ニョタ刹那

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  -02-  


01


「ライルのどこを好きになったか、ですか?」
 女性というのは何歳になっても恋バナが好きなものらしい。そう思いながらニールは背後の会話に耳をすませていた。
「どこと言われても……たくさんありますから……しいてあげれば、可愛いところ、かしら」
 これは予想外の言葉だったのだろうか。ミレイナが「可愛いですかぁ?」と聞き返している。
「えぇ。可愛いですよ」
 彼女が何を指して『可愛い』と言っているのか、ニールにはわかる。と言うよりも、親しいものでなければそれはわからないものかもしれない。
「……でも、ストラトスさんはもうじき、三十歳ですよね?」
 イアン達の教育なのか。彼女は他のクルー達を皆、名字で呼ぶ。それを聞くと、まだ幼かった頃の刹那が全員のコードネームをフルネームで呼んでいた頃を思い出してしまうのはどうしてなのか。もっとも、それはかなり昔のことのように思える。
「でも、可愛いと思いますから」
 こう言えるアニューは、本当に大人だ。
「確かに、ライルは可愛いかもしれないな」
 しかし、刹那がこんなセリフを口にするとは思ってもいなかった。
「刹那?」
 驚いたようにフェルトが彼女に呼びかけてくる。
「よく、甘えてくるだろう?」
 みんなにも、と刹那は首をかしげながらこう言い返した。
「……ストラトスさんが、ですか?」
 そうは思えないですぅ、とミレイナが言い返す。しかし、刹那は意味がわからない、と言うような表情を作っている。
「確かに甘えているわね」
 代わりに、くすり、と笑いながらアニューが口を開いた。
「よく、あれこれと頼み事をするでしょう? あれは、あの人がみんなに甘えている証拠よ」
 そして、それがいやに思えないのは、きっと、彼が甘えなれているからではないか。そう続ける。
「あぁ、そうかもしれないわ」
 どうやら、この言葉にフェルトは納得したらしい。
「やっぱり、ニールのせいかしら」
 彼のことだ。双子とはいえ弟を甘やかしたのは目に見えている、と続けられて苦笑を浮かべるしかできない。
「それなら、ミレイナもわかりますぅ。ストラトスさんのお願いはついつい聞いちゃいますから」
 だから、リンダが苦笑を浮かべていた。それはきっと、サバーニャの装備に監視手だろう。かなり無理を言っていたような気がするのだ。
「第一、あいつの甘え方はわかりやすい」
 ぼそっと刹那がこういった瞬間、テーブルを挟んで反対側に座っていたライルがとうとう耳を塞いだ。
「……ニールもわかりやすいが」
 次の瞬間、その気持ちがよくわかってしまった。まさか、刹那からこう言われるとは思わなかったのだ。しかし、彼女に言われるのは納得できる、と思う。
「……わかりにくい甘え方をする人って、誰なんですかぁ?」
 そう言っても許されるのは、きっと、彼女がメンバーの中で最年少だから、だろう。
「ティエリア」
 一言、彼女はこう言い返す。
「……ティエリアは……そうかも」
「アーデさんですかぁ」
「……もっとも、最近はわかりやすくなっていたが」
 四年前は、ニールぐらいしかわからなかったようだが……と彼女は続ける。本当に、彼女は精神的に成長したのだな、と思う。
「オニーサンも負けてはいられませんけどね」
 せめて、甘えてもらえる立場だけは確保しておかないと。恋人としてのせめてもの意地だ、とニールは心の中で呟いていた。

 この会話を、ヴェーダの中で聞いて悶絶している存在がいたことまでは、彼女たちの想定外だったかもしれない。その隣で笑っている存在がいたことも、だ。
 近いうちに、八つ当たりのミッションプランが彼等――正確にはライル――に押しつけられたことは、また別の話だろう。

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02


「……そう言えば、さ」
 ふっと思い出した、と言うようにライルが声をかけてくる。
「兄さんと再会したときの刹那って、どうだったわけ?」
 自分は目が飛び出そうなくらいびっくりしたけど、刹那もそうだったのか。彼はそう問いかけてきた。
 あの時のライルの顔は、確かに見物だったな……と心の中で呟く。
「……再会したときか」
 刹那とのそれはある程度覚悟はしていたが、ちょっとすごかったな、とその時のことを思い出す。

「……ロック、オン?」
 沙慈と共に姿を見せた彼女のレンガ色の瞳が、信じられないというように大きく見開かれた。
「よぉ、刹那。やっとお帰りか」
 そんな彼女に向かって、ついついこんなセリフを投げかけてしまう。その瞬間、そのまなじりがつり上がった。
 流れるような仕草で近づいてくる。
 いくら何でも、人前で抱きつくようなことはしないと思う。だが、この四年間の間に、少しは性格が変わったかもしれない。そう思ったのは本当に一瞬だった。
「うぐっ……」
 腹部に衝撃を感じる。予備動作なしで彼女のひざがたたき込まれたのだ。そのままニールはその場に崩れ落ちる。
「刹那……」
 これが股間でなかったのは、彼女なりの気遣いなのだろうか。そんなことを考えながら、ニールは顔を上げる。
「再会の挨拶にしては、ちょーっときつくないか?」
 まぁ、こうされても仕方がないとは思っていたけど、と腹を押さえながら言う自分の姿はちょっとみっともないような気もする。
「彼の話も聞いてからにした方が……」
 状況がわからないながらも、沙慈が口を開いた。
 しかし、誰も、それ以上、刹那にかけられなかった。
 レンが色の瞳から涙があふれ出したのが見えたからだ。
「生きてたなら……」
 絞る出すような声がその唇からこぼれ落ちる。
「何故、もっと早くに探しに来ない……」
 あんな事をして、人がどれだけ悲しい思いをしたのか……とその瞳が告げていた。
 再生装置の中にいたからとか、リハビリをしていたからとか理由はいくつもある。しかし、バカをやってしにかけたのは自分だ。そのせいで、彼女を悲しませたことも否定できない。
 今だって、彼女を助けに言ったのは自分ではない。ティエリアだ。
 確かに、今の自分はマイスターとしてはもう刹那のフォローは出来ない。それでも迎えに行くべきだったのだ。
「悪かった」
 痛みをこらえてゆっくりと立ち上がると、そのまま一歩刹那の方に歩み寄る。両手を広げると、そのまま大きくなった体を抱きしめた。
「だから、泣くなって」
 刹那に泣かれるとどうしていいかわからなくなるだろう……とその耳元で囁く。
「うるさい! 人は、どんな思いでこの四年間を過ごしたと思っているんだ」
 涙で濡れた声がこう言い返してくる。
「悪かったって……これから、いくらでも文句は聞くから……」
 まさか、ここまで泣かれるとは思わなかった。そう思いながら仲間達を見れば、その視線が『自業自得だ』と告げている。
「まぁ、後のことは任せた。刹那が落ち着くまで一緒にいてやれ」
 最年長のイアンがみんなを代表して口を開く。
「そうだな。それがいい」
 微苦笑と共にティエリアも頷いてみせる。
「これからのことを話し合う時間はまだある。とりあえず、刹那には冷静さを取り戻して貰わないと」
 ですから、任せました。そう言って彼が歩き出せば、他の者達もその後を付いていく。
 結果的に、デッキに二人だけ残されることになった。
「刹那……」
 それを確認して、腕の中の少女――年齢的にはもうそう言えないだろう。しかし、その体躯はまだまだ幼い――に呼びかける。
「泣かせて、ごめん……もう、絶対に泣かせるようなことはしないから、な?」
 だから、泣き止んでくれ……と囁きながらその髪にキスを落とす。
「絶対、だぞ」
「あぁ、約束する」
 だから、顔を見せてくれ。そう続ければ、彼女はようやく顔を上げてくれる。涙でぐしゃぐしゃになったその顔がとても綺麗に見えたのは気のせいではないはずだ。
「お帰り、刹那」
 この言葉とともに、ニールはそっと彼女に口づけた。

「うん。すごく可愛かったな、あの時の刹那は」
 そう言ってニールは笑う。
「あぁ、お前も可愛かったぞ」
 そう付け加えれば、同じ顔をした相手はいやそうな表情を作る。
「三十路間近の弟に言うセリフか?」
 それも双子の、と彼は続けた。
「いくつになっても弟は弟だろう?」
 弟に生まれた自分を恨め、とニールは言う。それに、彼はますますいやそうに顔をしかめた。

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03

 刹那は基本的に器用だ。そして、意外なことに料理や裁縫や編み物と言った家庭的なことも得意だったりする。もっとも、それは滅多に披露される事はなかった。
「ニール」
 マイスターは引退したとはいえ、人手不足のソレスタルビーイングで遊んでいる余裕はない。エージェントとしてやらなければいけないことも多い。
 今回も、その任務でプトレマイオス2を離れると言うときだった。デッキまで追いかけてきた刹那が彼を呼び止める。
「何だ?」
 足を止めた彼の首に、刹那が何かをふわりとかけた。
「寒いそうだからな。持って行け」
 それが何であるか気付いた瞬間、ニールは目を細める。
「ありがとう」
 そして、素直に感謝の言葉を口にした。
「お前に風邪をひかれるよりいい」
 いつものあまり感情を感じさせない声音で、彼女はこう言い返してくる。だが、それが照れているからだとニールにはわかった。第一、一目見てこれが手編みだとわからない人間はいないだろう。
「はいはい。元気で帰ってくるから。おみやげもって」
 待っていてね、といいながら、素速くその頬にキスを贈る。
「ニール・ディランディ!」
 しかし、刹那はそれに怒鳴り返してきた。ただ、本当に怒っているわけではない、たんに照れているだけだと彼にはわかっていた。
「じゃ、ライルが待っているから」
 だが、ここは早々に退散した方がいい。彼女にすねられては困る。そう判断をして、ニールはさっさと小型艇へと移動を開始した。それを見て、刹那は小さなため息を吐くと、安全場場所へと移動していく。
「……マジでご機嫌取らないとな」
 帰ってきてから触れさせてもらえない、と言うことになりかねない。できれば、それだけは避けたいのだが……と思いながら、小型艇の中へと体を滑り込ませる。
「それって、手編みだよな」
 先に乗り込んでいたライルが笑いながら声をかけてきた。
「まさかと思うけど、刹那が編んだのか?」
 それ、と彼はそのまま問いかけてくる。
「ずーっとお願いをして、やっとな」
 即座にこう言い返す。
「マジ?」
 信じられない、と彼は呟く。
「信じられないも何も、あいつ、料理裁縫、その他、完璧に身につけているぞ」
 もっとも、それをなかなか披露してくれないのは問題かもしれない。実際、十六歳の頃の刹那ときたら、一人でいたときは自分の食事も『面倒だから』の一言でファストフードかコンバットレーションですませていたのだ。自分が傍にいたときば、無理にでもちゃんと調理したものを食べさせていたのだが、どこか渋々だったことも否定出来ない。
 あるいは、彼女の年齢にしては幼い体つきはそのせいなのだろうか。
「潜入任務の時に必要になるかもしれないから、とたたき込まれたそうだ」
 それを日常にも使っていいのだと理解させるのに結局、五年近くかかった。だが、その努力のかいはあったと思える。
「なるほど……兄さんなりに努力してきた、と」
 にやにやと笑いながらライルが小型艇を発進させた。
「何とでも言え!」
 現在、これが手元にある事実に比べれば、彼の態度ぐらい気にならない。
「……お前だって、ミス・リターナーにもらえれば、似たような気持ちになるだろうが」
 それでも、と思いながらこう言い返せば、何故かライルはため息を吐く。
「ライル?」
「アニューは、頭はいいけど、家事能力は……」
 自分の方が上だ……と彼は小さな声で付け加えた。
「まぁ……誰にでも得手不得手はあるさ」
 その気になれば、きっと、彼女のことだ。直ぐに身につけるだろう。弟を慰めるために、ニールはそう言う。
 結局、こうなるんだよな……とニールは心の中で呟いていた。

 そ何故かプトレマイオス2の約一名を除いた女性陣が暇つぶしと称して編み物を始めたのそれから直ぐのことだ。だが、の後、ライルが無事にアニューから手編みの何かをもらえたのかどうか。それはまた別の話だろう。
「刹那〜。今度はベストを編んでくれると嬉しいんだけどぉ」
 こう言いながら、ニールは背後から刹那に懐く。
「……これが終わったら考えておく」
 手を動かしながら、彼女はこう言い返してきた。
「自分の?」
 配色と大きさから判断して、女性のものではないか。そう思いながら問いかける。
「……スメラギ・李・ノリエガのだ」
 自分でやればいいものを、と刹那はため息を吐く。
「……あぁ……」
 じゃ、仕方がないのか。どう考えても、彼女は苦手そうだ、と納得してしまう。同時に、それでは邪魔できないな、とも。
「適当に、手を抜いてもいいからな」
 だから、自分を構って……と付け加える彼を刹那はあきれたように見上げてくる。その彼女の唇に、ニールは触れるだけのキスを贈った。



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