何で、俺が魔王の花嫁?
008
部屋から直接出られるバルコニーに小さなプランターが三つ並べられている。その中には庭師が『これは丈夫だから』といって渡してくれたハーブがそれぞれ植えられている。
小さなじょうろでそれらに水を与えながら、俺は首をかしげた。
「どうされました?」
それに気がついたのだろう。モーブがそっと問いかけてきた。
「きらきらなのはどうしてかなって思ったの」
茎や葉っぱが、と付け加える。
最初は水滴のせいかと思ったんだよ。だが、水がかかっていない場所もきらきらとしているから違うはずだ。
「きらきら、ですか?」
しかし、モーブはそう言うと首をかしげる。
「残念ながら私には見えません」
自分が魔族だから、と彼女は口の中だけで付け加えた。
「他の皆様には見えるのでしょうか?」
そう言いながら彼女はカミラ達へと視線を向ける。
「わたくしにも見えませんわ」
「わたくしも……」
「残念ながら、水滴以外のきらきらは見えません」
彼女たちは口々にそう告げた。
と言うことはどうなのだろうか。そう思いながら俺はモーブを見上げる。
「わたしのめがおかしいのでしょうか」
「いえ。そういうわけではないと……おそらくですが、姫様は魔力感知が視力に出たのではないかと」
そのあたりはファーマンと後は魔力に詳しい人間と相談しなければわからない。彼女はそう言った。
「まりょくかんち、ですか?」
何だ、それは……と心の中でつぶやく。
言葉の意味は想像できるが、そんなものがあるのか? と思ったといった方が正しいか。
「この世界に生きるものはすべて魔力を持っております。それを感じることができるものも当然おりますわ。その多くが医師のように命を守る役目を担っております」
魔力の枯渇が生死に関わりかねない以上、とモーブが教えてくれる。
「でも、これしかみえない」
「姫様がご自分の魔力を与えておいでだからでしょうね」
魔力感知のことが事実だとすれば、とモーブはほほえみながら続けた。
「薬師や医師の最初の修行は、自分の魔力を感じることですから」
そのあたりのことも含めて確認した方がいいだろう。その言葉に俺はうなずいておく。
「あるいは、姫様ならば失われた回復魔法も復活させられるかもしれませんね」
モーブのその言葉にカミラ達が驚きの表情を作る。
「それはすごいですわ」
「さすがは姫様」
「皆に自慢できます」
自分のことではないのに自慢してどうなるというのか。第一、それが本当なのかどうかもわからないというのに、と俺は思う。
「まぁ、確かめていただくのが先決ですけどね」
同じことを思ったのか。モーブがそう告げる。
「どなたか、おじさまを呼んできていただけますか? 後は魔術師の方ですが……おじさまに話が行けばそちらから連絡をしていただけるはずですわね」
「なら、わたくしが」
ホノラが言葉とともに部屋を出て行く。その後ろ姿を、なぜかカミラが厳しい表情で見送っている。
「姫様。まずはお片付けいたしましょう」
その理由を問いかけるよりも先にモーブが声をかけてきた。
「わかりました」
後で聞くチャンスがあればいいが。そう思いながらまずは手にしていたじょうろをそばに歩み寄ってきていたダニエラへと渡した。
ジョフロアはその言葉に眉根を寄せる。
よりにもよって、己が支配しているこの城で己の娘を傷つけようとするものがいるとは思ってもいなかった。しかも、あの子はこれから大変な役目を担わなければいけないというのに、と心の中で吐き捨てる。
「その者はどうした?」
今すぐ処分をしなければいけないだろう。だが、その前に理由を聞かなければいけない。誰かの命だとするならば、その相手も同様に罰を与える必要がある。
もっとも、今回はまだ情緒酌量の余地はあるか。時間的に見て、あの子が正式に『魔王の花嫁』と定められる前のことのようだ。もっとも、それが相手にとって救いになるとは限らないが。
「地下に放り込んであります」
アンリがそう告げる。
「母上のバラが拘束しているから逃げられないはずです」
にこやかに続けたのはユーグだ。その隣でユベールだけが苦々しげな表情を作っている。
「あのようなもの、早々に殺せばいいものを」
吐き捨てるように彼はそう告げた。
「それでは、次が来るかもしれません。黒幕がいるなら徹底的にたたきつぶさないと」
ユーグがもっともなセリフを口にする。
「それとも、兄上があの子を害そうとしたのですか?」
アンリがユベールを見つめつつ問いかけた。
「なぜ、そうなる」
即座にユベールが聞き返す。
「兄上はあの子をかわいがっておりますから。それこそ、手元から離したくないと皆に思わせるくらいに」
「なら、なおさら傷つけるはずがないだろう?」
「あの子を傷物にして、それを理由に手元に残そうとされたのかと」
ご自分の過信を適当に見繕って、とそう続ける。そして、その言葉に他のもの達も納得しないわけにはいかない。
「十二分にあり得ると納得できる理由だな」
ジョフロアは思わずこうつぶやいてしまう。
「父上!」
「そう見えると他の者も思っていよう。少しは自重するのだな」
お前は王座を継ぐ身だ。あまり一人にだけ愛情を向けるでない。向けるのであれば、それはいずれ己の脇に立つ女性にしろ。そう告げる。
「そうだな。近いうちにお前の婚約者を選定する夜会を開く。拒否は認めん」
それは親としての言葉ではない。王としての命令だ。
「父上!」
まだ早い、と彼は抗議の声を上げる。今までならばその声も聞き入れただろう。しかし、今回はだめだ。
「そうしなければ、ユーグ達の相手も決められん。他の王家との関係もあるからな」
何よりも、子孫を残すのは王族としての義務だ。そう言い切る。
そうでなければ、この優秀な長男はいつまでもエレーヌに執着し続けるのではないか。そんな不安がある。
「よいな? これは王子として生まれたお前の義務だ。それを拒むというのであれば、今すぐ城を出て二度と戻ってくるな」
ここまで言われては今回ばかりは本気だとわかったのだろう。
「仕方がありません」
ユベールはため息とともにそう告げる。それが安心できないのはどうしてなのだろうか。ジョフロアはやはり一度二人を引き離さないとだめだろうな、と心の中でつぶやいていた。
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