還
05
森に入ってどれだけの時間が過ぎたことか。
それもわからなくなった頃、僕たちの前にここにあるはずのないものが現れた。
「……この建物は?」
「僕に聞かれても……」
困る、と続ける。実際、僕の記憶にはない建物だし。
「でも、立派だよね、この建物」
まるで貴族の持ち物のようだ。心の中だけでそう付け加える。
「誰かすんでいるのかな?」
「どうだろうな」
そんな会話を交わしていたときだ。いきなり玄関のドアが開く。
「ひっ!」
ホラーゲームのような展開に、僕は思わず息を呑む。輔も警戒するようにそこをにらみつけた。
「迷子かな?」
だが、出てきた人物を見て僕は一瞬目を丸くする。だが、すぐに警戒をした。
多少年はとったが目の前にいるのはあの時の仲間の一人だ。
だが、彼ともう一人だけは最後まで僕が処刑されるのを反対していた。その結果、ここにいるのだろうか。
「おやおや。警戒させてしまいましたか?」
あの頃と変わらない穏やかな表情で彼は微笑む。
「警戒というか……普通森の中にこんな立派な建物が建っていれば驚くと思うんだけど……」
僕はそう口にする。
「確かに。どう考えてもおかしい」
輔もそう言ってうなずく。
「きちんとした理由があるのだがね」
微苦笑を浮かべつつ彼──レオグランドは言葉を口にする。
「そのあたりも中で説明させてもらいたいのだが」
大丈夫、君たちに危害は加えない。レオグランドはそう言って微笑む。
「何なら神に誓おう」
「……何もしてくれない神の名にどれだけの強制力があるのやら」
輔はため息と共にそう吐き出す。
「僕たちには何もしてくれないけど、この世界の人にはしてくれるんじゃない?」
そんな彼に向かって僕はこう言った。
「そういうことにしておいた方が精神安定上いいかもな」
確かに、と輔はうなずいてくれる。
「ともかく中に入ろうよ」
「……あぁ」
彼がうなずいたところで視線をレオグランドに戻す。
「案内、お願いします」
そしてこう言った。
「どうぞ、こちらです」
レオグランドはうなずくと先に立って歩き出す。その後に僕たちは続いた。
しかし、と僕は小さなため息を付く。
人は変われば変わるものだ。昔の彼は気に入らなければ実力行使をしてでも黙らせるという人間だったのに。
もっとも、あいつがあれだけ丸く肥えていたのだ。性格の一つや二つ変わったとしてもおかしくはないだろう。
何よりも《俺》が死んでから何があったのかを知らなければいけない。そのためにも彼から話を聞く必要がある。
問題があるとすれば、レオグランドが素直に教えてくれるかどうかという点だろう。
「狭い部屋ですが」
そう言ってレオグランドはある部屋のドアを大きく開いた。
「ありがとう」
とりあえずその行為に礼を言って僕は中に足を踏み入れようとする。しかし、それを輔が遮った。
「輔?」
「誰が潜んでいるかわからないからな」
そう言いながら彼は僕の一歩前に出て中の様子を確認している。
別にそこまでしなくても、と思う。だが彼の気持ちもわかるから名も言わずにおく。
やがて満足したのか。輔が視線を自分へと向けてくる。
「どうやら大丈夫なようだ」
少なくとも敵対心を持っている人間はいない。そう言って彼は笑う。
「よかった」
とりあえず追っ手はいないと言うことだね、と僕も微笑む。
「随分と慎重ですね」
そんな僕らを見てレオグランドはこう言ってくる。
「お前達の国王がそれにふさわしい言動をとったからじゃないか」
輔が嫌悪感丸出しで言い切った。
「我が国に王はいないが……」
レオグランドが困惑したようにそう告げる。
「そうか? 王宮でいすにふんぞり返っていた豚がいたが」
「……その言い方だとわからないと思うよ。王座に座っていた丸い方、と言えば……やっぱりわからないかな」
「いや。アルフレッド殿だろう。革命を指導した方だが……ある時より性格が変わられてな。それ故に我らは彼と離反したのだ」
以前はもっと公平に物事を見られていたのだが、と彼はため息を付く。
「なぜ、あぁなったのか。誰もわからない」
わからないからこそ厄介だ。そう続ける。
「そのあたりのことも話をした方が良さそうだね」
そう言うレオグランドに僕たちはうなずいて見せた。
さて、どこまで話そうか。
レオグランドが『お茶を用意してくる』と言って席を外したところで僕は輔に問いかける。
「個人的な秘密までは話す必要はないかと思うんだけど」
それは二人だけの時でいいのではないか。
「あぁ、そうだな。異世界から召喚された、と言う一点だけでいいだろう」
ここで話すのは、と彼もうなずいてくれる。
「後は二人きりになったときにだね」
機会が来るのかどうかはわからないが、と心の中だけで付け加えた。
いや、と思い直す。
話す機会はあるだろう。
問題はそれを聞いた彼がどう出るかだ。
嫌われるかもしれない。
あるいは、今回の責任をとれと言われるか。
どちらにしろ面倒な結果になるだろうな。そして、そのとき、僕自身がどんな行動をとればいいのか。それがわからない。
そんなことを考えていた。
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