07


「魂は巡る。時を超え、界を超え、理を超えて……」
 与えられた部屋でそうつぶやく。
「気になるのか?」
「と言うよりも、なんかものすごく厄介な状況になっているなって思っただけだよ」
 どう考えても手詰まりかもしれない。そう思わせる程度には、と続けた。
「何というか……帰れる気がしない」
 帰れる方法もあるのだろうか。首をかしげながらそう続ける。
「せめて、ここが元いた世界ならな」
 輔もそう言ってうなずく。
「そうすれば帰れたのに……本当に厄介だな」
 あいつも今ひとつ信用しきれないし、と彼は続けた。
「仕方がないね。何かを隠しているみたいだし」
 もっとも、それも当然かもしれない。あの様子では叛乱ぐらい考えているのではないか。それを悟られないようにしているのだろう。
「ともかく、ここを早々にでないと……俺たちまで巻き込まれるか」
「……残念だけどね」
 ここも安心できる場所ではない。それは否定できない事実だ。
 今だって、誰がどこで聞き耳を立てているかわからない。
「とりあえず、ある程度野宿できる準備を整えたいけど……先立つものもないし」
 たぶん、テントなどは彼のイベントリに入っているのだろう。
 しかし、食料はどうだろうか。
 入っていたとしても、万が一を考えれば余裕を持たせた方がいいに決まっている。
 僕はそう説明した。
「全くだ」
 一番の問題はそれだ、と輔もため息をつく。
「適当に獣を狩って換金できればいいんだろうけど……」
「それは組合に届けを出してからの方が安全かな」
 確か猟師の組合があったはず。僕はつぶやくようにそう告げる。
「前世の記憶か」
「穴だらけ、だけどね」
 ここでは本当のことを口に出せない。むしろ森の中での方が安全だろう。そう考えながら言葉を返す。
「詳しい話は二人きりになってからだな」
「そうしてくれるとうれしいな」
 さすがにここでは話せない。言外にそう告げる。
「とりあえず寝るか……三時間交代でいいな?」
「仕方がないね」
 見張りは必要だろう。
「問題は時間つぶしの方法だけか」
 ここには本もゲームもないから、と僕はつぶやく。
「道具があればなんとかなるんだろうが……今回は諦めろ」
「わかってるよ」
 無い物ねだりと言うことは、と僕は苦笑とともに告げる。
「今日の所は我慢してもらうしかないな」
 奥の手は隠しておくものだし、と彼は唇の動きだけで言ってきた。
「後で考えてるしかないか」
「悪いな」
「この状況なら仕方がないね」
 そんな会話を交わしつつ、彼はベッドに横たわる。
「最初は任せてもいいか?」
 監視を、とその体制のまま問いかけてきた。
「いいよ」
「……悪い」
 そう告げたかと思った次の瞬間、彼はさっさと眠りの中に吸い込まれていく。
「本気で疲れていたんだな」
 それならば、自分は彼が少しでも休めるようにしよう。そうは考えるが暇をつぶすのとこれとは別問題だ。
 鞄があれば何とでもなったんだろうけど、あれは取り上げられたままだし。後は、とポケットを叩く。
「……メモ帳とペンか」
 落書きをするか、それとも折り紙に挑戦するか。どちらがいいだろう。
「ここに来てからのことをまとめるか」
 後で役立つだろうか、とつぶやく。
 それがいいかもしれない。
 そうつぶやくと僕はメモ帳を開いた。

 もうじき約束の三時間になる。そろそろ起こすべきか、それとも……と悩む。
 それでも、起こさなければ怒るだろう。
 ぐっすり眠っているところ申し訳ないが起こそうか。
 そう思ったときだ。扉の外からなにやら争うような声が響いてきた。
「まずいな」
 同時に輔が目を開ける。
「……うるさい」
 まだ眠いのだろうか。彼の目が据わっている。 「誰かが争っているみたいなんだけど……」
 一人はレオグランドだろう。だが、もう一人は誰なのかがわからない。僕の知らない人間なのだろうか。
「っち」
 彼は舌打ちをすると起き上がる。
「見てくる」
 ベッドを降りながら彼はそう言った。
「危なくない?」
「大丈夫だろう」
 あいつの言葉が真実なら、と口にしながら扉に手をかけようとする。しかし、それよりも早く外側から開いた。
「大変申し訳ない。今すぐここを発ってください」
 顔に殴られたような跡をつけながら、レオグランドはそう告げる。
「……今、騒いでいたようだが?」
 それに言葉を返さずに輔が聞き返す。
「昔の仲間が押しかけてきただけです。私はもう世を捨てた人間なのですが、ね」
 苦笑と共に彼はそう言う。そのまま案内をするように歩き出す。輔が視線を向けてきたから、僕はうなずいて見せた。
 警戒をしながらもついて行く。そうすれば裏口らしいところに着いた。
「馬を用意してあります。それに乗ってまっすぐ進めば山の麓に着きます。そこからは徒歩で森の中を進んでください。山を越えれば隣国です。万が一、誰何されたならその手紙を見せれば通れるはずです」
 食料も少ないですが用意してある、と彼は続けた。
「……逃がしていいのか?」
「庇護を求めてきた人を突き出すようなまねはできませんから」
 十分に休んでいただけなかったことだけが残念です、と彼は言う。
「馬はありがたく借りていく」
 つまり、輔は馬に乗れると言うことか。どこかぼうっとしながらそんなことを考える。
「適当に放してくだされば自分で戻ってきますから」
 レオグランドは微笑みながらそう告げた。
「お気をつけて、ユーグ・フラウ様」
 二人でその場を立ち去ろうとしたとき、レオグランドがこう言ったような気がする。慌てて視線を向けたが、すでに裏口は閉じられていた。
 聞き間違いだろうか。それとも、と暫く裏口を見つめる。
「行くぞ、水希」
 だが、輔の言葉に僕は疑問を振り切るように歩き出した。

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