。
「じゃ、いいんだ」
 安心したように一騎は微笑む。
「そう。だから、約束してくれる?」
 にっこりと綺麗な笑みを浮かべながら、総士はさらに言葉を重ねた。
「大きくなったら、僕のお嫁さんになってくれるって」
「いいよ。大きくなったら、総士のお嫁さんになってあげる」
 この光景を、大人達は何処かほほえましいという思いで見つめていた。

 いたのだが……

「一騎……それはなんだ?」
 お茶碗に手を伸ばそうとして、あることに気づいた史彦がこう問いかけてくる。
「それって、何だ?」
 ずずずっとお椀の中身をすすりながら、一騎が聞き返した。
「だから、その指に付けているものだ!」
 わかっていて言っているだろう、と史彦は呆れつつ、断言をする。
「あぁ、これか? 総士が寄越したんだ」
 約束の確認って……と言いながら、一騎は微かに眉を寄せた。
「こんなものなくても、ちゃんと約束は守るって言ったのにさ」
 あの時だけではなく、その後――自分のせいで彼が怪我をしたとき――もきちんと約束をしたのに、と彼は付け加える。
「だから、何の約束だって」
 一抹の不安を消せないまま、さらに問いかけた。
「大きくなったら結婚しようって、あれ」
 次の瞬間、史彦は箸を取り落とした。
「別段、父さん達も文句を言わないし……かまわないんだろう?」
 その意味がわからない、と言うように一騎が小首をかしげる。その表情は本気で可愛い、と史彦は思う。思うのだが……
「男同士の結婚は、認められていないんだぞ」
 どうして、こうもあっさりと騙されてしまうのか、とため息が出てしまう。
「え〜〜! おじさんはいいって言っていたぞ」
 いつでもおいで、と言われた、と一騎は付け加える。
「……公蔵の奴……」
 自分が愛人に入れ込んでいて――これについては、男としては妥協できるが――家庭のことを放り出しているからとは言え、他人の息子をあてにするな、と。それ以上に、自分の息子の教育をしっかりしてくれ……と親友に向かって言うべきなのだろうか、と本気で悩む。
 それ以上に、自分の息子がこうもあっさりと手玉に取られている状況は嬉しくない。
「ともかくだ、一騎。俺は認めないからな!」
 結婚はもちろん、その指輪も! と史彦は口にする。
「それと、一度総士君に俺の所に来るように言っておけ!」
 本気で諦めさせないと……と彼は心の中で付け加えた。

 それが成功をしたかどうか、誰も知らない。

ちゃんちゃん